第28話「カレンの過ち」
カレンは、レイナと一緒に旅に出る約束をした事で、村での生活は苦ではなくなった。
相変わらず、ブルオの祭り上げる茶番劇は、順調に続いた。両親や村の手伝いも出来るようになればなる程、量が増した。レイナに会える機会は、僅かな間だった。
しかし、レイナといつかこの村を出て、一緒に旅が出来ると思うと、どんな苦労や苦難も全て水に流せた。
カレンは、レイナから貰った特別な【友情の証】をダボついたズボンのポケットにしまって持ち歩いていた。
肌身離さず持ち歩き、絶対に無くさないようにしたのである。首に掛けなかったのは、ブルオやその取り巻き達の目を引いてしまうと、遊び道具の対象とされ、ロクな目に遭わないと思ったからだ。
何事もなくというと嘘になるが、特に大事に至るような事は避けられ、三カ月程過ぎた。
事件は前触れもなく起きた。
ブルオが、本格的に狩りの訓練をし始めたのである。基礎訓練を終えて、実践訓練をするという事だ。
それに伴いブルオの遊びは、剣闘大会から疑似狩猟と変わる。その遊びは、哀れな動物役を一人決め、雑木林に逃げ隠れさせる。後の者は狩人役になって集団で追い込み、疑似武器を使い叩きのめすと言うただの虐めみたいなものだった。
あくどい遊びに関しては、我慢をすれば何とか事を収められるのだが、本当の問題は他にあった。
それは、ブルオの活動範囲が村近辺の茂みまで広がったという事である。
突然そう言いだして、村の外を徘徊し始めたから、この事をレイナはまだ知らない。始まってしまった以上、ブルオから離れて、伝えに行く事も出来なかった。
何もすることが出来ないまま、ブルオがレイナの居る雑木林に足を踏み入れる。当然ブルオは集団で林の中を進撃していくので、呆気なくレイナの隠れ家が見つかってしまう。レイナは、着実に旅の準備をしていたが、ブルオ達が来てひどく驚いていた。
レイナの隠れ家には、木の実の山が入った籠、木を加工して作った道具類、草を編んで作った敷物や入れ物など多くの手作り品が整地された一区画に生活空間のように置かれている。
「どうしてここに来るの? 私の事、無視するんじゃなかったの?」
レイナは、戸惑いを含んだ疑問をブルオに投げかけた。
「今日から、ここら辺一帯は、俺の縄張りになったんだ。お前は邪魔だから出て行ってもらう」
ブルオは、面白いものを見つけたという風に喜々とほくそ笑みながら答えた。カレンは、申し訳ない気持ちで一杯になった。
「お前達、取っ払っちゃっていいぞ」
ブルオのその一言で取り巻きは、荒すように物を見つけては、おもちゃにして投げた。勇気のない私は、湧いてくる怒りを押し殺して、ただ佇むんでいるだけだった。
「何だこれ」
取り巻きの一人が、布の風呂敷に入った【友情の証】を手に取り呟いた。
その呟きに反応したブルオは、【友情の証】を掴み取り、まじまじと眺めた。
「それは、投げないで! 返して!」
レイナは、慌てて取り返すようにブルオに向かった。
ブルオはレイナを手で押しのけて、【友情の証】を取れないようにした。
「何なんだ? これは? 説明しろよ」
「……それは、【友情の証】なの。友達同士で持つようにするだけのものなの……」
レイナは、取り乱しながら短くブルオ達には関係ないと言わんばかりに説明した。
「それなら、俺たち皆にもくれよ。友達だろ?」
