第15話 「友達を失くした過去」
この日の僕は、ジェットコースターのような気分の浮き沈みを経験した。
翌日、目が覚めても僕の心はまだ沈んだままだった。
あっくんはテーブルに訳の分からない機器を広げ、せわしなく手を動かしていた。僕は、その姿を横目に見ながら、今日も外出をすることにした。
僕は、まだ心の整理がつかず、悩みを抱えながら街の中を歩いた。
特に、何処に行こうかと決めてもいなかったので、ふらふらと道に沿って歩いていた。
意識せず橋を渡り、意識せず通りを歩く、すると座るのに丁度いい石囲いの池があったので、そこの石の上にちょこんと座った。
思い詰めたようにこげ茶色の地面を見る。
(どうしよう。どうすればいいんだろう)
(一緒に旅したいな。けど、友達は絶対に死なせたくないよ……)
「死なせたくない……」
心の奥の悲しみを吐き出すように独り言を言った。
誰かが、僕の方に近づいて来るのが足音で分かった。今は、顔を上げるほどの気力はなかった。
「どうしたの?」
その声につられて、やっと顔を持ち上げると、カレンさんが前かがみになって、気がかりそうな顔をしていた。
「亡くなった友達の事を思い出したんだ」
元気のない声で答えた後、再び視線を下に落とした。
「よかったら、私に話してもらえる?」
彼女は、横に並ぶように座り、覗き込んで訊いてきた。僕は、その問いかけに促されるように、ゆっくりと口を開いた。
***
僕は十四歳の頃、当然ながら、山にある家でずっと過ごしていた。
山では家族以外には誰かと接する機会はなく、基本、本を読むことで充実した時間を過ごしていた。
特に何か、不満がある訳でもなく、あたりまえのような日常だった。
そんなある日の事、一人の小さな妖精のような種族が僕の目の前に現れた。
彼の名前は、ミリアで、オスの【フィルターリ族】である。
姿は、カワウソのような細い身体で、小さな耳と、腕の下から伸びる透明な皮膜、尻尾の先から伸びる四つ割れの皮膜が特徴の種族である。小動物のような見た目だが、一応二足歩行の人類種に分類される。僕より頭一つ分程、背が高い。つぶらな瞳で、可愛らしい姿だが、もう大人である。
兄のプヨルが、山の中腹、森林の川沿いで倒れているのを発見し、保護して、家まで連れて来たのだ。
僕は、そんな初めてのお客さんに、胸を躍らせ、緊張しながら、交流を深めようとした。
ミリアは、穏やかな性格で、初々しい対応をする僕でも、寛大に受け入れてくれた。
やっと、初対面の緊張が落ち着いてきた頃に、僕とミリアは講義室で会話を弾ませた。
講義室とは、僕がプヨルにいつも教えてもらっている青空教室の事である。
「ミリアは、遠い西の方から来たの?」
「……うん、そうだよ」
ミリアは力なく答える。
「どうして、こんな山奥で倒れていたの?」
様子を伺うように訊いた。
「……故郷が怪物に滅茶苦茶にされて、逃げ出して来たんだ」
ミリアは、重苦しい表情をしている。僕もその言葉に唖然とした表情をした。
「その時に、散り散りになって逃げちゃったから、皆の行方が分からなくなっちゃって……それで、僕は仲間を探すために大陸各地に行ったんだけど……誰一人として見つけられず、途方に暮れて……」
ミリアの声がどんどん小さく消えるようになっていった。
「大丈夫?」
僕は、心配するように訊いた。
「うん、大丈夫だよ。それで……この山には居るかもしれないって希望を持ちながら、入ったんだけど……結局、見当たらず……魔獣にも襲われて……命からがら逃げたんだけど……意識を失っちゃって……死んだと思ったよ……けど、プヨルさんが見つけてくれて……何とか助かったよ……」
ミリアは最後まで心細げに、弱弱しく重たい口調だった。
ミリアの故郷は、人里離れた秘境の樹海の中にあって、大きな滝が流れる泉だそうだ。
そこでは【フィルターリ族】がのどかに暮らしていたが、ある時、怪物に襲われて里が壊滅したらしい。
