第23話 「殺風景なカレンの部屋」
トウシが、ざっと簡単に経緯を話し終えると、少年は後ろめたそうな顔をした。
「騙してお金奪ったのに……」
少年は、ぽつりとかすれ声で呟いた。
トウシがその発言を聞き流し、視線を落としている少年の姿を見ていると、治安維持部隊が外からぞろぞろと入ってきた。セロンがいつ呼ぶのかわからなかったが、見計らったようなタイミングである。
全員、鎧を纏い、ロングソードを腰から下げている。
治安維持部隊は、立っている二人には目もくれず、伸びているボスの男を束縛し、気絶している竜の始末も手早く行い始めた。一人倒れていた被害者の男は、重傷を負っているものの、まだ息があるようだったので、担架に乗せられて運ばれるところだった。
トウシの事は、チラ見はするが、不審な者としては認識せずに、当然のように自分達の作業を進める。理由は、トウシが所属する特殊部隊の服装と左腕に付けられた標章が治安維持部隊には認知されているからである。
少年はその光景を見ながら、呆然と立ち尽くしていた。
「それじゃあ、行くぞ」
少年に声を掛けて、出口の方に歩き出した。少年は、その言葉に反応する。
「行くって何処にだよ」
安心しきったのか、少年は、先程の怯えた声ではなかった。
「妹を探してるんだろ?」
そう答えると、少年の表情は、見違えるように色を取り戻した。
「何処にいるのかわかるのか?」
少年の声は上ずって、震えていた。
「確定じゃないがな」
そう落ち着かせるように言うと、トウシは鉛のような材質のドアをくぐり、外に出た。少年も離されないようについて来る。
ここの倉庫のような建物は、五重に重ねられたマトリョーシカのような構造になっていた。それぞれの建物の間には、人が二人通れるほどの間隔があり、悪党達の何人かはそこで気絶している。治安維持部隊は、その気絶した悪党達も運び出していた。外には、大量の古ぼけた布が雑に放り出されている。
外に出ると、暖かい日差しが照りつけた。少年は、息を一つ大きく吐いた。
トウシは少年をチラリと見た。つい先程のゾンビのような顔は嘘のように希望に満ちた表情である。
(本当は、竜が解き放たれる前にどうにかできたんだがな)
トウシは心の中で呟いた。
少年が竜に食べられる寸前まで待ったのには、少しばかり意図があった。
トウシは、この処刑場の倉庫に、被害者を乗せた馬車を追ってきたのである。
馬車が倉庫に到着する前に、倉庫の外の様子を確かめ、まず初めに、馬車から人を降ろしていた者に奇襲をかけた。
その後、倉庫の側面にある換気口から、音を立てずに侵入し、中にいる悪党を出合い頭に無力化した。
侵入した反対側の方には、竜が監禁されている部屋があり、中の広間に繋がる扉は横側に五つの建物を貫通するように垂直に設置されていた。その扉を外側に押し引っ張る事で、竜と広場に繋がる仕組みになっていた。だから、あえてその扉を開ける担当は、無力化せずに後回しにすることにした。
それ以外を畳んだ後に、広場の様子を換気路から確認し、竜を放つ扉が開かれた後に、扉担当をお役御免で気絶させた。
後は、竜と中の男の始末のみとなるが、どういう進行で皆殺しが行われるかと少し興味があったので、竜が暴れる直前までは、傍観しておくことにした。
セロンが言っていた少年は、他に子供がいなかったので、すぐに分かった。
偶然、他の人々は扉側に逃げて、少年が取り残される形になったので、少年が襲われる寸前までは放置することにした。理由は、セロンが、少年は全く聞く耳持たず、自分勝手な性格だと言っていたので、少しは痛い目を見た方が自覚するだろうと考えたからである。かなりの荒治療である。
効果はあったのかは不明だが、一度死を覚悟したのは確かだろう。後は、少年がどうしようが、どうなろうが知った事ではない。
一人だけ、自ら死を望む奴が被害者の中にいた。自殺志願者を助ける必要はないと思い、放置していたが、先程の様子だと命は助かったようだ。
トウシは少年を連れて、その倉庫を後にした。
倉庫は、街から一キロ程離れた雑木林の中にあり、外側からでは見つからないようになっていた。きっと、街の人々が探そうとしない限り、見つかる事はなかったのだろう。
トウシと少年は、街の中の市場に隣接する門をくぐり、そこから、塀沿いに右に歩いた。
街の中の川に突き当たるまで行くと、一つだけ住居とは離れた建物があった。
情報で聞いていた場所である。
トウシは、下っ端を襲った時に、情報を訊きだし、囚われている者がいるこの場所を吐かせたのである。本当の事を言っている確証はなかったが、現地に来た所、ガセではないと大方確信が持てた。
建物は、全面金属のボロ板で覆われていて、物置小屋のような四角い形をしている。
入り口の扉には、太い鎖の南京錠がついており、固く閉ざされていた。
物置小屋を前にした少年は、緊張しているのか、落ち着かない様子である。
トウシは、細いヘアピンを取り出し、南京錠の鍵口の中に入れ、奥を探った。古典的な手法だが、簡易的な南京錠ならこの程度でも開けられるのである。
さほど経たないうちに、カチッという音と共に錠が外れる。鎖を扉から外し、扉が開かれた。
「ムムル!」
少年は我慢できずに、開かれたと同時に、小屋の中に飛び込んで行った。
「……お兄ちゃん?」
中から、怯えた女の子の声が聞こえる。
