第16話 「川に落ちていた黒い謎の服飾品」
セロンは、カレンさんについて行くように、役所の前まで来る。相変わらず、この街では存在感がある建物である。
彼女は「少しここで待つよ」と言うので、前の広く空いた空間の端に一緒に佇んでいた。
少しすると、この街では、浮いてしまうような、重厚な鎧と、それに似つかない小さなダガーを腰に収めている、体格のいい男性がやって来た。
その男は、チラッとこちらを確認した後、前方を横切り、役所内に入って行った。
精悍な顔つきで、目には険しさが滲んでいた。
「今、入って行ったのは【治安維持部隊】、この街を統治している部隊だね」
「へ~、凄く強そうだったよ」
「この街の誰が戦ったとしても、足元にも及ばないね」
「そんなに、強いんだ」
「なのに、この街の事なんてほったらかし状態、おかげで、無法地帯になってる」
「……統治してるんじゃないの?」
セロンはカレンさんの顔色を窺う為に見上げる。彼女は、頼り無さそうな目で役所を見つめていた。
「あの偉い人達は、一カ月くらいに一度、役所を訪れ、帰って行くだけ。それ以外は何もしない。何にも手をつけない」
「貧民区に、生活が大変そうな人が沢山いるのに?」
彼女の顔を窺うように見ながら訊いた。
「そう、ただ、最近になって、かなり街を訪れる頻度が増えてる。今ではほぼ毎日、誰かしら、部隊の者が来てる。やっと、街を変える気になったのかな?」
彼女は腕を組んで、不満ありげな目で、役所の方をずっと見ていた。
「へ~、そうなんだ」
【ユートピア】と何か関係があるのかと、疑問に思ったが、今は黙っておくことにした。
彼女は、また、僕についてくるように言って、歩き出し、焚火通りまで戻って来た。
焚火の囲い近くで止まり、周りを見回している。
何を探しているのだろうか? 僕も一緒になって首を振って見た。
「そっか、もういないんだった」
「誰が?」
誰を探していたのかわからないが、彼女は、一言呟くと、自身の店のある方へ歩き出した。
僕も、離れないように後をついて行く。
全然【ユートピア 】については教えてくれない。今の所、重装兵の偉い人を見て、焚火の前で人探ししただけだ。
カレンさんの店まで戻ってきた。
彼女は、鍵を取り出し、店の正面のドアの施錠を外す。鍵で開けるタイプで、ドアと壁に巻きつけるようにチェーンがついていた。
今見ると、この焚火通りは、昼間でも街の兵士が見まわっているのが分かった。
貧民区の人達が悪事を働かないように常に目を光らせているようだ。
彼女は鍵を開け、巻き付いたチェーンをクルクルと外していく。なかなかに大変なものだ。
誰かが、彼女の元へ歩いて来た。
穴の開いた服にズボン、死んだ魚の目、錆びつきこそげ落ちた丸いブローチを胸にしている、殆ど肉がついていないやせ細った男性である。
「この店に来れば、【ユートピア】に行けるって聞いたんですけど?」
「もう期間外なはずだけど……それに……そうね、まあいいわ、入って」
カレンさんは少し考えた様子だったが、許可を出したようだ。
彼女は僕の方を向くと、「そこで待っていて」と言って、男性を連れて、店の中に入って行った。
そのまま、店のカウンターの奥の扉の方へ入って行き、僕はただ一人、店の外で居残りに……。
(【ユートピア】について教えてくれるんじゃあ……)
取りあえず、中でどんな話をしているのか、聞き耳を立てる事にした。
店の奥の扉の方に意識を集中する。
「ここに手を乗せてくれる」
チャポン
「……」
「貴方は……赤ですね。この【赤い紐】を手首に巻いてください。それと、ここでの出来事は口外禁止でお願いしますね。でないと【ユートピア】に行けなくなってしまうので」
「はい」
「【ユートピア】への案内なんですけど……今日はもう無理なので、明日の八時に焚火辺りに来てください。そこに案内役が来ると思うので」
「わかりました」
「最後に、何かしら身に着けているもので、いらない物はないですか?なんでもいいですよ」
「それなら、これを……」
「ありがとうございます。これで終わりです。お疲れ様でした」
声が聞こえなくなった。
男性が奥のドアから出て来て、そのまま店の外に出てくる。
彼は、【赤い紐】を右手首に巻いていて、胸元にあったブローチが無くなっていた。
表情は、魂が抜けたようである。店の中でのやり取りが気になったので、尋ねてみる事にした。口外無用と言っていたのでダメ元である。
「店の奥で何をしていたの?」
「言わない」
「どうして?」
「うるさい、聞くな」
彼は、貧民区の方へ足を動かして、その場を去ろうとしている。やっぱり教えてくれないかと想定内だったが、もう一つ踏み込んで訊いてみる。
「それじゃあ、ブローチはどうしたの? 渡したの?」
男性がぴくっと反応する様に足を止めた。
「捨ててきた」
そう答えると、おぼつかない足取りで去って行った。
(捨てて来た? あげたじゃなくて?)
