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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第1章2節 ただ一人生き残った難民

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第30話 「カレンの心の奥底」

 ボロ布と薄い()びた鉄板に囲まれ、明りは壁の隙間から入って来る淡い日の光しかなかった。ただ一つの部屋の中、カレンは小さな丸テーブルを挟んでたじろいでいるセロンと対面していた。セロンは、何かかける言葉を探そうと落ち着かない様子だった。

カレンは、大きめのリュックに灰色のボトル、丸い樹脂のコップ、一式の器具類を無造作にしまう事にした。もうそろそろ潮時であると思ったからだ。


「どうして、何も考えずに【友情の証】を取りに行ったのかな~」

 カレンは思わず、過去の幼い自分の行動の浅はかさに、後悔の色が帯びたため息交じりの言葉を漏らした。気分はあまり良くない。


「子供の頃の自分の行動って振り返って見るとバカだと思う事って結構あるよね……」

 器具類を雑にしまって妙な膨らみ方をしているリュックの口の紐を絞りながら、セロンに何気ない共感を求めた。セロンは、ぼーっとカレンが片付けている様子を眺めていたが、カレンの問いに下を向いて答えた。


「自分の選択に後悔してるんだね……」

 カレンは、その答えを聞き流した。


 片付けが完了した後カレンは、大きめのリュックを背負って、他雑な装飾品が入った麻袋を右手に持ち、再びセロンと対面する様にテーブルの前に座った。外のざわざわや動く人の土を踏む足音が騒がしくなっている気がする。


「君の言う通り、村が滅んでもそこまで悲しくなかったし、両親や村の人々が死んでも悲しくなかった……」

 右ひじをテーブルに置き、頬杖をつきながら、悪びれない様子でセロンの少し前の質問に肯定した。事実であり、それが自分の人間性だと認めていたから。


「むしろ、村が滅んでほしいなんて思っていたのかもね。生き残った村の人達を躊躇(ためら)いもなく地獄に送ったのも、私で間違いないわ」

 カレンは白状して、続けた。


「こんな悪行をしている本当の動機は、レイナを殺した街の人々に対しての復讐よ。レイナを殺したのは、貧民区に住んでいた奴で間違いないし、こんな酷い環境を作った街の人々も同罪。街の者達を皆殺ししたくてたまらないのよ。」

 恨みの念を込めた低い声で冷たく言う。

 

「友達を殺された事に対する復讐……」

 セロンは呟くように反応した。


「けど、結局レイナの持っていた荷物なんて見つからないし、レイナを殺した奴も特定できない。街の人々は、【ユートピア】なんていう罠に引っかかったりしないから、復讐もできなかったわ」

 カレンは視線を落として、無念そうに話した。


「結局、連中にいいように利用されただけ。私には、悪行をする以外に生きていく方法も分からない。だから、ずっと続けるしかなかったのよ」

 カレンの表情には虚しさが加わった。

 

セロンは、(かな)しそうな表情をしてテーブルを見つめている。


「それにね、こうやって何人もの人を殺す悪行にずっと関わっているとね、感覚が麻痺して、非情な事をしている実感が湧かなくなってくるんだよね。人を殺す瞬間なんて殆ど見てないしね」


 カレンは続ける。


「自分は人を殺す事に加担しても何とも思わない化け物なんだなって、自分の本質が分かったような気がするのよ。私の元に訪ねてくる被害者と会話しても何とも思わなくなっちゃったからね」

 虚ろな表情で目を細めながら言った。 


「それじゃあ、訪ねてきた人から『装飾品』を貰ってるのは、どういう意味なの?」

 セロンは、思い出したように訊いてきた。


 カレンはそんなことまで把握していたんだと少し驚いたが、カレンが隠していたレイナの事も見抜いたんだから当然かと納得した。

「それは……私がただ趣味で……判別した人から貰っていたっていうだけだわ。金に困ったら売れるしね」

 カレンは少し言い淀んだ。


「そうなの……?」

 セロンは、少し首を傾けて言葉を漏らした。


「そうよ。もうこの判別を一人で続けて七年くらい経つかな」

「七年……」

 セロンは、七年という竜にとっては取るに足らない年月を長いと言わんばかりの表情で驚いている。カレンは少し奇妙に思った。


「ずっと何も変わらず今の今までずっと続けて来たのよ。けど今になって、やっとやる気を出したのか、治安維持部隊が街に頻繁に往来し始めて、悪行が潮時を迎え、仲間の皆はずらかろうしていたんだ。私もこれを期に……」

 そこから先は言葉に詰まった。


「そして……そしてその後、君が店を訪れに来たんだよね」

 カレンは話を切り替えるように、言おうとしていた事を闇にうやむやにした。まるで逃げているような気分だった。


セロンは気にせず、言葉の方に反応した。

「それがおとといの話……」


「そう、私が全てを終わらそうとしたのは、君に会ったからよ」

 カレンは、話の流れに合わせるようにセロンの言葉に反応した。


「僕が理由?」

 セロンは首を傾げている。


「そうよ、君は旅に興味を持っていて、【友情の証】を買ってくれた。誰も買わない【友情の証】をね。そういうレイナとの共通点もあって、初めは私を救ってくれる存在なのかと期待したのよ」


