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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第1章2節 ただ一人生き残った難民

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第29話 「消えた友情の証」

カレンは街を出て、少し荒れた平野を駆けて行った。村のある方を見ると、まだ白い煙がモクモクと上がっていたが、竜の影は見当たらなかった。人の影も見えなかった。



村の近くまで戻って来ても、竜の気配はしなかったので胸を撫で下ろした。


村は無惨に荒れ果てていた。黒焦げで炭になっている建物があちらこちらにあった。

目を覆いたくなるような痛ましい死体が沢山転がっていた。カレンは、つい、死体が誰なのかを確認してしまいそうになったが、必死に意識を背けようとした。


 なぜなら、見てしまうと感情がおかしくなり、吐き気も催しそうになるから。


 街に逃げて来た生存者の中にいなかったことから、恐らくこの中には、両親もいるに違いないと思った。しかし、その事は無意識に頭から消し去るようにした。もう手遅れなのだから……。


 カレンは、草わらと木で出来た自宅の方を見た。薙ぎ払われたように崩壊していたが、黒焦げになっていなかったので安堵し、【友情の証】を取りに行こうとした。


 ふと、誰かの気配がした。村の村長の家の瓦礫の物陰から、一人の大人が出て来たのである。他の崩れた家からもまた一人、毛皮の腰巻をして、ごつめの皮シャツを纏って、金属の装飾品も身に着けている男が出て来た。背中にはパンパンに詰まった袋を背負っている。


カレンは急いで、茂みの中に隠れて、様子を見る事にした。


「儲けもんだぜ」

「こっちもそれなりに金目の物があったぜ」

 ゴロツキ達は、互いに成果を報告し合っていた。

 カレンは、こういう奴らもいるんだとまじまじとその様子を観察した。



 しばらくは見張っていたが、まだ、ごろつき達は立ち去らなかった。このまま彼らが去ってくれなければ【友情の証】を取りに行く事が出来ない。

 金目の物でも何でも全部盗んでもらっていいから、早くいなくなってくれないかなとカレンは思った。


 すると、さらにもう一人、瓦礫と化したカレンの家からゴロツキのお仲間が出て来た。そいつも、袋いっぱいにこの村で漁った物を詰め込んでいて、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。満足する成果があったような顔である。


 その男がお二人の仲間の元まで自慢したそうに向かうと、握られていた手を開き、見せるように前に差し出した。

 カレンはその開かれた手にあった物を見た瞬間、驚愕した。


 その手には、取りに行こうとしていた【友情の証】があったのである。


「なんだよそれ、価値あんのか?」

 一人のゴロツキが疑うように訊いた。


「いや、大事そうに引き出しの奥に隠してあったが、ただのゴミだぜ」


「じゃあ、何で持ってきたんだよ」


「俺、こうゆうの見ると燃やしたくなっちゃうんよ。なんていうの、誰かが大切にしてそうなものをさ、台無しにするっていう感覚だよ」

 ゴロツキは、楽しそうに語っている。


「ああ、そう言う事か。分かるぜ。爽快感が強いんだよな~」

 男の一人が、共感した。


「持ち主の目の前で燃やすと、なお、いいんだけどな」

 男が残念そうに言った。


(やめて、価値がないんだったら捨てておいてよ)

 カレンは焦燥感に駆られていた。脚はびくついて動かすことが出来なかった。


 そんなカレンの思いも虚しく、【友情の証】を持っている一人が、ぶら下げるように持ち替えて、四角い銀のアイテムを取り出した。


(何をする気なの?)


 ごろつきは、銀のアイテムの上を押すように開くと、開いた内側から火が上がった。その火が、【友情の証】に近づけられていく。


(やめて!)

