第27話 「カレンとレイナの大事な約束」
ブルオは相変わらずお山の大将であり、居心地の悪い中、カレンは村での生活を送っていた。
毎日がつまらないと思っていたある時、同じくらいの歳の女の子が、この村にもう一人いるのを知った。
彼女は、村で一番知見の深い村長の右腕で、言わば、参謀と呼ばれる男性の養子だった。
参謀は、村で唯一、他の街に行く事を許可された者で、外から、情報を仕入れてくるのが役目である。彼女は、参謀が他の街に行っている時に拾って連れて来たらしい。
跡継ぎのいない参謀に、村長は、特別に許可を出して、村の仲間になった。
だけど、彼女は、普段村の手伝いをする事は無く、他の子ども達とも遊ぶ事も無く、村の外の茂みに隠れて、一人で本を読んでいたのである。そして、その行動も特別に村長は良しとしていた。
だから、彼女が村に来てからも、しばらくは気づかなかったのである。
それを知ったブルオは、当然面白くなかった。次期村長であるブルオに付き従わないどころか、挨拶すらしない。気に入らないと思うのも当然である。ブルオの次の標的は、その子になった。
彼女がいつものように村の柵の外にある茂みに隠れて、本を読んでいたところを、ブルオに見つけられ、取り囲まれる事になった。
カレンは、ブルオ軍団に付き従い、その様子を見ていた。
その子は、薄緑色の髪を後ろで縛り、肩から膝まで一体型の布を着て、草鞋を履いていた。背はカレンと同じくらいだと思われる。
「お前、何やってんだよ!」
ブルオが、威圧する様に彼女に言った。
「本を読んでるの。放っておいて」
彼女は、関心を向けずに、素っ気なく返した。
その行為が、さらにブルオの気分を逆なでして、容赦ない行動に出始める。
「ちょっと貸せよ!」
ブルオはそう言って、彼女から本を取り上げる。
「返して!」
彼女は、必死にブルオから本を取り返そうとする。
しかし、ブルオは、彼女の手をひょいひょいとかわして、手の届かない高さまで上げる。彼女は、ジャンプして本を掴もうとするが、触れられないようにするのである。
「取れるもんなら取ってみな」
ブルオは、そう意地悪を言った後、配下と化した子供達に、彼女を抑えさせ、目の前で本をビリビリに破いてしまう。
「次、本を読みたいなら、俺に付いて、許可を取ってからにしな」
ブルオはそう捨て台詞を吐いて、ビリビリに破いた本を投げ捨て、その場から軍団を引き連れて、去って行く。
彼女は、ビリビリに破かれた本を抱き込むように抱えていた。
カレンは、彼女の悲壮感に満ちた姿をチラリと見ながら、ブルオについて行った。
彼女は、その出来事があってから、一度だけ、ブルオの元に来て、遊びに参加した。そのきに彼女の名前がレイナだと知った。
レイナは、一度だけ、ブルオの元に顔を出したが、それっきり一切、付き従う事はなく、また隠れて本を読んでいた。
そんなことをしたら、またひどい仕打ちをされるが目に見えているが、悪戯される事はなかった。なぜならブルオは、その時期から、狩猟の訓練を受け始めたので、レイナに構っている余裕も無くなったからである。
同時に、ブルオ主催の気に入らない者を惨めにさせるデスゲームや、ブルオ巡回視察団の招集も少なくなったのが嬉しかった。
カレンの気分は、今までで一番、晴れやかになった。
家の手伝いなどもあるが、ブルオと関わらない日があるっていうだけで、解放された気分になるのである。
さらには、何も手伝いがないような日には、自由にできるので、気分は最高潮だった。
ある、自由時間の時だった。その日は、いつもと違う景色を見たくて、村の柵の外側周辺をブラブラと歩いていた。体を回転させて、スキップを踏んだり、鳥のマネをして楽しんでいたりしたところ、茂みでもそもそと怪しい動きをしている女の子を見つける。レイナである。