「それなら、どうして僕に通報するように促したの?」

 セロンは、(いぶか)しんでいた。 


「川の畔で談笑した時まではね、本気でそう思ってたんだ。けど、君から友達を失った話を聞いて、私の『復讐したい?』っていう質問に対して、君は同じ過ちを繰り返さないようにしたいって答えた時に、自分の身の程を思いだしたよ。思い出させてくれたよ……」

 カレンは後ろめたそうに言った。


セロンは、よくわからないというように「うーん」と唸っていた。

カレンは構わず続けた。


「だからさ、君は私を助けに来たんじゃなくて、醜く哀れにも村でただ一人生き残った難民であり、村で最も最悪な私を仕留めに来た竜なんだって悟ったのよ。村の皆もきっと私が地獄に落ちるのを望んでいる」


「仕留めるだなんて……そんなつもりはないよ」

 物寂しそうにセロンは反論した。カレンはその反論は意に介さなかった。


「だからさ、人を騙して殺してのうのうと生きている私の事なんて侮蔑(ぶべつ)すればいいよ。君なら許せないでしょ?」

 カレンは開き直るように()いた。


「……僕はカレンさんを侮蔑しないよ」


「取るに足りない存在だと思ってるから?」


「いや、違うよ」

 セロンは、カレンの脇にある装飾品の入った麻袋に目をやっていた。


「同情してるって事?」

 カレンは追い立てるように訊いた。


「僕は、侮蔑や同情出来るほど、世の中の事をあまり知らないんだ……だからそんな気持ちになれないんだよ」

 セロンは、視線を下に向けて思い詰めるように申し訳なさそうに言った。



 カレンは、セロンを品定めするような目でジロジロと見て、

「そう、それなら──」

 ともう話を切り上げようとした。しかし、その言葉はセロンの発言で遮られた。


「けど、一つだけ言える事は……楽しかったってこと」

 思わず、カレンは訊き返してしまう。


「楽しかった……?」

 反論と驚きの意味合いが込められて少し裏返った声になった。


「うん、カレンさんとお話し出来てとても楽しかった。同じ趣向の者と話したの初めてだったから嬉しかったんだ」

 セロンの言葉は、感謝と喜びと悲しみが入り混じった静かな声だった。


「……」

 カレンは何も言葉が出なかった。しばらく感じる事が無かった懐かしい温かさがその発言にあった。そんな事を感じる資格もないし、気持ちの揺らぎを抑えたかったから、必死に表情に出さずに我慢した。


「最後に一つだけ聞いてもいい?」

 セロンは、カレンの感情の揺らぎを感じ取ったかのように()いてきた。


「なに?」

 カレンは平静を装って素っ気なく聞く。


「僕が旅に誘った時に、一緒に行くって言ってくれたのは、カレンさんが本心で旅に行きたいと思ったから? それとも、レイナさんとの約束を一人でも実行するためなの?」

 カレンはすぐに答えられず、少しの間があいた。セロンは、指を合わせて答えを待っていた。


「……なんでそんなこと聞くの?」

 質問の意図がよくわからなかった。なんでそんなことを聞くのだろうと当惑した。その質問になんの意味があるのだろうかと不思議に思った。


「カレンさんは僕と旅に出るのが楽しみで言ってくれたのか。それとも、十年程前のレイナさんとの約束を形だけでも果たす為に、仕方なく僕と一緒に行くって言ったのかなって気になったんだ」

 カレンは依然として、質問の意図はよくわからなかった。けど、すぐに答えが出てくる事はなかった。答えは決まっているはずなのに、なぜか言葉が喉から出てこなかった。カレンは沈黙して、テーブルに両手肘をつき、手を顎に当てて吟味(ぎんみ)する素振りをした。そして、ゆっくりと冷たく吐き捨てるように答えた。


「……レイナとの約束を上辺だけでも果たさなきゃいけないと思ったから……それだけよ……」

 苦し紛れの答えだった。自分は、一体何を迷っていたのだろうかとイライラした。テーブルを挟んで目の前にいるセロンは、その答えに少し悲しそうな表情で見つめ返してきた。耐えかねたカレンは目線をそらして、脇に置いてある悪行の犠牲者となった者達の装飾品が入った麻袋をみつめた。しかし、カレンの気持ちなどお構いなしにセロンは聞かれたくないようなことを訊いて来る。


「この村に来てから、旅に出ようと思った事は一度でもあったの?」

 カレンは再び黙った。その答えを先延ばしにしたいかのように、その答えの先にある事実を嫌悪しているかのように押し黙った。つかさず、セロンは、質問を投げてくる。


「答えたくない? 答えたくないなら……」

 セロンは残念そうな顔をしている。その表情を見たカレンは、答えたくないという思いとは裏腹に、白状したいという感情が湧き上がって来た。自分がそれだと見透かされているような気がした。自分の悪行が嫌悪される事よりもそれを知られる方が勇気が必要だったが、なんとか震える声で絞り出して答えた。


