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転生と即位、そして滅びの国

白い空間。

何もない、ただ空虚だけが広がっていた。


「……あれ、俺……死んだんだっけ?」


目の前に現れたのは白髪の老人。長い髭を撫でながら、俺を見下ろしている。


「その通り。君は死んだ。あっけなくね。トラックに撥ねられて。」


「……マジか……」


俺、大澤悠人、十八歳。社畜まっしぐらな毎日を過ごしてた。ブラック企業でパワハラ上司にこき使われ、終電まで働かされて、何のために生きてたのか分からない人生。


「まあ、君に言うことは特にない。転生先?ああ、与えるよ。異世界だ。でも、特別な力とか、期待するな。」


「え、いや……そういうの、あるんじゃ……?」


「君、前世で何か成し遂げた?成績は中の下、仕事も凡庸以下。人望もカリスマもない。君に特別な才能を与える理由がないだろう。」


「……それ、今ここで言わなくても……」


「だがまあ、転生自体は約束だからな。滅びかけた小国の王にしてやる。国の再建も滅亡も君の勝手だ。好きにしろ。」


「……ちょっと待って、王って……」


だが老人はにやりと笑っただけで、次の瞬間、世界は光に包まれた。


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


「陛下!陛下!お目覚めでしょうか!」


見知らぬ兵士に揺り起こされた俺は、玉座の上にいた。


「……ここ……どこ……」


「ここはフェルデリア王国の玉座の間。陛下は、父王の急死に伴い、正式に王となられました!」


見回すと、玉座の間は寂れていた。床にはひびが入り、壁の装飾は剥がれ、窓の外には荒れ果てた街並みが広がっている。


「……滅びかけの国って、マジだったのか……」


心の底から震えが来た。俺に、何ができる?


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


「陛下、これより御前会議を開かれますか?」


「え、あ……うん、そう……だな……」


わけもわからないまま玉座を降り、会議室に通される。集まったのは老齢の宰相、険しい顔の将軍、痩せこけた財務官。誰もが疲れ切った顔をしていた。


「……改めて申し上げます、陛下。国庫は既に底を尽き、国境沿いでは隣国グランツェが侵攻の機を伺っております。」


「国庫が……ない?」


「ええ、二年前の干ばつで農作物の収穫が激減。税も取れず、借財は膨らむばかりです。」


「軍備は?」


「装備の整った兵は二百足らず。半数が老兵です。」


……これ、詰んでるじゃん。


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


御前会議の空気は、重く沈んでいた。

家臣たちは口々にこの国の苦境を報告するが、誰も打開策を出せない。


――そんな中で、俺は口を開いた。


「……地下水路を作ろう。」


宰相が目を細めた。

「地下……水路、にございますか?」


「そうだ。広大な地下迷宮のように、国中に水路を張り巡らせる。水害を防いで、干ばつの時も水を引ける。……それに、敵が攻めてきた時に、城下の民を地下水路に避難させれば……」


沈黙。


将軍は顔を覆った。財務官は机に突っ伏した。

宰相がやんわりと声をかける。

「陛下、そのような大工事は……まず、財が必要でございます。国庫には一枚の金貨も残っておりませぬ。ましてや、この国の技術では……」


「……そうか……ごめん……」


俺はうなだれた。


俺の脳裏には、かつて地理の授業で見た日本の古い水路の絵があった。

ただ、それだけの発想だった。


「他に案はないのか?」将軍が俺に問う。

俺は必死に絞り出した。

「えっと……あ、国境に巨大な風車を立てるのは……?」

「……なぜに?」

「その……見栄えがいいかなって……」


もはや家臣たちは絶句していた。

この若き王は、国の現実が何一つ分かっていないのだと、全員が悟った。


会議の空気は重く沈んだまま、終わった。


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


会議が終わった後の玉座の間は、ひどく静かだった。

誰もが俺に失望していた。

俺も、自分の口から出た言葉の幼稚さに、情けなくてたまらなかった。


(地下水路……風車……。俺、何考えてたんだ……)


「……陛下」


宰相が声をかけた。

その声音は優しかったが、そこには深い諦めがにじんでいた。


「本日より、政務は我々が滞りなく進めます。陛下は、どうかご静養くださいませ。」


要するに――

口出しせず、黙って座っていてください。

そう言われたのだ。


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


数日後。


国境からの急報が届いた。


「陛下!グランツェ王国軍、国境の砦を突破し、進軍中です!」


ついに来た。

家臣たちは慌ただしく軍議を始めた。俺は玉座に座ったまま、ただその様子を見つめていた。


(何か言わなきゃ。王なのに、何もできないなんて……)


