第19話 「彼女と少年の為にできる事」
セロンはカレンさんの店の前まで来た。
店の正面の扉が開かれている。中を覗いてみると、カレンさんは不在だった。店奥にある扉の向こうにいる気配もない。
昨日、カレンさんと一緒に店に帰ってきた時は、何重にもチェーンを巻いて、鍵を閉めていたのに、今は開かれたままで、店は放置されている。昨日と比べると、あまりにも不用心だと思った。
店の中に入ってみると、品物が少なくなっており、閑散としているのが分かった。棚に整然として並んでいた商品は、乱れて不揃いになっている。商品間は、隙間が多く、物寂しい。
そして、前回は独特の雰囲気を醸し出していた店の薄暗さも、今では悲壮感を演出しているように感じる。
【友情の証】はまだ、店の隅で、寂しく山積みになっていた。
しばらく、店の中を巡っていると、カレンさんが店の外から帰って来た。
彼女は店の中にいるセロンを見つけても無表情のままだった。
そして、セロンが挨拶をする前に彼女は口を開いた。
「何か欲しい物でもあるの?」
彼女が扉に手を掛けながら、静かな声でセロンに訊く。
「……【友情の証】、全て買いたい」
山積みになった【友情の証】を指して、落ち着いた声で答える。
「あんなゴミ、ただであげるよ。捨てる予定だったし」
冷たい目で、山を見ながら彼女は言う。
「いや、買うよ。お金は十分に持ってきたから」
そう言って、巾着から金貨五枚、取り出すと、カウンターの上に置いた。
「……そう。ならありがたくいただくわ」
カレンさんは、多量の【友情の証】を色褪せた布に包んでくれて、セロンに渡してくれた。セロンは、お礼を言って、その包みを受け取り、背負った。
セロンは受け取った時に、自分の胸にぶら下がっている川で拾った【友情の証】が目に入った。
「そういえば、この【友情の証】、カレンさんが川に落とした奴なんだけど……」
首から外して、カレンさんに渡そうとする。
「何? わざわざ、拾って来たの?」
彼女は、唖然した表情をした。セロンが差し出す【友情の証】を気乗りしない様子で受け取り、スカートの内側にしまった。
セロンは続けて、店で気になった事について訊いた。
「店にもっとあった品物って、何処に行っちゃったの?」
「もう要らなくなったから、安く引き取ってもらってるのよ」
「カレンさんのものなの?」
「いや、私の在庫じゃないわ」
彼女は首を振って、否定する。
彼女からは、まるで、もうこの街から姿をけすような哀愁が漂っている。
「カレンさんって店で寝泊まりしているの?」
僕は、まだまだ質問攻めをする。
「店では寝てないわ。住居区に家があるから」
彼女は素っ気ない顔だが、何の躊躇いもなく、僕の質問に答えてくれる。
「それじゃあ、一度だけ家にお邪魔してもいい?」
彼女に窺うように、上目遣いで訊いた。
「……いいけど、何も無くて殺風景だよ……」
彼女は少し動揺の色を見せた。が、それはすぐに消えた。
「今からでも行っていい?」
「今は、忙しいから、明日じゃだめ?」
「分かった、だとしたら……明日の朝、八時でもいい?」
明日はこの街を出る日だが、朝早く出る訳でもなく、少し時間がある……と聞いたはずなので、家にお邪魔するくらいはできると思う……。
「……いいわよ。なら、明日の七時四十五分に住居区の空き地に待ち合わせでいい?」
「いいよ」
「場所は分かる?」
「うん、通った事があるよ。子供の遊び場みたいな場所」
彼女は軽く頷いたので、言った場所で合っていると思った。
「じゃあ、また明日よろしくね」
そう、挨拶をして、店を出た。
「ありがとうございました」
と彼女が接客挨拶をするので、僕は振り返り、手を振って答えた。彼女の声は少し寂しそうだった。
