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GREEN FOREST  作者: Aju
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8 異変

 純恋の病状は少しずつ進行しているようだった。

 抗生物質は連続投与ができないので、その間に菌糸が少しずつ伸びてしまうらしいのだ。


 らしい——というのは、両親も面会が制限されてしまったからだ。

 理由は「感染の可能性がある」ということだったが、詳しい説明はされなかったということだ。


「わたしたちはあの子の親なのよ? 親が子にも会わせてもらえないなんて、どういうことよ!」

 純恋のお母さんは、そんなふうに瑠奈に不満をぶちまけた。

 こんな言い方は、イープスに侵される前の純恋に似てるな‥‥。と瑠奈は思う。


 あのニュース映像が流れてから、「感染方法が判明するまで、不要不急の患者との面会は自粛するように」と厚労省からの通達が出て(ニュースでもそう言っていた)病院側がその対応をとったことで、純恋の両親までがオンライン面会にされてしまったらしかった。


 感染の可能性について語る()()()が増えてきた。

「村が丸ごとイープスの茂み‥‥患者になってしまっていたということは、何らかの方法で何かが感染していると考える方が自然です。」


 だから——? と啓介は思う。

 何が感染してるんだよ?

 ウイルスも見つからないんだろ?

 何がどうやって、人体の免疫を植物や菌類に対して働かなくさせてるんだ?

 結局、専門家って未知の物事に対してはほぼ何の役にも立たないんだな‥‥。と啓介は思う。


 純恋は明らかに精神に影響を受けているように見えた。純恋だけなんだろうか? 渡辺や根岸はどうなんだろう?


 瑠奈も啓介も、休み時間などに純恋とビデオ通話する以外、今はお見舞いの方法がなくなってしまっている。

 今日も3号階段のいちばん上で、2人は純恋とビデオ通話をしていた。


「純恋‥‥」

と、通話がつながってすぐ瑠奈が言う。

「なーに?」

「あんた、顔・・・」

「あー、これ。なんか、今日の朝からニキビみたいなもの出てきたー。」


 純恋の顔にぶつぶつと吹き出物みたいなものが無数にできている。

 ()()()にしては大きい。

 黄色っぽく、先端が紫がかっている。


「お昼にーかんごしさん来たらー、きいてみるー。」

 そう言って純恋が、にへら、と笑った途端‥‥。


 その吹き出物の先端が割れて、イソギンチャクか何かみたいに一斉にはじけた。

 その()()()から白っぽい煙みたいなものが、ふわっと吹き上がる。

 たちまち純恋の顔がその煙の向こうに霞んだ。


「純恋!」

 瑠奈が叫ぶ。


「なーにー‥‥?」


 煙が散って霞が薄くなった先で、純恋がぼんやりした表情でこちらを見ている。


「大丈夫なの? なんか、今‥‥」

 瑠奈の慌てぶりと、純恋の落ち着きぶりが対照的だ。

 啓介は声もない。


「なんかー、すっきりしたー‥‥。」


 スマホの画面がぐるりと回って、病室の天井を映し出した。

 そのまま純恋からの応答がなくなる。


「純恋! 純恋——っ!」

 瑠奈がスマホに向かって半泣きで叫ぶが、応答はない。


「るーなー。‥‥げんき——?」

 天井を映し出したままのスマホが、純恋の声を拾った。

 そして。

 通信が切れた。


「どうかしたのか?」

 通りかかったらしい生物の教諭の須々木原(すすきばら)先生が、瑠奈の悲鳴のような声を聞きつけて階段の踊り場まで上がってきて声をかけた。


「純恋が‥‥! 純恋が‥‥!」

 瑠奈は目に涙を溜めてパニックになっている。


「落ち着け。今、病院に電話するから。」

 啓介は病院の代表番号をタップした。

 それから、須々木原先生の問いに早口で答える。

「僕たち今、入院中の宮迫さんとビデオ通話してたんです。そしたら、宮迫さんの顔‥‥、あ、もしもし。僕は東棟302号室に入院中の宮迫純恋さんの友人なんですが——。」

 病院の受付につながったので、説明が途中になった。


「?」という顔で須々木原先生が瑠奈の方を見る。


「か‥‥顔の‥‥純恋の顔の、ニキビが爆発‥‥!」

「は?」

 瑠奈の答えは要領を得ない。完全にパニクっている。


「宮迫さん、今どんな状況かわかりますか?」

 啓介は病院に状況を聞こうとしたが、返ってきた答えは「ご家族以外に患者さまの個人情報はお教えできません」というものだった。

「今、ビデオ通話中に倒れたようなんです!」

 啓介のこの言葉に受付も緊張感が走ったようだった。3階のナースステーションに連絡を入れると言ってくれたが、返事はできないということだった。


「くっそ。『ご家族の方から主治医に問い合わせてください』だと‥‥。」


 瑠奈は顔をおおって泣いている。

「少なくともナースセンターには連絡してくれたみたいだから、すぐにお医者さんが行くと思うよ。」

 啓介は瑠奈の背中にそっと手を置いた。

「何かあればお母さんから連絡くると思うから。瑠奈が純恋の心配してるのは、お母さんも知ってるし——。」

 瑠奈は顔を覆ったまま、小さくうなずいた。


 啓介はスマホをポケットにしまうと、怪訝な顔で2人を見ている須々木原先生に瑠奈に代わって状況を説明した。

 毎日ビデオ通話でオンラインお見舞いをしていること。純恋が当初、草の生えた顔を大勢に見られるのを嫌がったので、ここでしていること。

 今日、純恋の顔にニキビのようなものができて、それがビデオ通話中にはじけて白い煙のようなものが出てきたこと。

 そのあと純恋との通信が切れたこと。


 説明が終わると、瑠奈が声を出して泣き出した。

「純恋‥‥純恋ぇ——‥‥。無事でいて‥‥。」


 須々木原先生は話を聞いたあと、ひどく深刻な顔をしていたが、やがて、ぽつりと独り言のように言った。

「それは‥‥。胞子? まさか‥‥‥!」


 え? という表情で、瑠奈が顔を上げて先生を見る。


「それは‥‥ニキビじゃなくて、キノコ‥‥。寄生した菌糸の子実体だったのでは?」

 須々木原先生は呆然とした表情でそう言った。


「ヤバい。‥‥空気感染するぞ、イープスは‥‥。」



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