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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第1章2節 ただ一人生き残った難民

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第20話 「遅すぎた少年の罪の理解」

少年は、街の外に出ようと走っていた。

理由は、隠しているお金を取ってくるためである。

白い小さい竜から奪ったお金と、埋めてある今まで貯めてきたお金を合わせれば要求額に達する。要求額に達すれば、【ユートピア】に行ける。【ユートピア】に行けば、ムムルに会える。

少年には、その事しか頭になかった。



少年は、市場の方から街の門を抜け、塀に沿うように左に行く。すると木が三本生えているのが見えてくる。

他にも周りには細めの木がまばらに生えてはいるが、その三本の木だけは偶然にもきれいに並んでいるのである。


少年は、その三本中の中心の木の下までくる。そこには、両手で持って、ようやく動かせる石がある。石をよけて、その下を少し掘れば、お金の入った袋が埋まっているのである。


本来この隠し場所には、誰にも見られない様に夜になってから、こっそりと隠しに行くのだが、今回はそんなことも言ってられない。


さらに言えば、このお金は、いつか、妹とこの街を抜け出す為に貯めておいた資金である。こんなことで使う予定じゃなかったのだが、致し方ない。もちろん、この金は、人から奪った物を売って、稼いだお金だ。


その袋を取り出し、白い小さい竜から奪ったお金を入れた。


(これを奴らに持って行けば、【ユートピア】に行くことが出来る。【ユートピア】に行けば、ムムルを助けられる。あと少しだ)


少年は焦る気持ちを抑えて、再び、街の中に向かって走り出した。



街の中を疾走し、上位地区の奴らの建物の前まで来た。


正面の扉を叩き、中から覗いて来る奴にお金を払いに来たと伝える。


顔は知られているので、疑われる事は無く、すんなりと中に入れてもらえた。


ドアの向こうにあるひとまわり小さい建物の扉も叩いて、間髪なく入った。


前回来た時と比べて、人数は二人程少なくなっていたが、ボスらしき奴はいた。

相変わらず細い顔で薄笑いを浮かべ、不気味な表情である。


「お金の用意が出来ましたようで?」

ボスは前にあるテーブルに肘を置いて、覗き込むように訊いてくる。それでも、少年は狼狽えたりはしない。


少年は、持っているお金の入った袋をテーブルにドサッと置いた。袋は、チャリンと音を立てて、テーブルに倒れることなく、自立した。土まみれでもあるので、ボロボロと土塊も散らばる。


テーブルは汚れるが知った事ではない。


目の前にいるボスは表情を変えずに、袋のフチを掴んで引き寄せ、中身を目の動きだけで確認する。


「これで、【ユートピア】に連れて行ってくれるんだろうな?」

 ふてぶてしい態度で、ふんぞり返りながら訊いた。


「……そうですね、これだけあればよろしいでしょう」

 前のボスはニコッと笑みを浮かべ、接客口調で答える。


「建物の前に見たと思うのですが、馬車を用意してあります」

 続けてそういうと、ボスは部屋の中にいた、ひょろひょろの男に顎で指図した。

 ひょろひょろの男は、少年を案内するように扉を開けて、ついて来るように手で促した。少年は黙って、従う。



建物の外に出て、馬車の前まできた。

馬車の車室は長方形で、数十人乗れるくらい大きいものである。扉は、外から鍵と(かんぬき)で閉めるようになっていて、中から開けることはできなくなっていた。


扉が歪んでいるのか、男は、少し手間取りながら開けた。

その後、男は、中に入るように言うので、踏み台に足をかけて、車内に入った。


中に入ると、すぐに扉を閉められ、鍵と閂で完全に閉じ込められる。まるで、家畜を逃げないようにしているようで気分が悪い。


手探りで、近くの椅子のようなものに座った。


少年は、こんな場所に入れられるのはムカつく事だが、ムムルを助けるためならしょうがないと我慢した。


車室内は全く窓がなく、外はまだ明るいはずなのに殆ど光が入っていない。ほぼ真っ暗であり、目が慣れてくるまで、ほとんど何も見る事が出来なかった。


やっと目が慣れてくると、複数人が対面席で座っているのがうっすらと分かった。皆、体を動かしている様子はなく、ぐったりと寝ていた。


正直な所、奴らの事は信用していない。【ユートピア】とか言われる所に行って、ムムルを見つけられればいい。そう思っているのである。


(ムムルはここにはいないのか?)

