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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第1章2節 ただ一人生き残った難民

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第13話 「自業自得は本人にはなかなか自覚できない」

少年は気まぐれ市場の中を逃げるように走る。


(何なんだよ、あいつは!)

白い小さい竜に付け回されて、イライラが止まらない。


息を切らし、気まぐれ市場を外れた脇道で足を止めた。

膝に手を当て、下を向く。意識が朦朧としてくる。それもそのはず、今日はまだ、たいして腹ごしらえもしてないのに、ずっと走り回っている。


目が眩む中、ストレスをため続けていると頭の中から不気味な声が聞こえてくる。


『お前が悪い……お前が悪い……お前が悪い』


「うるさい!」

 その気味の悪い声をかき消すように叫んだ。


汗をかき虚ろな表情で俯く。


(俺は悪くない)

心の内側にある得体のしれない何かに怯えていた。


「君が【ユートピア】に行きたい少年だね」

突然、落ち着いた声が横から聞こえてきた。


少年は、発声源を睨みつけるように振り向いた。


目線の先には、黒いボタンがついた灰色の衣服を纏い、落ち葉色のハットをかぶっている大人の男性がいた。彼は、さりげない笑顔で、寄って来る。


「おまえは?」

「私は、【ユートピア】へ導く者です」

「何故俺の目的が分かった?」

「【赤い紐】をしているからです」

 男は、少年の右腕の【赤い紐】を指さしながら答えた。


「事前に聞いてると思いますが、【赤い紐】は、お金を払ってもらわなければ……」 

男は、ざっくばらんに話を進めてくる。"


「分かってる。どのくらいだ?」

 男が話し終わる前に訊いた。


「金貨百枚分です」

少年は表情を曇らせる。


(そんな大金を用意しろっていうのかよ)

 心の中で不満を留める。


「三日後に出発するのでそれまでに用意してください」

「・・・・分かった。用意する」

苦虫を潰したような表情で承諾をした。


「それでは、何処で払えばいいか、わからないと思うので私が案内します」

「お前に払うんじゃないのか?」

「私でもいいですが、常に同じ場所に居る訳ではないので」

 男は口元を綻ばせて、きまぐれ市場を横切るように歩き出した。

 

少年は男性の後をついて行った。


途中、中央の大きな橋を渡り、上位地区に入った。市場を離れるように川沿いを歩いて行く。周りの店の者や、行きかう者の視線が突き刺さる。当然好意的な目ではない。


街の端側、壁際の住居区まで来た。川を挟んで貧民区の隣に位置する場所である。


さらに貧民街から離れるように塀に沿って歩いて行くと、男が一つの住居の前で立ち止まった。


目の前になんの変哲もない家がある。とは言ってもそれは上位地区の中では、という話だ。街の中では大きい方の建物であり、しっかりとした金属のドアが正面に配置されている。


男は扉をコンコンと叩いた。ドアの覗き口から、中の者が覗いてくる。


ドアがゆっくり、中途半端に開かれた。男はドアを開けて、中に入るように手で促した。


ドアを潜るとさらに中に建物があった。

(なんだよ、この建物は)

建物の中に納まるように一回り小さい家が建っているのである。


男は、その小さな家の扉を押し開けた。


男はドアを開けるタイミングで中の者に向けて言った。

「お客様をお連れしました」


男性に続いて中に入ると、広々とした空間が広がっていた。

木で造られた長椅子と丸いテーブルが置かれ、壁には花の装飾品が掛けられている。床には、厚めの皮の絨毯が敷かれている。天井と壁には明りがあり、全体を照らしている。


俺からしたら、贅沢品だらけだった。


五人のしたたかそうな大人がそれぞれの立ち位置で、様々な態勢を取って、こちらの様子をチラチラと見ている。


その中でも、中央の動物の皮のような生地でできた椅子に座っている男は、堂々とした振る舞いである。細長い顔で、横に咲くように広がる髪型。見たことのない高価そうな服を纏っていた。

こいつがボスだと直感で分かった。


「期限までにお金を支払えますか?」

悪そうな人相のわりには声は高く、言葉遣いが丁寧だった。


「払わなくてもいいのか?」

 ふてぶてしく目の前の男に聞く。


「どうしてもお金がないというのであれば、期限までにここに来てください。色々とお金ではない方法を話し合いましょう」

 前の男は、安心させるような口調で淀みなく話す。


(間に合わなければ、お金はいらないという事か? それとも、他で代用させるという意味か?) 