レイナは、以前と違って本を読んではおらず、茂みを探すようにかき分けていた。村でこんな行動をしている人は一人もいなかったので、カレンは、何をしているんだろうと興味が惹かれた。
だから私は彼女に控えめに声をかけた。
「何やってるの?」
レイナは警戒心むき出しの表情でこちらを見てくる。
しかし、相手が女の子だったからなのか、警戒心を少し解いて答えてくれた。
「……食べられる実の発見だよ」
なんでそんなことをするのか全く分からなかったのでさらに続けて訊いた。
「発見してどうするの?」
「非常時の食料になるんだよ」
「非常時に備えてるって事?」
「というよりは、私の夢のためかな」
レイナは、淀みなく答えてくれた。
夢という言葉が出て来て、凄く斬新な気分になった。こんな村にいて、夢を抱くなんてことは考えもしなかったから。
「夢?」
気になって訊いてみたが、答えは返ってこなかった。
また違う日になって、不思議なことをしているレイナを見かけたので、声を掛けてみた。
「今日は何してるの?」
「今日は、吹き矢の練習をしてるの」
レイナは、穴の開いた硬めの植物の茎を手に持っていた。前方の少し離れた所には、尖った木の楔が無数に刺さった木が立っていた。的のような丸い円も描かれている。
「獲物を狩る為?」
「そう、いつでも獲物を取れるようになるためだよ」
「へー、面白い」
素直に、考えもしないような事をする彼女に対して、関心が強くなった。
カレンは次第に、レイナの元に通うのが楽しくなり、当たり前になって来た。
「ねえねえ、今日は何するの?」
カレンは、気兼ねなく訊く。
「今日はね、自然にある者だけでパンを作ってみようと思うの」
レイナも打ち解けてくれて、ノリノリで語ってくれるようになった。
「楽しそう」
「一緒にやろう」
「うんやろう」
こんな楽しい気分になったのは生まれて初めてだった。
こんな日常が一生続けばいいのにと強く願った。
しかし、楽しい事と言うのはそう長くは続かなかった。
村の外でいつものようにレイナに会いに行こうとしていたところだった。
ブルオが、最近では珍しく、暇そうに外を歩いていた。
カレンの事を見つけては、迫るように近づいてくる。
「なあ、おまえ、最近、あいつとつるんで仲良くやってないか?」
ブルオが取り巻き二人を連れて、問いただしてくる。何でブラブラと外を歩いていたのか、訊かれて初めて分かった。
「いや・・・、仲良くなんかしてないけど」
カレンは嘘をついた。
「嘘ついてないよな? この二人がな、お前があいつと仲良くやってるのを見たって言うんだよ」
ブルオは、二人を指しながら、小鳥を狩ろうとする目で見てくる。取り巻きは、完全にブルオに手懐けられていた。
「見間違いだよ。あんな気味の悪い子なんて近寄りたくもない」
カレンは、胸が締め付けられるような思いをした。
「なら、お前も俺達と遊ぶだろ? 流石に最近、皆を放っておいて、稽古に励むのは悪い気がしてな」
ブルオの口元には、隠しきれない悪意に満ちた笑みが含まれていた。素直に稽古に励んでいてくれればいいのにとカレンは思った。
ブルオの遊びは、鬼ごっこやかくれんぼから、剣術大会に変わった。週に二度ブルオ主催で子供達を集め、一対一のトーナメント戦が開催されるのである。子供達は、自ら調達した木の枝などを武器代わりにして戦う。
当然、ブルオに勝つことは許されなかった。ブルオが気持ちよくなるように、負けなければならないのである。簡単に負けるのも許されない。なぜならブルオが満足しなければ、戦闘不能になっても滅多打ちにしてしまうからである。全てはブルオの気分次第なのである。村の子供達、特にブルオが気に入らない者は、体中にあざや傷を作る事になった。カレンもその一人である。
レイナは参加していない。レイナは、村の参謀の跡継ぎ候補というのもあって、ブルオであっても容易に手は出せなかった。