レイナの思いとは裏腹に意地の悪いブルオは、威圧する様に笑いかけた。
「……いいよ……皆にもあげる……友達だからね……」
苦渋の表情のレイナは弱弱しく答え、皆に一つずつ【友情の証】を配った。それを受け取った取り巻き達は、振り回して木や地面にぶつけて遊び、面白がっていた。カレンは何もできない。
レイナは悔しそうな顔をした。
それでも満足しないブルオは、余っている【友情の証】もレイナから奪い取った。レイナは抵抗虚しく、その場に崩れ落ち、ブルオ達は、その雑木林から出ていった。
カレンはブルオに逆らう勇気が持てず、何もすることも言う事も出来なかった。ただ、その一連の出来事を立ち尽くして眺めているのが精いっぱいだった。酷く心だけが打ちひしがれた。
その後ブルオは、奪った【友情の証】を大人達にも配った。
大人達は、レイナが作ったものだと聞いて、変な子だと異口同音で話し、【友情の証】を焚きつけ代わりなど粗雑に扱った。
半場脅して貰ったブルオやその取り巻き達も、ある程度遊び道具にした後に、肥溜めに捨てたり、ビリビリに引きちぎった。
村で【友情の証】を身に着けている者は、レイナ以外誰一人としていなかった。大人達は勿論の事、子供達はブルオに身に着けているのを見つかると、仲間外れにされるので当然の事だった。
カレンは、ブルオから貰った【友情の証】は、後ろめたさがあったが、他の子供達と同じように適当に捨てる事にした。
レイナから貰った特別な【友情の証】は、ずっとだぼだぼズボンのポケットに入れていたが、見つかるのが怖くなって、自宅の箪笥の奥にしまう事にした。
箪笥は、村の周りに群生している細長い植物の葉を使った簡素なものだが、外から中が見えないくらい綿密に編まれているし、案外丈夫でそんな簡単に壊れたりもしない。
そして、箪笥の奥の方にしまっておけば、両親は絶対に気が付かない。だから、一番安全だと思い、その場所を選んだ。
しかし、その選択が、後々最悪の判断だったと思い知らされることになるのをカレンは知る余地もなかった。
レイナには、数少ない誰にも見つからない安全なタイミングで会いに行った。
隠れ家を滅茶苦茶にされたのに何もできなかったのを謝ろうと思った。
会いに行くと、レイナはいつも通り、雑木林の中で自然の物を活用した実験を行っていた。カレンは、レイナに声を掛けると、すぐに以前の事件の自分の対応を謝った。
「その……あの時、何もできなくて……ごめん」
全く持って説明不足で、言葉足らずである。
「そんな気にしなくてもいいよ。また作ればいいから」
レイナは、何のことかを察して、気落ちしているカレンに微笑みかけてくれた。
カレンはレイナに嫌われてないと分かって、ホッとした気持ちになった。同時にそんな自分を嫌悪した。
それから月日が流れた。
カレンは、この村に何か大厄災でも起きないかなと不謹慎にも思っていた。まだ子供だけど、レイナとなら村の外でも何とかやっていけるんじゃないかと思い上がっていたのである。
冗談交じりだった。だけど、本当に起こった。
突然、大きな竜が村を襲って来たのである。
昼時で、カレンは運よく外で農作業の手伝いをしていた。
屈んで凝り固まった体をほぐす為に、空を見上げた。遠くに何か黒い影が見えた。
あれは何だろうと思った。
黒い影が徐々に大きくなっていっている気がした。
(こっちに向かってきている?)