 見た所、ムムルらしい女の子は一人もいなかった。


 誰かのかすかな寝息だけが聞こえてくる。


しばらく、目をぱっちりと開けて、気を張っていたが、暗く静かな状況という事もあり、眠くなってくる。やがて、目が垂れて来て、とうとう眠ってしまった。


 


ガタンッ


馬車が止まる音と共に目が覚める。中にいる他の人も衝撃で起きたらしい。キョロキョロと周りを見ている。


まもなく、車室の外から、(かんぬき)と鍵を外す音がして、扉が開かれる。

薄い陽光がドアから差し込み、外がまだ昼間であることを認識する。


(いや、もう日をまたいだ後なのか? 朝なのか? 昼なのか?)

 明るいうちから暗い場所で寝てしまっていたので時間感覚が訳わからなくなっていた。


「さあ、乗り換えです。こちらに来てください」

 声と共に、華奢な男性が顔をのぞかせた。扉から無地の仮面を被って、シルクハットを頭に乗せている。やけに陽気な声である。


扉に近い少年から降りていき、続くように車室から人々が降りてくる。後ろを振り返ると、殆ど貧民区で見たことのある大人だと初めて分かった。やっぱりムムルがいる気配はない。


降りた所から既に、色褪せて黄ばんだ布が周りに張り巡らされ、トンネルを作り、一方通行になっている。


(何で外を見えない様にする必要があるんだよ)

 不満が溢れてくる。それでも少年達は前に進むしかなかった。


布のトンネルを通って行くと、ある地点から明らかに暗く、建物の扉が両側に布が透けて見えた。歩いていくと建物らしき所に入った。周りをキョロキョロと見渡しても、暗い幕のようなものが張り巡らされていて、どういう構造なのかよくわからなかった。


不気味で仕方がない。


そのまま、導かれるように薄暗い中を真っすぐ進んでいくと、広い空間に出た。端の方には松明が掛けられていて、建物の中だと分かる。部屋は相当広い。ぞろぞろと大人たちが入ってきても鬼ごっこできるくらいのスペースがある。


周りを見ると、大人達は、戸惑いの色を見せている。ムムルの姿は見当たらなかった。


端の方に居たりしないかと、行こうとしたところ、ドアが閉められる音で、注意がそちらに向いた。周りの大人達もドアの方を注視している。


次の瞬間、パッと辺りが明るくなった。思はず、目を細め、手で目を覆う。上を見上げて、指の隙間から見ると、松明ではなく、照明と呼ばれるような明りで照らしてるのが分かった。他の人も眩しそうにしている。


咄嗟に、周辺にムムルがいないかを確認したが、見当たらなかった。代わりに、入って左側の方に、奇妙な程重く、硬そうな大扉があった。少年よりもはるかに大きく、両開きである。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」