それに納得いっていないブルオは、彼女の事を無視するように皆に呼びかけていた。いなかったことにしようとしたのである。
レイナは時々、チラリとブルオの地獄の剣闘大会を見ている事があった。
カレンは、ブルオに打たれて、顔を顰めながら、レイナの様子を見た事があった。
カレンは、しばらくレイナに会いに行く事はできなかった。
剣闘大会が頻繁に開かれていたという事と、仲良くしていると知られたら、どんな惨い目に遭うのかと怖かったからである。
しかし、そんなカレンにもチャンスが巡って来た。
ブルオやその取り巻きが稽古や農作業の手伝いなどをしていて、カレンに気づいていない数少ない隙が出来たのである。その隙を狙って、カレンはレイナに会いに行った。
彼女はいつも、村の外の死角になるような、雑木林の中で色々と試していた。
そして、その日もレイナはその雑木林に潜んでいた。
「レイナ、ごめんね、急に会いに行けなくなって」
レイナに会うとまず初めにお詫びの言葉を言った。
「私は大丈夫だよ。それよりもカレンの方が心配だよ。大丈夫? 男の子に痛めつけられて……」
レイナは、自分の事よりもカレンの事に気を遣ってくれた。
「慣れれば痛くなくなってくるから大丈夫」
本当は今も打たれたところがビリビリと痛いが、やせ我慢して、答える。
「それよりも、今日は何をしているの?」
ブルオと関わる話は、したくもなかったので、別の話に移った。
「夢のための準備だよ」
レイナは明るくそう言って、カレンに広げて置いてあった装飾品を手渡す。
六角形で、星が二つ描かれた編み物の首飾りだった。
「なぁに、これ?」
その首飾りを受け取り、訊いた。
「【友情の証】だよ」
「【友情の証】?」
「そう、私の夢はね、世界中を旅して、色々な人とお友達になるのが夢なんだ」
レイナは、目をキラキラと輝かせながら、答える。
カレンは、考えもしなかった外の世界に行くという話に、とびっきり驚き、好奇心が掻き立てられた。村から出られたらどれだけ楽しんだろうかと。ブルオから離れられたらどれだけ心地いいんだと。
「世界中旅をして、仲良くなった人に【友情の証】を渡すの。記念品としか思われないかもしれないけど、ないよりはあった方が良いでしょ」
カレンは、なるほどと思った。
レイナは、得意そうに話を続けた。
「その渡した【友情の証】はね、他の証と違って特別なんだよ」
「特別?」
「うん、他のは真ん中に星が一つしか入っていないけど、それは二つ入ってるんだ」
レイナがそう言うので、彼女の目の前に無造作に置かれている同じ形の首飾りに目をやった。確かに星が一つしかついてなく、自分が貰った物には星が二つついていた。
「私のもそうだよ。カレンとは親友だから、二人だけの特別な証なんだ」
レイナの首からは、渡された物と同じ首飾りが下がっていた。
カレンは、うれしくてたまらなかった。
「ありがとう、大切にするよ」
「なくさないでよ~」
レイナは冗談っぽく言った。カレンは、ペンダントをボロボロのズボンのポケットの中にしまった。
「それとね」
レイナの話はまだ続いた。
「うん」
しっかりと聞くように、耳を傾ける。
レイナは、緊張しているようにもじもじした。
「どうしたの?」
カレンは訊く。
「えっとね、もしよかったら、一緒に旅に出ない?」
レイナは、様子を窺うように、さりげなく提案した。
夢にも思っていないような、そんな提案だった。
「行きたい! レイナと一緒に旅に出たい!」
声が弾むように心から嬉しさを露にした。
「よっし! 約束ね。十年後くらいなるかもしれないけど」
レイナも、飛び跳ねるように喜んだ。
「十年でも二十年でも、いくらでも待つよ!」
二人は、必ずこの村から出て、旅をすることを誓い合った。
それがカレンにとって、村で生活する希望となった。この後に災いが訪れるという事も知らずに。