 声には出さず心の中で叫んだ。

 そんなカレンの気持ちなどお構いなしに、ごろつきは【友情の証】に火をつける。

 

 【友情の証】は、水分があまり含まれていない植物由良の素材なので、濛々と激しく燃え上がり、あっという間に消し炭になった。


 ゴロツキ達の笑い声が響き渡る。

「ハハハハ、よく燃えたな~」

 カレンは、頭が真っ白になった。まるで、自分がそこに存在していないように、全身の感覚が空気になった。


「それじゃあ、ずらかるか」

 ゴロツキ達は、満足すると仲良く三人でズカズカと大股に体を揺らしながら、その場を立ち去った。


 カレンはしばらく動く事が出来なかった。目の前で起きた衝撃が大きくて時間が止まったように感じられた。


 しばらくして、何も考えず、足を前に運び出した。ゆっくりとゆっくりとよろけながら、歩いて前に進んだ。


 カレンはゴロツキが居た辺りで、立ち止まった。地面を見ているその目線の先には燃えカスとなった【友情の証】の塵が散らばっていた。


 しゃがんで、焦げた燃えカスの一片をつまんで拾った。ジーと見つめながらぼーっとする。

 


 日が沈んで来た。その陽の光が、カレンを赤く染めた時、思考が前に進んだ。


(いや、正直に謝れば……そうすれば、レイナなら許してくれるよね……)

希望を見出したカレンは、燃えカスを捨てて立ち上がり、街に向かって足早に戻る事にした。


街に戻る足は、疲れてもいないのに鉛のように重たく感じられた。

赤黒く染まった平野がカレンを責め立てているようで、頭の中に後悔が振り戻しのように訪れる。


どうして、箪笥なんかにしまってしまったんだろう……。

素直に服の中に隠し持っていれば……。


過去の自分の考えの浅はかさに嫌気がさした。


 小走りで後悔していると、つい、心の声が口から洩れてしまう。

「はぁ~……なんで自分はこんなにダメなのだろう……」

 何事も中途半端で、何もうまくいかない。自分が嫌で嫌で仕方がなかった。



街に戻ってくる頃には、辺りは薄暗くなっていた。街の中は、日差しが出ていた時よりも、明らかに人が少なくなっている。


カレンは、レイナと会った荒れた住居区まで戻ってきたが、彼女の姿はなかった。


周りのテントのような住居は、大雑把に入り口を閉じられている所が多く、静かだった。

カレンは、その荒れ果てた住居区内を歩いて見回り、レイナを探した。しかし、一向に見つけられず、レイナと会った場所まで戻って来た。


意味もなく周りをキョロキョロと見渡して、疲れたように視線を下げた。すると、先程までは気づかなかったが、目の前の地面には、何か黒いシミみたいのが垂れ広がっているのがわかった。


(なにこれ?)

 暗くてよくわからなかったが、ベトッとしている液が地面についていたのである。そして、よく見るとその液は、擦れるように先の方に伸びていた。前を見ると、その黒い液が途切れ途切れで繋がって何処かに向かっていた。


 カレンは、その跡を導かれるように辿って行くと、住居区域の外周にある瓦礫の山に続いているのが確認できた。

 

 躊躇う事無く、足場の悪い木や鉄くずの瓦礫に乗って、バランスを取りながらその中を進んだ。

黒い液は、廃材の角などにこべりついていた。レイナを探さなければいけないが、今はこの跡を辿るのに夢中になった。


何処まで続いているのだろうかと考えながら辿り、大きな屑山を横切って裏を見た時、カレンは絶句してしまった。


 レイナが、頭から多量の血を流して倒れていたのである。


 カレンは慌てて、レイナに近寄った。

「レイナ! 何があったの! なんでこんな事に!」

 レイナの脇にしゃがみ込んで呼びかける。


 レイナはぐったりとして、目を閉じ、返事がなかった。


「どうすれば……」

 カレンはパニックで何をしたらいいか分からなかった。

レイナはゆっくりと目を半開きにして虚ろな表情でカレンを見た。


「カ……レン……」

「レイナ!」

 レイナの声は、今にも消えそうな程弱弱しかった。


「見つ……か……った? ゆう……じょ……う……の……あ……かし……」

 レイナは、途切れ途切れの言葉で、僅かな命を燃やすように訊いてきた。今にも朽ちそうである。

 

