第14章 「初めての人の友達」
僕は少年を追うのを止めて、焚火通りに戻って来た。
取りあえず、彼は僕の話を一切聞いてくれないので、【ユートピア】と言われている場所の謎について探る事にした。その為に、もう一度、カレンさんの店に行って、訊くのが早いと思った。
カレンさんの店の近くまで行くと、前からカレンさんが歩いてくるのが見えた。何も持たず、スカートを揺らし、こちらに向かって歩いている。
「カレンさん、先程はどうも。店はどうしたんですか?」
「こんにちは、セロン君。店は、今の期間の中、閉めておくんです」
彼女は、おっとりとした表情で説明した。
「そうなんだ……それじゃあ、これから何か用事があるの?」
(つい先ほどは開いていたのに、今は閉めるのは、かなり急すぎないかな)
他の店はまだ開いているのに、彼女は店を閉めるという事に引っかかり、訊いてみた。
「……特に大した用事はないですね」
彼女は少しの目をそらし、考える素振りをした後に答えた。
「それじゃあ、少し【ユートピア】について訊いてもいい?」
彼女の瞳が少し動いた気がする。
「今は店を閉めているから、教えられないですね」
彼女の声が少し弱く低くなった。
「そうなの? それなら、また後で聞きに来るね」
他に、【ユートピア】について訊ける人を探す為に、その場から立ち去ろうとする。
「あなたはどうしてこの街に来たの? 旅で来たんじゃないの?」
彼女が、引き留めるように訊いてくる。表情には、戸惑いの色が伺える。
「そうだよ。旅で来たんだよ。」
彼女の方に向きなおして答える。
「だとしたら、なんで【ユートピア】の事を知ろうとするの?」
「カレンさんの店に来た少年が、妹を探しても見つからないって困っていたから」
「旅には関係なくない?」
彼女は異議を唱えるように疑問をぶつけて来た。
「旅をする中で、困っている人を助けていくのが僕の目的なの。そうすれば、優しい竜だって知ってもらえるでしょ」
毅然とした態度で、穏やかな微笑み交じりに答えた。
「……そう……少し私とお話ししない?」
突然、彼女からお誘いをしてきた。そんな話の流れじゃなかったので、驚きを隠せなかった。けど、そんな嬉しい誘いをされたら、断るわけがない。
「いいよ、話そう!」
思いもよらない提案に、心躍らせた。
街の外の川の畔に来た。少し街から出た所で、塀の中から外に流れが続いている川の少し歩いた先である。
街の近くであるというのに人が誰もいない。のどかな場所で、自然が広がっている。それなのに誰もいないのは、街の外は中よりも危険で生活できる場所はないという事なのだろうか。
僕とカレンさんは、川に向かうように、斜めになった堀の上に座った。
「えっ、カレンさんも旅に興味があるの?」
彼女との談笑で、趣味の話になり、同じ趣向を持っていることに驚いた。
「うん、そうなんだ。私もずっと旅をしたいって思っていたんだ。水恵の都とか、労働の街とか一度は行って見たいなって」
彼女は、子供に戻ったみたいに無邪気な口調で語った。
「知ってるの?」
興味津々で、訊く。
「少しだけ、聞いた事があっただけだよ。水恵の都はね、海に面した街で、水も綺麗で電気も使えて、生活にも困らないらしいの」
「うんうん、僕も本で読んだことがあるよ」
話を聞きながら、相槌を打つように返した。
「それじゃあ、労働の街の事は知ってる? ここよりもずっと発展していて、色々な店や物があるらしいの」
「大きな建物がいっぱいあるらしいよ。本の絵に乗ってたのは別世界みたいな場所だったよ」
合わせるように、本で読んだ知識をひけらかす。
「物知りだね。私なんか、海も見たことないし……いつか行ってみたいな」
彼女は、目を輝かせるように川を眺めながらそう言った。