トウシが中を覗くと、少年と女の子が抱き合っていた。
そしてもう一人、男性が疲労困憊の様子で、うつむいて座っていた。
トウシは、中に入り、その男性に声を掛ける。
「大丈夫か?」
男性は、ゆっくりと顔を上げて、ぼそぼそ声で答える。
「【ユートピア】にやっと連れて行ってくれるのですか?」
「いや、残念ながら【ユートピア】には行けない」
断言する様に答えると男性はガッカリした表情を見せた。
トウシは、後の事は治安維持部隊に任せる事にし、その場を立ち去った。
*
布と薄板で造られた不規則な形の住居が辺りに広がり、賑やかな市場のざわめきが少し遠くに聞こえる。
セロンは、約束した住居区の空き地の前でカレンさんを待っていた。
そこは初めて、街の散策した時に、見かけた場所である。
空き地にはガラクタが散らばっていたが、誰もいなかった。
背中には一度家に持ち帰った、【友情の証】の束が入った布袋を背負っている。いつもの肩掛け巾着と買った【友情の証】も身に着けている。
あっくんに綺麗にしてもらった【友情の証】に酷似したものは巾着に入っている。
待っている間は、通り道を覗いてみたり、斜めの住居の形を目でなぞっていたり、空地に入ってガラクタに登ってみたりしながら、時間を潰していた。
そして、待ち合わせの時間に近くなってきた所、市場の通りの方からカレンさんが来るのが見えた。周りを警戒しながら向かってきている。
それもそのはず、セロンが少し前に治安維持部隊に通報したので、街の中には治安維持部隊の兵士達が歩き回っているのである。
セロンは、カレンさんと一緒に役所前ですれ違った人に通報したが、あっくんが話していた通り、セロンの事を不思議とも思わずに、真摯に話を聞いてくれた。
見かけによらず、優しい人なんだとセロンは感心した。
カレンさんが声の届く、傍まで来たのでセロンは挨拶をした。
「こんにちは、カレンさん」
穏やかな表情で言った。
「こんにちは」
彼女は無表情に短く返事を返した。
間もなく、彼女は、腕で通りを指さしながら、せっかちに言う。
「それじゃあ、行くよ」
彼女は通りをスタスタと歩いて行った。
「お願いします」
セロンは彼女の後について歩く。
少し住居区の小道を歩いて進んだ。途中、角を曲がり、そしてまた曲がり、右に行き、左に行った。
やがて、彼女が、一つの住居の前に立ち止まった。
「ここが私の家だよ」
彼女が正面の住居を見ながら言った。
その家は、周りの他の住居となんの違いもない、褪せた布と錆びた金属板で造られた家だった。
カレンさんは、入口の布を巻き上げて、上から垂れている紐で固定した。
「どうぞ入って」
彼女は、手でセロンに促した。
ゆっくりとした足取りで、入り口前まで行き、挨拶を言って中に入る。
「お邪魔します」
中を覗くと、彼女が行っていた通り、殺風景だった。
部屋は入口から入った所の一つしかない。真ん中に小さな丸テーブルがあり、備え付けっぽい台が奥の端にある。あとは、雑具・服飾品がてんこ盛りで入った麻袋と大きめのリュックが床端に立てかけてあるだけだった。
「なんもないって言ったでしょ」
彼女も部屋の中に入り、一言、投げ捨てるように言った。
彼女は、セロンをテーブルの前に座るように促した後、リュックの中を漁り始めた。
セロンは、促されるようにテーブルの前にちょこんと座り、周りをまじまじと眺めていた。
「ずっと、こんな状態なの?」
彼女に疑問を投げかけた。
「そうよ、ずっと変わらず殺風景……」
彼女は、リュックから、銀色の袋と、灰色のボトル、丸い樹脂製のコップ、一式の器具を取り出して、備え付けの台に無造作に置いた。
彼女は次に、銀色の袋から乾燥した葉のようなものをつまみ出し、用途のわからない器具の中に入れた。ボトルを開けて、その器具に垂らすように、透明な液体をゆっくりと回し入れている。
セロンはその様子に見入っていた。彼女の表情は、冷淡であり、意思のない人形のようだった。
じっくりシュルシュル、じっくりシュルシュルと弧を描くように入れていく。
ようやく入れ終わると、容器の上端をつまんで持ち上げた。すると、器具の上部分の金網だけがスポッと抜けて分離した。彼女は、容器状の下の部分を持ち上げて、樹脂製のコップに注ぎ入れた。
液の色は、薄い金色を帯びている。恐らくお茶だとセロンは思った。
山の家でも、お茶は飲んだことがあるので、知っているのである。
お茶を入れたコップは、セロンの前のテーブル上に置かれた。彼女は、テーブルの対面に座った。
「味は薄いけど、お茶よ。どうぞ」
「カレンさんは飲まないの?」
「私は喉渇いていないのよ」
彼女は、素っ気なく答えた。
「それならご厚意に甘えてさせていただきます」
セロンは両手でコップを持ち、注がれたお茶を飲んだ。確かに味は薄かった。だけど、それ以上に貴重な深みが感じられた。ただの薄いお茶なのに、セロンには二度と味わう事のできない、至極の一杯に思えた。
同時に、儚さが込み上げてくる。
彼女は、僕の飲んでいる姿をじっと見つめていた。
(そんなに見られるとちょっと緊張しちゃう)
セロンは、コップをテーブルに置き、目のやり場に困った。
部屋の中は誰もいないと思えるほど静かな沈黙があった。
「ねぇ、治安維持部隊に通報したの?」
彼女が沈黙を破った第一声はそれだった。