「それが……その……」

 カレンには、答える言葉が見つからなかった。燃やされたとも言えなかった。何もいい返事をしてあげる事が出来なかった。


カレンが言葉に困り、グズグズしていたばっかりに、レイナは動かなくなり、息をしなくなった。カレンに助ける方法なんてなかった。謝る事もお世辞で安心させることも出来なかった。


「レイナ! レイナ!」

カレンは、ただ必死に呼びかけた。だけど、レイナは返事をすることは無く、冷たくなった。


(取り返しのつかないことをしてしまった)

 カレンはそう思い、その場でうなだれて、泣き叫んだ。


 レイナが持っていた荷物は無くなっていた。レイナが身に着けていた【友情の証】も無くなっていた。追剥に遭ったからだ。


 カレンはレイナの最後の問いに答えられなかったことに酷く後悔した。何一つ上手くいかない。全ての行動が裏目に出ている気がした。こんな失敗だらけの自分をどうすればレイナは許してくれるんだろうと思った。


(……【友情の証】見つけてあげないと……)

 できる事はもうそれしか思い浮かばなかった。自分が貰ったものは炭になってしまったのだから、せめて、レイナが持っていた証は見つけてあげないといけないと思った。気休めかもしれないが、それが最後の問いへの仮の返答だと勝手に判断した。


カレンは、レイナの【友情の証】を探す為にゆっくりと立ち上がった。もうカレンは正気を失っている。


(【友情の証】……)

 カレンは生気のない目で、ゆっくりと歩きだし、住居区域を歩き回った。


 辺りはもう暗くなっていて、出歩いている者はいなかった。


「【友情の証】……レイナ……【友情の証】……レイナ」

 亡霊のように貧民区をぽつりぽつりと呟きながら彷徨った。


「【友情の証】……レイナ……【友情の証】……レイナ……」

 ボロの住居区域の外に出て街の中を徘徊し始める。ぽつぽつとしたトーチの明りのみが照らしていて、辺りは薄暗く、とても探し物なんてできる状況ではなかった。だけど、カレンは【友情の証】を探すのを止めれなかった。

 

「何処だろう、何処行ったんだろう……探さなきゃ、見つけなきゃ」


 街の中心の大きな橋を渡り始めた。今まで歩いていて、人は見かけなかったが、橋の真ん中付近で、欄干に手を預けて川を見ている人の姿があった。

 その人は、カレンが橋に足を踏み入れると、こちらの方を向いて、横切るように去って行った。横切る時に、何か薄ら笑いを浮かべているようにも見えた。カレンは、その姿に何か見覚えがあるような気がした。しかし、暗くて殆ど見えず、誰なのか思い出すことは出来なかった。考えがぼやけてくると、自然と意識が【友情の証】探しに戻った。


 さらに街中探し回った。


 しかし、どこを探しても【友情の証】は見つからなかった。レイナが身に着けていた証も、レイナが作っていた証もどこにも見当たらなかった。

 

 カレンは虚しく、先程の者がしていたように、橋の欄干に手を預けて、黒く染まった川の流れを見ていた。


「何でこんなことに……」

 カレンの弱弱しい呟きが、虚しく川に流れていった。

 

 

          *



「結局、私はレイナに何もしてあげられなかった……なんにも」

 カレンは打ちひしがれるように言った。


 小さい白い竜は、絶句していた。

「そんな哀しい出来事が……」


 重苦しい雰囲気が漂った。


 カレンはゆっくりと立ち上がり、台に散らかっているお茶を入れた後の器具類を片付け始めた。


「今、冷静になって考えるとね、取りになんていかずに、その場でレイナに謝っていれば、済んだ話なんだよね。そんな簡単な話だったんだよね……」

 虚しさが部屋の中に響き渡った。


 白い小さな竜は、口籠っていて、何て言っていいかわからない様子だった。


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