王女イルシア、奇策王の誤解
反乱の鎮圧から数日後――
城門前に、一団の騎士が姿を現した。
その紋章は、隣国「ゼクス公国」。この辺境にしては、かなり強国だ。
「ゼクスの使者が……我が国に?」
玉座の間に通された使者は、まるで毒でも盛られるかのように緊張していた。
「……我が国は、陛下の奇策と戦略に畏敬の念を抱いております」
「えっ」
「い、いえ……前線で我らが斥候が観察しておりました!
反乱を火で封じた戦術、敵国の目を欺く火計、すべて見事……」
(また誤解だ……!偶然の産物なんだ……!)
使者は膝をつき、恭しく巻物を差し出した。
「ゼクス公国は、フェルデリア王国との同盟を希望します。将来的には……婚姻同盟も視野に――」
「婚姻って何!?」
「王女イルシア様が、我が国の第六王女にございます。政略婚ではございますが、陛下のような偉大なるお方なら……」
(政略婚!? イルシアって誰!?)
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その夜、ユウトは寝台の上で頭を抱えていた。
(どうしてこうなるんだ……!偶然で勝っただけなのに、なんでこんな話が……)
思い出されるのは、地球での自分。
パワハラ上司に「お前は何をやってもダメだ」と毎日怒鳴られ、仕事も要領悪くて孤立していたあの頃。
(それが、なんで……俺が、王様で……同盟とか、婚姻とか……)
なのに――
どこかで、心の底がざわついていた。
(……もし、このまま誤解され続ければ、俺でも……国を守れるのか……?)
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翌朝。
王国には歓迎の準備が進められていた。
ゼクスの王女イルシアが使者とともに到着するという。
将軍は言う。
「陛下、敵国と見なしていた国との婚姻。これほどの外交勝利はありませぬ」
(勝利?いやいやいや、俺なにもしてない……)
そのとき、城の片隅にあった古い書庫の扉が、バタンと開いた。
顔を真っ赤にした文官が駆け込んできた。
「陛下っ、大変です!この同盟話――裏で【帝国】が動いてます!」
「帝国……?なにそれ……?」
「北の『グラオス帝国』、大陸の覇者であり、あらゆる国家を吸収・滅ぼし続ける魔導軍国家……」
文官は震える声で続けた。
「彼らが、ゼクスとフェルデリアの同盟を“統一阻害行為”と認識し、動く恐れが――」
(え……やばい……)
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王女イルシアは、予想よりずっと早く城門をくぐった。
白銀の馬に乗り、甲冑を身に纏ったその姿は「王女」というより「女将軍」だった。
美しい――けれど、強い。そんな印象だった。
玉座の間に進み出ると、イルシアは長い金髪をひとつにまとめ直し、堂々と膝をついた。
「フェルデリア王、ユウト陛下。私はゼクスの第六王女イルシア・アル・ゼクス。
今日の同盟締結を心より感謝いたします」
「……あ、ああ……こちらこそ……」
ユウトの声は震えていた。
(ヤバい、これ以上無能がバレたら……同盟話が飛ぶ……!)
だがイルシアの赤い瞳が、じっとユウトを射抜くように見つめていた。
(……この王……空虚だ……)
イルシアは即座に察した。
この王の言葉の中に「戦略家の胆力」も「計算された言葉」も存在しない。
(……噂と違う。奇策王?……虚像だ。何かがおかしい)
しかしその場で口にはしなかった。
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その夜、歓迎の宴が開かれた。
城中が賑わう中、ユウトはただひたすら愛想笑いを浮かべ、杯を交わすだけで精一杯だった。
(イルシア、何も言わないけど……絶対俺の無能に気づいてる……!)
宴の最中、イルシアがひとりユウトに近づいた。
「陛下」
「は、はい……?」
「地下水路の構想、聞かせていただけますか」
「……っ!!」
なぜそれを!?
「同盟を結ぶ以上、貴国の防衛策を知らねばなりません。貴方の“戦略眼”を、この目で確かめたく……」
(……終わった……バレる……!)
ユウトは咄嗟に、必死で頭を回転させた。
(適当に……適当にそれっぽく言おう……!)
「……え、ええと……国土の下に……広大な水脈を……迷宮のように……巡らせ……
いざというとき、敵の動きを封じ……逆に水を流し……地脈そのものを……防壁に……」
声が震えていた。が――
イルシアの瞳が一瞬、驚愕に揺れた。
(……もしや……この王……大地の地脈を理解して……!?)
その瞬間だった。
城門の方角から、大砲の轟音が響いた。
「陛下!グラオス帝国軍が、ついに攻撃を開始しました!」
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王国最大の危機が、ついに始まった。
イルシアは目を細めた。
(……真意は分からない。けれど、この王の言葉に“真理”が混じっているのは確か……)
そしてユウトは、玉座の上でただ、己の無能さを隠すことに必死だった。
(ああああああ!!!俺もう限界……!!!)
だが――
この「地下水路の迷宮構想」が、後の帝国撃退の唯一の希望になるとは、誰もまだ気づいていなかった。