「そんな辛いことが……なんかごめんね……」
セロンは気まずそうな表情をする。
「いや、いいよ。全然気を遣わなくたって……セロンはいつも何してるの?」
ミリアはセロンに向かって両手を前に出す仕草で配慮し、表情を明るくして話題を変えた。
「僕は毎日、人とうまく話せるように勉強してるよ」
気を取り直して、表情を柔らかく答える。
「どうして?」
「僕は、竜が世界を平和にするような物語を人に書いてもらいたいの。それと、外の世界の地理も勉強してるよ。色々な街や名所を回って、人々と仲良くなりたいから」
目を輝かせながら、弾むように語った。
「セロンは、努力家だね。僕なんて、街とか怖くて入れないよ」
ミリアは、素直に尊敬の念で答えた。
それから、ミリアはしばらく白竜の家に留まって、体を休めた。
僕は、様々なジャンルの本を開いて日々、勉強をしていた。
ミリアは、その様子を感心した目でいつも見守ってくれていた。
ミリアに、会話の練習を手伝ってもらったりもしていた。
僕がお客役で、ミリアは店の店主役である。
「いらっしゃいませ」
「その栗、一つください」
セロンは木製の台に置かれた栗を指して言う。
「銀貨五枚です」
「もう少し安くしてもらえませんか?」
セロンは値切るように、手を合わせて訊いた。
「それじゃあ、五個で銀貨二十枚はどうですか?」
ミリアは、愛想よく振る舞いながら条件を提示した。
「やった、それでお願いします」
他愛もない、買い物の模擬演習である。
一週間が経った頃、ミリアの様子に変化があった。
考え込んでいるような表情と仕草を度々見せるのである。
「何か悩み事でもあるの?」
書斎の中、本を選んでいたセロンは、隣にいたミリアに訊いた。
ミリアは静かに口を開いた。
「……僕も、奮起して頑張らないとなって思って……」
「何を頑張りたいの?」
「中断して、諦めかけていた同族の仲間探しを再開しようかなって思うんだ」
その言葉を訊いた僕は行かないで欲しいという、良くない感情を抱いた。
「どうして?」
気が進まない気持ちで訊く。
「セロンが自分の夢の為に頑張ってるのを横目で見て、感化されたの」
「そうなんだ……」
「うん、僕も自分のやらなきゃいけない事を頑張りたい。勇気づけてくれてありがとうセロン」
微笑みながら、ミリアは答えた。
僕は、寂しかった。けど、僕のわがままで引き留める訳にはいかないので応援することにした。
「きっと見つかるよ。僕が応援するから」
「うん!」
ミリアは嬉しそうに答える。
お別れの時が来た。
プヨルと僕は、ミリアを見送るために、敷地の石橋まで来た。
ミリアは森を背にこちらを向いて、頭を下げて挨拶をする。
「何から何までお世話になりました」
「山の麓まで見送らなくても大丈夫かい?」
プヨルは、気配りを向けた質問をする。
「自分一人で降りれるくらいじゃないと、仲間も見つけることはできないと思うので」
ミリアは、温かみのある笑みで断った。
「セロン、僕、今度は勇気を持って、街の中にも入ってみようと思うんだ」
彼は僕の方を向いて、希望を抱くような表情で告白した。
「厄介事に巻き込まれたりしない?」
僕は浮かない表情で訊く。
「厄介事があっても対処できるくらい強い気持ちで頑張らないと」
ミリアは張り切った表情をしている。
「……そうだよね。仲間が街の中に居るかもしれないもんね……ミリアならきっと見つけられるよ」
彼の気持ちを踏みにじる気は無かったので、背中を押すように言った。
「それじゃあね。また仲間が見つかったら遊びに来るよ」
「うん、絶対来てね」
僕とプヨルは手を振って、彼が森の中に消えていくのを、しんみりと見送った。
突然の悲報だった。プヨルが動揺した目で、僕に知らせに来た。
プヨルは僕の前でこう言った。
「ミリアが死んじゃった……」
僕は、あまりの衝撃に、読んでいた本を床に落として、固まった。
発覚したのは、次の日の事だった。一日経った後、プヨルはミリアが無事、山を降りれたのか確認しに行った。