店を出たセロンは、焚火通りを市場のある方へ歩いて行く。最後にしておきたい事があるからだ。
人が混雑している市場の中に入り、人探しをする。ここにいるだろうなと目星をつけているのである。案の定、探し人が店の物陰で気配を消しているのを容易く発見できた。
今回は、後ろからではなく、彼の目の前に現れるように近寄る事にした。
相変わらず、少年はセロンが近づいても気づかない。
獲物を狙う目をしている彼の視線を遮るように割り込む。彼は、敵を見るように顔をゆがめてきた。
「じゃまだ! 避けろよ」
少年が唸るように威嚇してくる。それでも、彼の前に立ちふさがり、微動だにしない。
彼は舌打ちをして、すり抜けるように逃げようとする。セロンは、逃げようとする彼の手をガッシリと掴んだ。
「放せ! 害獣! うざいんだよ」
彼は、手足をじたばたさせて暴れる。しかし、一切セロンは手を緩めなかった。
「痛い、痛いから、放してくれ」
少し力を強く入れすぎてしまったのか、彼は顔をしかめて降参する。しかしまだ緩めない。
「逃げたりしない?」
子供に躾けるような口調で訊いた。
「うん、逃げないから手を放してくれ」
彼の動きが止まったので、手をゆっくり放してあげた。
彼は眉間にシワを寄せて、文句を言い放つ。
「お前は正義の味方のつもりか? 俺を捕まえて満足か?」
彼は、片足を一定リズムで揺らし、地面を踏み込むことで、不満を露にしている。
「最後の忠告に来たんだよ」
真剣な目で少年の顔を見た。
「最後の忠告?」
「【ユートピア】には行かない方がいいよ。殺されちゃうから」
神妙な面持ちで少年に助言する。
「はぁ? そんなこと言うために、来たのかよ。俺の妹がもう既に行ってるっていうのに。余計なお世話だ!」
彼は反発し、その場から立ち去ろうとする。
「君の妹は僕が探してあげるから……」
セロンは、彼の手を掴もうとする。
「放っておけよ」
彼は、セロンの手を払う。その時、チャリンとセロンが持つ巾着の中のお金が音を立てる。彼はその音に反応し、踏み出していた足を止めた。そして、セロンの方を振り向くように見てくる。
「お前、お金持ってるなら、よこせよ。俺を助けたいならお金渡せばいいだろ」
彼はチラチラとお金入りの巾着に、目線を向け、渇望を示す。
「あげられないよ。あげたら【ユートピア】に行って殺されちゃうでしょ」
セロンは手で巾着を覆うように隠して、彼に訴える。
彼は、何か辺りを探すように目を走らせた。
(何探してるんだろう?)
とセロンは、首を傾げて不思議に思った。
「アッ、空に竜が飛んでる!」
彼は、空の方を指さして、声を張り上げる。その場にいた、人々も釣られるように訝しげな声をあげながら、上を見上げた。僕も釣られて空を見る。
しかし、竜は空に見当たらなかった。
同時に、巾着に何か触れて引っ張られる感触があり、視線を前に戻した。
彼が、人の隙間を行くように低空姿勢で疾走していた。
地面に、金貨や銀貨、銅貨が彼の後を追うように転がっている。持っている巾着の口が少し開きかかっていた。
セロンのお金を盗んで逃走したのである。
セロンは地面に落ちたお金を拾い上げて、哀しい気持ちで呟いた。
「結局、最後まで僕の言う事、信じてくれないんだね……」
セロンにとっては、お金が盗まれた事よりも、自分を信じてくれなかった事の方が切なかったのである。
あっくんが、話を聞かない奴を救う手立てはないと言っていたのを思い出す。
(確かにこのままだとその通りになるよ……)
心で嘆くように呟いた。
セロンが少年の為にできる事はあと一つしかない。それは、他の騙された者達も一緒に救えることだが、うまくいくかどうか自信はなかった。
セロンは不安に思いながら、とぼとぼと街中を進んで行った。




