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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――どうしてもやる気が出ないとき

作者: 小山らいか

 私は、フリーランスの校正者をしている。

 朝、食事の支度や洗濯、掃除などの家事を片づけ、机に向かうと作業を始める。今日からは新しく来た資格試験の問題集の仕事。さっそく目の前のゲラ(校正紙)に目を通す。

 が、何となくやる気が出ない。慣れている仕事で、見るべきポイントもわかっているのに、どうしてもゲラに目が入っていかない。

 昨日まで担当していた仕事は、昨日の夕方、ぎりぎりで何とか終わらせた。翌日の午前中に納品するには、夕方5時までに自宅に宅配便の集荷を呼ばなければならない。時計を気にしながら作業を進める。宅配便の方に無事ゲラを渡すと、どっと疲れが出る。

 そして、そんなふうにがんばって仕事を終えたあと、急にやる気がなくなってしまうことがある。目の前にゲラを置きながら、パソコンでなんとなくネット検索をしてしまったり(「ネットサーフィン」と書こうとしたが、死語だそうだ。確かに今はあまり見かけなくなった)、急に机の上の資料の整理をしてみたり。

 そしてふと、昨日納品した仕事は大丈夫だったかな、などと考える。ぎりぎりで納品したものは、いつも少し不安になる。見落としなどはなかっただろうか。手放してしまったあと、自分の仕事内容がどうだったかを知れることはあまりない。

 ここでちょっと脱線。この表現に違和感を覚えた方はいるだろうか。

「知れることはあまりない」という言葉。「知る」の可能形として「知れる」と使ってみた。ふだんは使わない。可能形の使い方としては、「書く」なら「書ける」だが、「見る」を「見れる」とするといわゆる「ら」抜き言葉になる。「食べれる」もそう。それぞれ「見られる」「食べられる」が本来の形。でも、「知る」は「知られる」とすると受け身の意味になり、可能形ではなくなってしまう。もっとも自然なのは「知ることができる」だが、前出の文に当てはめると「知ることができることはあまりない」となり、何だかすっきりしない。代替案としては「聞ける」とか「教えてもらう」としてみるか。難しいところだ。

 自分が終えた仕事について、以前、ある校正者が言っていたことを思い出す。一つの仕事を終え、納品したあとしばらく次の仕事の依頼がなかったりすると、自分の仕事に何か落ち度があったのではないかと不安になる。彼女はベテランの校正者で、まわりの校正者からの評判もいい。そんな人でもやはり納品したあとは不安になることがあるらしい。そうか、そんな不安を感じるのは自分だけじゃないんだな、とちょっとほっとしたのを覚えている。フリーランスの校正者はみんな同じように感じているのかもしれない。

「校正者は、一定間隔で引き合わせの仕事をしたほうがいいと思うんですよね」

 これはまた別の校正者の言葉だ。本来、校正には元の文章と較べ正すという意味がある。今は手書きの原稿というのはほとんどないので、校正の業務は素読みが中心だ。ところが、今でも引き合わせが必要な場面もある。以前出版された本をあらためて文庫版として出すような場合に、元データがなくオペレーターが手打ちをしたり、OCR(光学式文字認識)で読み取ったりすることがある。その際に元の本との引合せ作業が必要になる。手打ちの原稿は、やはり打ち間違いがあったり、文章がまるまる抜けていたりすることもある。OCRの場合は、形が似ているが全く違う読みの漢字が入っていたりする。どちらも、一字一句慎重に確認していく作業になる。この作業はやはり校正者にとっては基本なので、ときどきはするべきだと彼は言う。初心に帰る、というところだろうか。

 確かに、引き合わせは地道な作業で、緊張感もある。比較的時間に余裕をもらえることが多いので、じっくりと取り組むことができる。資格試験の本ももちろん嫌いではないし大事だけれど、たまには時間をかけてゆっくりと読み込む仕事もしたいな、などと思う。

 私のいる校正プロダクションでも、小説の仕事と実用書や資格試験の仕事は同じくらいの割合で来ているように思う。だが、聞いたところによるとやはり小説の校正を希望する人が多いらしい。それも、300ページを超えるような長めで時間をかけて作業できるようなもの。ここで文章を書くようになって、校正という仕事についていくつか感想もいただいたが、校正のイメージというのはやはり小説の仕事だということも知った。

 さて、目の前のゲラを見て見ぬ振りしながらここまで書いてきたが、そろそろ本業に戻らないと。

「テスト勉強しなきゃいけないんだけど、やる気が出ないんだよね」

 テスト前に下の子の部屋を覗くと、たいていベッドに寝転がってスマホを見ている。

「あのね、やる気っていうのは出るものじゃなくて出すものなの。わかる?」

 子どもには偉そうにそんなことを言っている。でも本当は、そんなに簡単じゃないよな。

 そういえば、以前下の子が学校からもらってきたプリントに、先生のこんなコメントがあった。

 ――勉強に、やる気はいりません。必要なのは根気です。

 先生、ごもっともです。

 なんだかだらだらと書いてしまったが、そろそろ既定の分量になる。いいかげん書くのはやめて仕事を始めなければ。やる気を……いや、やる気はいらないんだっけ。根気で仕事をしないとね。 


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