第1話 「しばらくぶりに母が帰って来た」
セロンは思い悩んでいた。
「優しさで世界は救えると思うかい?」
前にいる男にそう問いかけられた。
「それは…わからない」
セロンは、少し考えたが、答えを出す事が出来なかった。
*
「果て見の台というのが、この山からだいたい北西の方にあります」
そう言ったのは、僕の兄である白竜のプヨルだった。
見た目の特徴は、丸めの顔とふっくらとした身体。翼は花の形が両端3枚、尻尾は先の方が丸く膨らんでいる。眼鏡をかけていて、二本足で立ち、身長は、人と同じくらいだと本人が言っていた。
白竜の中でも随一の物知りであり、中でも、観光スポットの事は何でも知っている僕の頼れる先生だ。
「その高台での夕焼けは…それはもう! 絶景なんですよ! 海と空の境目に夕日が沈む時は、心に染みて安らぐんです」
饒舌にプヨルは語る。
「いいな~、僕も見てみたいな~」
僕は生まれてから一度もこの山から出たことがない。だから、プヨルが語る観光スポットの話に興味津々で、いつも楽しみにしている。
「もう少ししたら、見に行けると思いますよ」
「本当に?」
「本当です」
信頼している兄ではあるが、これに関しては、疑いたくなる気持ちがあった。
「さあ続いては、大陸の外にある観光スポットについて紹介します」
「やったー」
ここはいつも、僕が学ぶ為に使っている会議場である。周りは植物の壁で囲まれている。内側には、資料などを貼り付ける為の平たい木の板があり、本などの資料を置く台がある。そして、座るための椅子と教材を置いて見るための机がある。
プヨルは、ボードへ横並びになるように大きな紙を二枚、板に張り付け、小さな杭を四つ角に打った。次に、観光ガイドブックの本を手に取った。準備が整ったみたいだ。
「今回紹介するのは、ねじれた水晶とねっとり温泉です」
「ねじれた? ねっとり?」
興味津々でそれを聞く。
「ねじれた水晶とは、山みたいに大きくて、天に向かってねじれてるんですよ。色は赤紫色で、光が当たるとピカピカとして綺麗なんです」
「その水晶は登れるの?」
無邪気に聞いた。
「そうですね……きっと登れますよ」
プヨルは、僕の質問に答えると、語り続ける。
「ねっとり温泉は、粘り気が強くスライムのような温泉なんです」
「熱いの?」
「四十五度くらいでしょうか」
「へー、少し熱そう」
実際に、行って見てみたくてたまらなかった。
「グガーーーー」
空の方から少し懐かしく感じるが、聞き覚えのある声がした。
「あ、お母さんが帰って来たみたい」
「……うん」
プヨルの言った事に対して素っ気なく返す。
「それじゃあ、今日はここまで、お母さんを迎えに行こう」
「…分かった」
あんまり嬉しくなかった。
プヨルと一緒に歩いて会議場を出て行った。
会議場を出た後、家の正面入り口近くの所に向う。
母が入口近くでこちらの方を見て待っていた。
母の名前はディアンという。
特徴は、鼻の先が頭よりもシャープでツリ目。翼は放射状の曲線、尻尾は先が細かくくせ毛である。身長は、プヨルよりも少し背が高く二足歩行。
「お帰りなさい」
プヨルは母の前まで来ると、微笑みを浮かべて、挨拶をした。
「ただいま」
母は短く返す。
「お帰り」
上目遣いで母に挨拶した。
母が僕の方を向く。来る気がする。
「ただいま~、会いたかったよ。セロン、元気にしてたか?」
うぐっ、苦しい。
母が小さな僕に飛びつくように抱きしめてきた。
顔を母の胸に押し付けられて、体毛に埋まっている。
すぐさま、抱きしめる母の大きな手を横に開き顔を上げた。
「久しぶりだね」
抗議の気持ち混じりだった。
「うむ、色々と忙しくてな」
母は気にすることなく返してきたが、僕はその発言に少し引っかかっている。
そして、次に話す言葉が見つからなかった。
後はプヨルに助けを求めようとした。しかし母は、挨拶を終えただけで、家の入口の方に歩いて行く。
「私は少し休む、疲れているんだ」
「休んでください」
プヨルは、家の方へ向かう母竜に労いの言葉をかけた。
そのやり取りをただただ眺めているだけだった。
「僕も用事があるからしばらく部屋に籠るね」
「分かった」
母に続いて家に入るプヨルを見送った。気持ちは沈んでいた。