「僕も行ったことがないから、行きたいよ」
同調するように口元を綻ばせて答えた。
和やかな雰囲気が二人を包み込んだ。気づいたら、空は橙色に染まっていた。
「久々に楽しかったよ」
彼女は、はじけた笑顔で気持ちを伝える。すっかり、打ち解けてくれたみたいだ。
「僕も、意気投合する話が出来て嬉しいよ」
まさか、彼女が旅に興味があるとは思っておらず、満足した表情で上機嫌で答える。
「僕達って友達同士かな?」
「うん、そうだね」
彼女は笑みを浮かべて肯定する。
「やった、初めてのカルレン族の友達だよ。嬉しい」
満面の笑みで彼女に気持ちを伝える。
「ねぇ、もしよかったら一緒に旅しようよ」
思い切って彼女を旅に誘った。彼女は面食らったように驚きの表情をする。
「そうね・・・うん、いいよ。一緒に旅しよう」
彼女は、少し悩んだみたいだが、了承してくれた。
「やったー。最高の気分だよ。そうと決まったら、今日は帰って、一緒に来てる人に伝えるよ」
僕は立ち上がり、彼女の方を向いて、舞い上がるように言った。
「君一人で来てる訳じゃないんだね」
彼女も立ち上がり、落ち着いた声音で訊く。
「うん、案内してくれる人がいるんだ」
「へ~」
彼女は、特に何か反応するわけでもなく、聞き流すように関心を寄せた。
「それじゃあ、また明日」
そう別れを告げると尻尾を躍らせて、街の方に向かった。あっくんにカレンさんが旅のお供となったと伝えるのが楽しみである。しかし、別れる時に彼女が何か思いつめたような表情をしていたのは気のせいだろうか。
住居区にある拠点まで戻ってきた。しかし、あっくんは不在で、ドアは施錠されていた。
五桁のダイヤル式の鍵がドアと壁の穴に通してつけられていた。
(今でかけているのかな?)
拠点の前の道の方を見ると、丁度あっくんが帰って来ているのが見えた。
彼は僕が拠点の二階の入口にいるのに気づく。
「どうした、鍵の番号は教えておいただろ?」
彼は、階段を上り、傍までくると冷静に聞いてきた。
「僕も今帰って来たの」
「そうか」
「それでね。一緒に旅に行きたい人ができたの」
直球で彼に要件を話した。早く伝えたい気持ちが強いのである。
「……どういう奴だ?」
彼は少し目を細めたが、さほど表情を変えずに訊いてきた。
「カレンって名前で、カルレン族の女性の店員さんなんだけど」
「能力は? 魔法は使えるのか?」
彼は真剣な眼差しで、厳しく訊いてくる。
「一般の人だよ。魔法は……使えないと思う……」
「……別に構わないが、身の保証はできないからな」
「どうして?」
ただ一緒に行くだけなら、特に問題はないはずだと思い、訊き返す。
「この旅は、危険が伴うっていう事だ。観光しに行くわけじゃないからな」
彼は鍵の施錠を外す為に、ダイヤルを回しながら、淡々と答える。
観光に行く訳ではないのは分かっているが、危険が伴うと言うのはどういうことなのか。
(〈観光ブック〉を見た限りでは、そんなに物騒な場所なんてないはずなのに……たぶん)
本でのこの街の紹介と、実際に来て味わった内情との違いは、認識しているので、確証は持てなくなった。
「友達なんだよ」
情で訴えるように彼に言った。
「友達が死ぬ可能性があってもいいなら、俺は全然構わないって事さ」
「……そんなの嫌だよ」
勢いを削がれるように、目線を落とし、弱弱しく返した。
「それじゃあ、やめておけ」
彼はそういうと鍵を開けて、部屋の中へ入って行った。彼の態度は、諭したりするわけでもなく、賛同するわけでもない。僕に決定を委ねるようにするだけで、何処か冷めた感じである。
僕は友達が死ぬ可能性があるという事を助言され、山にいる時に起きた哀しい記憶を思い出した。