そう思ったカレンは大人に訊いた。
「うん? なんだ……まてっ、まさか」
畑仕事のおじさんの顔は青白くなった。
「竜だ! 竜が村に向かってきている!」
おじさんはすぐに、村中に響くほどの大きな声で叫んだ。カレンはびっくりして、尻もちをついた。
けど本当に、緊急事態だった。守衛の者は、警鐘をガンガンと鳴らす。村中が慌てふためいた。カレンは、今までに感じた事のない緊張感が全身に走った。
大人達は、冷静じゃなくなっていた。一人一人が血相をかいて、ちぐはぐな行動をするのである。そして、突然村から外に逃げ出していく大人を見た時、カレンは、生物的な危機感を感じ取った。逃げなきゃいけないと。
勇敢な大人達は他の村人が逃げられるように時間を稼いだ。カレンと戦えない村人は逃げた。あっという間の出来事で、人々は散るようにしか逃げられなかった。
茂みに隠れたりする者もいたと思う。何人かは、追いつかれて食われたと思う。必死に逃げるカレンには、悲鳴や足音でしか分からなかった。
カレンは、運が良かった。竜が来た方向と反対側の位置にいて、街のある方向をレイナに教えてもらっていたからだ。カレンは、竜の餌食になることなく、街に逃げ込むことが出来た。
数人の村人達も街に逃げ込めていた。ブルオがしぶとく生き残っていたのを見て残念に思った。
街に逃げる事が出来た大人達は、必死に助けを求めていたが、カレンからしたら、助けなんて求めたってもう手遅れに決まっているでしょと冷めた思考をしていた。なすすべなく蹂躙されていたんだからと。
それよりも、レイナの事が心配だった。彼女を必死に探した。両親や一緒に遊んだ子供達の事なんて頭からすっぽり抜け落ちていた。
まず、街の外の村がある方向を探した。しかし、レイナはいなかった。次に、街の通り、脇道を確認したが、彼女はいなかった。
胸騒ぎと焦りで心臓の鼓動が高鳴った。必死に街中を探した。心細くて仕方がなかった。
もう、諦めて泣き崩れそうになっていた時、声が掛けられた。
「カレン?」
聞き覚えのある声に、振り向くと、レイナがそこにいた。
貧相な雰囲気の布地の住居に囲まれた細い小径だった。
カレンは、嬉しさのあまり、泣きそうになった。
「良かった無事だったんだね」
レイナが安堵した声で言った。
「レイナが、街の事教えてくれたおかげで……運よく何とか逃げられたよ……」
息が荒くなっていたので、かすれ声で息継ぎしながら答えた。
「……本当に良かった」
息を吐くように小さく言った。
改めて息を整えて、レイナの事をよく見ると、彼女は沢山の荷物を背中に背負っているのが分かった。籠や布袋、小さな袋、糸で垂れ吊るした皮など様々な物を背中に背負っている。
「そんなに沢山の荷物、一体どうやって持ってきたの?」
カレンはまじまじと見ながら訊いた。
「警鐘がなった時に、たまたま雑木林に居たから、そのまま周りにある必要なものだけを背負って持って来ただけだよ」
レイナは謙遜しながら答えた。
「流石だね」
素直に関心して返した。
「一応、どんな危機があってもいいように備えていてよかったよ」
レイナは、明るい笑顔で微笑みかけてくるので、有事だというのに、何があっても大丈夫な気がしてきた。
むしろ、閉鎖的な村から出られてよかったかもしれないと思った。
ふと、レイナの斜め後ろの布の住居の中に、不気味に俯いているおじさんが居るのが目に入り、気味が悪かったが、レイナの言葉で、意識がそちらに行った。
「他の皆は大丈夫かな」
あれだけ、嫌な思いをさせられたと言うのにレイナは村人達の事を気にかけている。カレンは、自分とは心の広さが違うと思い知らされた。
ふと、レイナの首から【友情の証】がぶら下がっているのに気がつく。
「あっ」
カレンは思わず声を漏らす。
証を箪笥の引き出しの奥にしまい込んだままだったのである。どうしようと浮かない顔をして、そわそわしているとレイナが心を読んだように訊いてきた。
「カレン、あげた【友情の証】は持ってくれている?」
カレンは、その言葉にドキッとした。レイナは、期待の表情をしている。
カレンは、服のポケットを探ったり、中に手を入れたりして、あるはずのない【友情の証】を探す素振りをした。
「……あ、慌ててたから、途中の何処かに落としちゃったのかもしれない」
苦し紛れに、嘘をついた。
「探してくる!」
浮き出しだって、そうレイナに告げて、走り出そうとした。
「大丈夫? もし失くしたなら……」
「大丈夫!」
レイナは心配そうにしていたが、カレンはもう【友情の証】を取りに行くことしか頭にない。動揺しているのも悟られないように、一刻も早くその場から離れたかった。
なくしてはいない。大事に保管していただけだから。取りに行けば問題ない。
そう、大事だからこそ、しっかりと奪われないように無くさないように保管していただけなんだ。
カレンは、ポジティブに考えながら駆けだして行った。