 前方、上の方から聞き覚えのある声がした。


 振り向くと台の上に乗るように、お金を渡したボスが立っていた。かなり高い台で、少年の身長の四倍くらいはある。周りの皆も見上げるように彼に注目した。


「皆さまは【ユートピア】に行きたいという事で、ここにいらしたのですよね」

 台の上からボスが語り始める。


「幸せになりたい、苦しい生活から逃れたい、欲しい物を手に入れたい。皆それぞれの願いを持ってここに来ていると思われます」

 ボスは両手を広げて、酔いしれるように演説する。


「ここからどうやって【ユートピア】に行くんだ?」

 辺りに居た一人の大人が質問をした。


「あー、あ、ん? どうやって【ユートピア】に行くのかと?」

 ボスは、わざとらしく、喉を鳴らし、答えた。


「ここから【ユートピア】に行くんだろう?」

 大人が、窺うように訊いた。


「うーん……えーとですね。皆さん勘違いしていると思うんですが。【ユートピア】と言うのはですね。つまり……はー……」

 かなりもったいぶった口調である。


 ボスは、わざとらしく手を顎に当てて、考える素振りをしている。しばらくして、考えがまとまったのか、左右に揺らしていた体を止めて、目線をこちらに向けてくる。


ボスはにやりとして言った。

「 こ こ で す 」


少年は口を開けたまま固まってしまう。


何を言っているのかわからなかった。周りの大人達も訝しげな表情をして、首を傾げている。


「聞こえませんでした? ここなんです!」

 ボスは、両手を下に指して、強調するように改めて宣言した。


「何言ってるんですか? 何もない廃墟みたいなこの空間が【ユートピア】なわけがないじゃないですか」

 一人の大人が一歩前に出て、皆の気持ちを代弁するように訴えた。


「いやー……そうですよね。受け入れられないですよね。けど……ここなんです」

 ボスは、口角を吊り上げて、満面の笑みで説明する。


大人達は、とうとう表情を曇らせて不満を漏らし始める。


「どういうことだよ! 【ユートピア】に行けるって言うから金払ったのに! こんな場所で何をすれって言うんだよ!」

 一人の大人が、大声で不満をぶちまける。


「それはですね~……」

「おい! 妹は何処にいる! 【ユートピア】にいるんだろ!」

 我慢できずに、ボスに向かって、言葉を遮るように問いただした。


 少年は妹のムムルを探し来たのである。だから、【ユートピア】がどうとかよりも、ムムルがいないという事実に激しく反感を覚えた。


「妹? 全然何のことだかさっぱりわかりませんね」

 ボスは、手を横に曲げ、白々しく首を振った。


「ふざけんじゃねぇぞ! 妹が【ユートピア】に行ったって言うから来てやったんだよ! 何処にいんだよ!」

 感情を激しく露にして、スタスタ歩いていき、前の台を蹴っ飛ばす。


「やれやれ、ここまで説明しているのに、まだわからないんでしょうか? だから、言ってるじゃないですか」

 ボスは、呆れたような態度を取っている。


そして、はぁっと一息吐いて、顔をゆがめた。


「【ユートピア】なんてねーって言ってんだよ! 馬鹿どもが!」

ボスは怒鳴るように暴言を放つ。その声は、荒々しく室内に響き渡った。


一瞬、水を打ったように静寂が空間を包む。


集まった人々が、驚愕の表情で凍り付く。少年も言葉を出せなかった。


「幸せになりたいとかさ、何夢見ちゃってるの?」

 ボスは、見下すようなゲス顔で罵ってくる。


「だからさ~、わかる? これから起こるのはさ~……絶望なんだよ……そう……絶望なんだよ! 喚け! 家畜ども!」

ボスは情緒不安定に叫びながら、右手を大きな扉の方へ掲げる。


それが合図となったのか、扉が横にスライドする様に重たい金属音を立てながら開いていく。ゆっくりと、ゆっくりと、大きな扉が、スライドしていく。中は暗くてよく見えない。


しかし、嫌な予感がした。大きな何かがそこにいる気配があった。


ずしん、ずしんっと音を立てて、何かが近づいてくる。


近づいて来る度に底知れぬ不安を掻き立ててくる。


やがて、その大きな足音を立てた存在が薄っすらと見えてきた。


(ふざけんじゃねぇよ……)


少年は、顔を引き攣った。集まった人々が恐怖で凍り付いた。


ガアアアアア!!


現れたのは、大きな竜だった。人を丸呑みできるくらいのサイズだ。


「恐怖の鬼ごっこの開始だ!」

上から喜々と狂気が混ざった叫びが聞こえてくる。


ガアアアアア!!


竜が走り出し、集まった人々の元に突っ込んでくる。遅れて、人々はドアの方へ走り出した。少年は、衝撃のあまり足が動かず、立ち尽くしてしまう。


目の前にいた男性が動くことが出来ずに噛み千切られたのが目に入った。

 死がそこに迫っている。


(なんでだよ!)

 少年は心の中で叫ぶことしかできなかった。


 死の間際だからか、迫りくる竜が遅く感じる。脚は動かない。


どんどんとドアを叩く音が聞こえてくる。泣き叫ぶ声が聞こえてくる。


(ただムムルを探してただけなのに)

 心の中で愚痴が漏れる。


音が聞こえなくなってきた。目がかすんできた。


(俺が何をしたって言うんだよ)

 そう心で訴えた時、走馬灯のように過去の記憶が蘇って来た。


店の商品を盗んだこと。人を騙して、お金をかっぱらったこと。人の好意を踏みにじったこと。白い小さい竜のお金を盗んだこと……。

思い出すのは全てろくでもない自分の非行だった。


頭の中から幻聴が聞こえてくる。

(お前が悪い、お前が悪い、お前が悪い!)


 もう目と鼻の先まで竜が迫ってきていた。


 ここでようやく、自分が悪い事に気がついた。


(あ……そうだ……そうだった…………俺が悪いんだった……)


食べられる寸前でようやく自分の罪を理解した。もう遅かった。


目を瞑り、死を悟る。


静かで真っ暗で、何も感じなかった。





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