立ち去って行くその姿は、まるで死地にでも行くような気力のない雰囲気である。
とても【ユートピア】と言われる楽園に行くような姿ではない。
店の奥からカレンさんが出て来て、僕の元まで、何か言いたげに近づいて来る。
「【ユートピア】の実態を知りたいんでしょ。明日の八時に焚火辺りに行ってみれば? そこに案内役が来るだろうから……後はわかるでしょ?」
そう情報を教えてくれると、そのまま川の方へ歩いて行った。
彼女の気配は明らかに変わっている。初対面の時の丁寧さも、親しく談笑した時の明るさも、見る影がなかった。
それに、【ユートピア】についての明言は何一つなかった。
一体彼女の何がそう行動させるのだろうか。彼女の本心が分からなかった。
そして、突然の別れ。あまりにもあっさりしている。何か急用があるのかと不思議に思ったので、彼女の後をつける事にした。
彼女に見つからないように後をつけていると、街の中央にある大きな木橋の中間くらいで、欄干に肘を乗せて、川の流れる先を眺めていた。
僕はその様子を川沿いの建物の隅から覗いていた。
彼女は、首に掛けていた【友情の証】を突然外して、紐部分を指にかけて持った。
手を橋の前に出して、【友情の証】をブランブランと左右に無気力に揺らしていた。少しでも注意を怠ったら落ちそうである。
思ったそばから、やはり、彼女は手をすべらした。
「あっ」
「あっ」
手に持っていた【友情の証】が川に落ちて、流れて行った。
しかし、彼女は慌てる様子もなく、他人事のように無関心にそれを見ているだけだった。
「はぁ、どうして、タンスに保管なんかしちゃったのかな~……」
彼女は心から悔やむように、そう、独り言を呟いた。何かに思い耽っているのだろうか?
僕は、居ても立っても居られず、彼女の元に行った。
「【友情の証】拾って来なくていいの?」
彼女に気にかけるように訊いた。
彼女は横目で僕を見るだけで、僕が現れた事に対して、特に驚く素振りは見せなかった。
「拾わない。どうせ、いっぱいあるんだし」
「そんな……」
僕は眉を顰め、自分が身に着けている【友情の証】を触りながら、カレンさんを見る。
「それで? まだ何か私に用事があるの?」
彼女は、感情がこもっていない問いかけをしてきた。
「いや、特にないけど……」
「それじゃあ、私は、もう店に戻るから」
そう言うと、すたすたと後ろに手を組みながら去って行った。
(やっぱり冷たい)
僕はカレンさんを見送った後、川の先の方に目を向けて、【友情の証】の行方を捜した。しかし、見える範囲には、見当たらなかった。
(うーん、やっぱり取ってこようかな)
まだ、そんなに遠くには流れていないと考え、もったいなくも感じたので取りに行く事に決めた。
木橋の端にある階段を降り、川を凝視しながら、水の流れる方へ歩いて行く。川の途中には、【友情の証】は浮いていなかった。
街の端の塀まで行くと、塀の下に木のグレーチングがついており、そこを通るように川が流れていた。
その辺りの川中を凝視してみると、【友情の証】の影が見えた。
(あった、たぶんあれだ)
影を見つけるや否や、巾着を置き、自分が持つ【友情の証】も置いて、川に飛び込んだ。
ジャボンッ
躊躇いもない動作である。
理由は、山にいた頃も川を泳いで遊んでいたことがあるからだ。泳ぐのは慣れているのである。それに水の冷たさにも耐性があった。
尻尾と手を上手く使い、水の中を進んでいく。
幸運なことに、カレンさんが落とした【友情の証】がグレーチングのささくれに引っかかって流されずに止まっていた。
他にも小さなゴミがいくつか、柵に引っかかっていた。僕は、【友情の証】の紐部分を手で掴み、川から出ようとする。
その時、同じような形状の黒い物体が同じように引っかかっているのを目撃する。
ついでにという事で、その黒い物体も掴み、川岸へ上がった。
体毛がびしょびしょに濡れて、体にまとわりつく。
しかし、それも一瞬の事、数分もしないうちに、水分が跳ね落ちてすっかり乾く。
白竜の体毛は乾くのも早いのである。
僕は、岸に置いておいた所持品を身に着け、拾った【友情の証】をまじまじと確認する。
一つは、カレンさんが落としたものだと分かるが、もう一つは、何なのだろうか?
非常に形状が【友情の証】に似ているが、黒く汚れ、へたっていて、模様がよくわからない。
同じような形状と大きさから、カレンさんがかなり前にもう一つ落としたのではないだろうかと思った。
もしくは、度々、【友情の証】を川に落として流している可能性だってある。
理由は分からないが、彼女は【友情の証】に対した思い入れはないみたいである。
後で、訊いてみようと思い、その二つを首に下げ、持って歩く事にした。