「……せめて、民を守る道を……」

思わずつぶやいた言葉に、隣の宰相が小さくため息をついた。


「陛下、民は城門の中に集めました。これ以上の策は……」


「……地下水路があれば……」


その一言に、将軍が苦笑した。

「水路で兵を防ぐとでも?」


俺はそれ以上何も言えなかった。


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


その夜。


城の塔に登り、夜風に当たりながら、俺は考え続けた。

(どうすればいい。何をすればいい。何も思いつかない。……無能だ……本当に……)


そのときだった。


ふと、城の外れで光が瞬いた。

「……あれ?」


どうやら古い倉庫が火事を起こしていた。

それを見て、何の気なしに俺はつぶやいた。


「……あれで敵を惑わすことはできないかな……」


翌朝、敵軍は混乱していた。


夜半、城下で突然起きた火事により、敵の斥候たちは城の中で何が起きたのか分からず、退却を始めたのだ。

さらに、風向きが味方し、火の煙が敵の陣営を包んでいた。


将軍が驚いて俺に告げた。


「さすが陛下、夜中に倉庫を燃やすとは……あれは偽装でしたか!」


「……え、あ、ああ……そうだな……」


(違う。偶然だ。ただの偶然だ……)


だが家臣たちは「無能王」が密かに奇策を用いたのだと勝手に解釈し、俺の評価を覆し始めていた。


その後の会議で将軍たちは「地下水路など必要ありませんな、陛下の奇策があれば!」と笑った。

ユウトだけが、静かに心の中でつぶやく。


(……でも……いつか、本当にあれが必要になる気がするんだ……)


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


数日後――。


「奇策の王」「灰の逆転王」

そんな噂が、城下どころか周辺の村々にまで広まっていた。


「さすが我らの新王陛下だ!」

「敵軍をあの火の煙で惑わすなど、恐るべき知略!」


民たちは目を輝かせ、口々にそう語った。


(違うんだ……あれは偶然なんだ……)


ユウトは玉座の間で小さくうずくまるように座り、ただその声を聞くことしかできなかった。


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


「陛下、民の士気が上がっております!この機を逃さず税を徴収しましょう!」


財務官が目を輝かせる。

だがユウトは、何も答えられなかった。


「……民の負担を増やすのは……今はまだ……」


「しかし、国庫は空でございます!陛下の名声を背景にすれば、民も納得……」


ユウトはぎゅっと拳を握った。


(どうすれば……何が正しいんだ……)


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


そのころ、城下の一角で反乱の芽が生まれていた。


「王は奇策の英雄などではない!あの火事も、たまたまだ!」

「何も変わらぬ。民から搾り取るばかりだ!」


かつてこの国で有力だった豪農の一族が、密かに反王派を集め始めていた。


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


夜。


ユウトはひとり城の塔に立っていた。

月明かりに照らされる街の明かりの向こうに、わずかに焚き火の煙が見えた。


「……なんだ、あれ……」


不安が胸を締め付けた。


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


翌朝。


「陛下!反乱の火が上がりました!城下の南門近くに百名あまりが集結、兵士たちが応戦中です!」


「……そんな……」


「今こそ陛下の知略を……」


(俺にそんなもの……あるはずないだろ……!)


必死に脳を絞る。何か……何か……!


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


ふと、机の上に置かれていた紙の束が目に入った。

以前、財務官が「古の税記録」として見せたもの。

その中に、古びた地図が混じっていた。


(これは……城の周りの……古い水路の跡……?)


ユウトは思わず叫んだ。


「南門近くの古い排水路を封鎖しろ!そこに油を流せ!反乱の焚き火に引火するはずだ!」


家臣たちは驚き、そして即座に命を飛ばした


⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻ ⸻


結果、反乱の焚き火は、油を含んだ排水路を伝って一気に延焼。

反乱軍は混乱の中で散り散りとなり、捕縛された。


「さ、さすが陛下……!」

「火を以て火を制すとは……これぞ奇策……!」


(違う……これもただ、たまたま地図が目に入っただけだ……)


ユウトはただ、心の中で震えていた。


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