隣接する山の麓の方まで探しに行ったところ、ミリアが引き裂かれて無残な状態になってるのを発見したらしい。恐らく、森にすむ竜の仕業だとプヨルは言った。
初めて交流した存在、初めて仲良くなれた存在、そんなミリアを失ってしまったのである。
プヨルにミリアが山を抜けるまで送ってもらえばよかった。そんな後悔をした。
プヨルは、亡骸を家まで持ってきたが、僕は確認することはなかった。
僕は部屋に閉じこもり、毛布に包まり、塞ぎこんでしばらく黙っていた。
プヨルは、閉じこもる僕の為に、食事を持ってきて置いてくれた。
僕に対して、深く追求せずに、そっとしておいてくれた。
プヨルは、ミリアのお墓を作ってくれたらしい。僕は一度も行ってない。
数日経った頃、僕は起き上がり、また机に向かった。
プヨルがドアをノックし、食事を届けに来た。
「セロン?」
兄は心配するような表情で僕を見る。
「……お兄ちゃん、竜って凶暴で酷い種族なのかな……」
ぽつりと呟くように、木の机の天板を見つめながら訊いた。
「それは……そんなことはないよ……縄張りを意識する竜もいて、たまたま……」
プヨルはたどたどしく答える。
「それじゃあ、何で本に出てくる竜は皆、悪者なの?」
目に涙を浮かべながらプヨルに言った。
「どうして僕たちはこんな山奥に住んでるの?」
大粒の涙を流しながら、訊いた。
「どうして……ミリアは死ななくちゃいけなかったの……」
泣きじゃくって、訴えるようにプヨルにしがみついた。
プヨルは、何も言う事が出来ず、ただただやるせない気持ちになっていた。
ミリアとは短い間、一緒に過ごしただけだった。それでも、セロンにとっては大切な最初の友達だった。
かけがえのない大好きな友達だった。
*
カレンさんは、僕の話を真剣な眼差しで、親身になって聞いてくれていた。
僕は、過去の辛い話を彼女に打ち明ける事で、気持ちが少し軽くなった。
もうその話は過去の事で、今は立ち直れない程に、落ち込んでいる訳ではない。今、悩んで恐れているのは、同じことが起こらないかという事。
だから、重たい雰囲気にならないように、顔を上げて、笑顔を作ろうとした。
しかしその前に、彼女が突然訊いてきた。
「君は、復讐したいと思う?」
揺るぎない瞳で貫くような感じだった。
僕の意志を見定めるような鋭く強い視線である。
気圧されて、顔をそらしたが、言葉では誠意を示すように本心で答えた。
「復讐はしないよ」
首をゆっくりと横に振る。
「ミリアだって復讐を望むような人じゃないよ。だから僕は、どうにか同じ悲劇を繰り返さないように頑張らないと、って誓う事にしたんだよ」
揺るぎない意志を持って伝えた。
少しの沈黙があった。
ふと、彼女の顔を見ると、先をじっと見つめた虚ろな瞳になっていた。
「どうしたの?」
心配になって、訊いた。
「君は、復讐で無実の人を殺したりする事をどう思う?」
意図が読めない質問だった。けど、それが何気ない質問ではないのが、彼女の表情でわかった。
「それは、だめだよ。良くないよ……」
常識的で至極当たりまえの回答をした。
「そうだよね」
彼女は、目線を下に向けて、寂しさが入り混じった短い返事をした。
彼女はゆっくりと立ち上がり、一歩二歩と歩き、前を向きながら、言葉を発した。
「旅に一緒に行くって言ったの……なかったことにしてくれる?」
「へっ?」
僕は呆気にとられた。自分がどうしようか悩んでいた旅の話を、彼女が突然、答えてきたのである。
一体、どういう心境の変化があったのだろうか。戸惑いはあったものの、悩んでいた僕はただその発言を受け入れるしかなかった。
彼女は僕の方を振り向いて口を開いた。
「それとさ、私に少し付き合ってくれない。【ユートピア】について教えてあげる」
そう伝えると、役所のある方へ歩いて行った。
僕は、内心困惑しながらも言われるがままに、ついて行く事にした。