前の男には、飾らない笑顔が貼りついていて、目論見を読み取れない。


「ちゃんと【ユートピア】に連れて行ってくれるんだろうな?」

さっきの内容を聞く気にはなれなかったので、根本的な疑問を訊いた。


「ええ、もちろんでございます」

前の男性は、満面の笑みを浮かべる。顔が割れるほどの笑みで俺は思わず身震いした。



その後、特に何かやり取りがある訳でもなく、建物を出た。


早速、足りない分の金を調達しなければならない。


直ぐに気まぐれ市場の方へ走って行った。


気まぐれ市場の端、門のあたりまで来た。

街には外に出るための3つの門があり、そのうちの一つの門のあたりである。


本日、盗みを失敗した店は警戒されるから、なかなか手を出しにくい。

だが幸いなことに、気まぐれ市場には、把握仕切れない程の露店が出ている。俺の存在なんて、そよ風だとしか思っていないような店主がわんさかいる。好都合だ。


少年は一つの食べ物屋に狙いを定め、忍び寄る事にした。


そろりそろりと気配を消して店に近づく。


しかし、不意に市場を歩く兵士が目に入り、その足が止まる。


(どうして昼間に兵士がここにいるんだよ。俺が盗みをしているのを知られて、上に報告されたか? 俺一人の為に?)


よくよく見ると至る所で兵士が見回りしていた。


(これじゃあ、迂闊(うかつ)に盗みができない……今日は貧民区を狩場とするしかないのか)

 少年は渋々、気まぐれ市場を諦める事にした。


(あの白い小さい竜のせいで、全然狩りが進まねぇ!)

移動最中で、さっきまで収まっていた怒りがまたフツフツと湧き上がってきた。


きまぐれ市場を抜け、橋は渡らず、川沿いを沿って歩く。ある程度、進んだ所で、貧民区の方へ曲がった。


貧民区とそれ以外を隔てる壁までさしかかる。


壁の外側面におじさんがもたれて座っているのが、右側に見えた。


とんがり帽子をかぶり、白いひげを生やしている。服は縫い合わせた布を纏っている。

いつも俺が通りかかった時に声をかけてくる奴だ。


「坊や、今日の成果はどうだったかい?」

「なんもねぇよ」

「それじゃあ、配給からもらって余った物をやろう」

おじさんが布に包んでいた三粒のイチゴを渡してきた。少年も今朝貰って、とっくに食べてしまったものだ。


(この程度じゃあ、腹の足しにもならねぇ)


「そんなヤツレタ顔をしてはいけないよ」

おじさんはいたわりの声掛けをしてくるが、少年は、それを無視した。


昨日、同じような出来事があったのを思い出した。妹と最後に話した日の事である。


       ***


貧民区の一画、焚火通りの外門に近い場所に、少年は妹と二人で暮らしていた。

四角く、陣地を取り、四つ角に木の棒を4本立て、適当な布と紐で囲った簡単な住居で寝泊まりしているのである。


「くそっ、今日は収穫がねぇ」

 悔しさを露にして、その場に転がっていた石を軽く蹴っ飛ばした。


「大丈夫、配給分は食べたし、しばらくは食べなくても私は平気だから。水でも飲んで来ようよ」

妹のムムルが眩しい微笑みで、気遣いの言葉をくれた。


ムムルは、少年とは正反対の優しい目をしていて、着古されたワンピースを着用し、黄色い花の髪飾りを身に着けている。


少年は、ムムルと一緒に川に行く事にした。

街の中心を横切る川は、誰が使っても問題ない。特段汚染されている訳でもないし、害虫や害獣がいる訳でもない。飲みたい放題である。

少年達は、焚火通りを歩き、街の中央にある木橋まで行く。そして、その木橋の両端にある階段を使って河川敷に降りる事で、川の水を飲むことが出来る。

橋下の隅に、オレンジの皮が落ちていた。果肉がまだ少し残っている。


「やった、まだこれ少し食べれるよ。お兄ちゃんいる?」

 ムムルは、喜んで聞いてきた。


「俺は水を飲むからいい。ムムルが食べろ」

少年は水を腹いっぱいに飲み、ムムルは少し残った果実の果肉を食べた後、水で腹を満たした。


その後、橋の上まで上がり、貧民区まで戻ろうとした。


「これ余ったからどうぞ」

腹が膨れる程の水を飲んでいた俺達を目撃したからなのか、衣食住に困っていなそうな見た目の大人が、芋を二つ渡してきた。俺達を憐れむ目をしていた。


(いい事してるつもりかよ!)

 少年はその大人の事が気に入らなかった。


「あり……」

「余ってるならもっとよこせ!」

ムムルは笑顔で何かを言いかけたが、少年が遮るように横柄な態度で文句を叫んだ。


「今あげられるのはこれだけなんだ……」

大人は、戸惑う表情で答えた後、逃げるように立ち去って行った。


「あいつ、絶対に山ほどの芋を隠し持ってるな」

その大人が去っていく姿を睨みつけて不満を漏らす。


「盗ってやる」

「お兄ちゃん! 【あの約束】を忘れちゃったの?」

不機嫌であり、心配するような目でムムルが聞いてくる。


「約束? なんだそれ? そんなことより、あいつから芋をありったけ奪ってくる。待ってろよ!」

 そう宣言すると、俺はムムルの表情を見ることなく、大人の後を追って行った。


 それから一度もムムルの顔を見ていない。



きっと、ムムルは攫われたんだ。【ユートピア】とかいう場所に連れていかれたんだ。

そう思うほかなかった。


(このクソみたいな世の中から、ムムルを守るためならなんだってやってやる!)

 

少年は、おじさんから貰ったイチゴをお金と交換した。


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