「……確には旅に出るつもりだった」

 カレンのその声は、余りにも弱々しかった。セロンは、静かに聞いていた。カレンが語るのを待っているようだった。

 

「……こんな悪行をしていたら、資金も知らずに溜まって来るんだよね。欲しいと思った時には得られないものなのに」

 カレンは心の奥底にある感情がフツフツと湧き上がって来た。


「旅に行ける機会なんていくらでもあったんだ。だけど……行けなかった。そんな勇気が持てなかった。本物のお守りも見つかってなかったしね……」

 突然、セロンはハッとしたような顔をしたが、カレンには気にする余裕はなかった。今にも、カレンの心の奥底の感情は溢れ出しそうだからだ。

「結局ね。私は……私という人間は、一人じゃ何にも決断できないの。私って、どうしようもない意気地なしで、弱い人間なの」 

 カレンの声は掠れて、苦しい喘ぎ声のようになった。はっきりと理解しているのに認めたくなかった。だけど、もう言葉は止められず、(せき)を切ったように溢れ出してきた。


「村に居た時だってそう! レイナに誘わるまで旅をしようとなんて考える事もなかったし、レイナがブルオ達に隠れ家を好き放題やられている時は、震えて見ているしかできなかったのよ! それに、友情の証を取りに村に戻った時だってそう! ろくにレイナに謝ることなく、ごろつき達にも立ち向かえない。レイナが亡くなってからだって、言われるがまま、悪行に加担するし。本当に、本当に、私っていうのは、流される事でしかできない意思なし人間なのよ! そして、全部裏目に出るのよ……」


カレンは、かなぐり捨てたように次々と心にしまい込んでいた自分のコンプレックスを吐き出した。早口で、嗚咽(おえつ)混じりで、悲鳴を上げるような声だった。セロンは何かを言おうとしていた。


「けど……」


 カレンは、かき消すように続ける。


「君が来たから終わりにしようとしたって言ったのも、そういうきっかけが欲しかっただけなのよ。何も決断できない自分がただ終わりに出来るきっかけを見出そうとしただけなの。君を利用しただけなのよ。結局は、テキトーな理由をつけているだけで、私の言った今までの根拠なんて、とってつけた言い訳でしかないのよ」

 カレンは、息を切らして、テーブルに八つ当たりする様に拳で叩いた。その乾いた木の音は、スカスカな布の壁を通って、外に虚しく響いて行った。自分で嫌悪している一番ダメな部分だと分かっているのに、どうしても直らない。ゴミに出したいと思っていても、捨てる事が出来ない。そして、気がついたらその性分に自分自身が乗っ取られてしまう。どうすることもできない。


 しかし、カレンの羞恥(しゅうち)する心の叫びを聞いても、セロンは、ドン引きすることなく、むしろ、同情するような目で見て来た。


「それは僕も同じだよ」

 セロンの声は、優しく落ち着いた声だった。カレンは、逆に不意を突かれたように呆気に取られてしまう。


「僕だって挑戦しようと思えば、いつでも一人で山の外に出れたのにしなかった。もっと強く家族にお願いすれば、少しくらい外に出ることも許してくれたかもしれないのにしなかった。ミリアだって、僕が積極的に助けようと思えば、死ななかったかもしれないのになにもしなかった。僕も意気地なしなんだ……」

 セロンのその声には、後悔の思いが入り混じっていた。


 しばらく、室内の空間は、穴だらけの布壁で、外からの音が漏れているはずなのに、虚しい程静かだった。カレンはバツが悪く、もうこの場から立ち去りたいと思った。もう話すことはない。テーブルに手を掛けて、ゆっくりと立ち上がり、脇に置いてある雑多な装飾品入り布袋の紐に手を掛けて持ち上げた所、セロンが声を漏らす。


「あ、そういえば」

 セロンは、何か思い出したように提げている巾着袋から何かを取り出そうとしている。カレンはそれを無視して、出入り口の方へ行った。


「これってもしかして……」

 チラッと、セロンの方を一瞥(いちべつ)すると汚らしい薄っぺらな首飾りのような物を手に持っていた。思わず、カレンは二度見して、目を見開いた。


「どうしてそれを⁉ どこで⁉」

 慌てて、セロンの元まで大股で取り乱したように近づく。セロンの手からその首飾りをかっさらい、まじまじと確認する。間違いない、レイナが首から下げていた【本物の友情の証】だ。薄汚れていて、使い古したぼろ雑巾のようになっているけど紛れもなくレイナが持っていた【友情の証】だった。


「街の川底の柵に引っかかっていたのを拾ったんだよ」

 横からセロンが答えた。カレンは、手が震えて、視界がぼやけてきた。


 七年間ずっと探していたもの。探しても探しても見つからなかったもの。もうこの街にはないんだと諦めかけていたもの。それがいま、カレンの手の平の中にあった。ただのぼろきれのように(すさ)んでいるけど、カレンにとっては何よりも見つけたかったもの。レイナが残した大切な証。


 カレンは崩れ落ちるように膝をつき、顔をうずめた。一筋の(しずく)が頬をつたう。



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