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GREEN FOREST  作者: Aju
51/52

51 人間であること

「いちばん最初にここを制圧に来るようです。病院(ここ)を拠点に周辺の藪を焼き払うつもりです。」

 早朝、病院の中に入ってきた双葉圭介は、鈴木たちにそう言った。

「途中の藪を無視して、まずここへ進軍してくるというのはラッキーでした。これ以上犠牲者が出なくて済む。」



   *   *   *



 吾朗の部隊は総勢20人。

 まだ夜が明けきらぬうちに駐屯地を出た。


 空に雲が多いが、雨は降らなさそうだ。

 それはありがたい。

 雨が降れば空気中を飛ぶ胞子は減るが、藪を焼くのに燃料が余分に要る。石油の輸入が止まってしまった今、燃料も潤沢ではないのだ。


 そもそも、日本全土の藪を焼き払うだけの燃料があるのか?

 『ゼロイープス』など、可能なのか?


 そんな疑問が隊員たちの中でも出はじめていたが、隊長はそれを抑えた。

 我々には全体のことは関係ない。命令された任務を遂行するだけだ。


 今日は駐屯地から30㎞東方にある理科医大病院に移動する。

 この部隊はそこを拠点に、さらに東方に()()()()()を拡大するのが任務だった。


 途中遭遇する「藪」は無視してゆく。

 どうせそれらはそこから移動するわけではないのだ。

 まずは病院の建物を制圧し、体勢を整える。全てはそれからだ。

 「藪」が胞子を噴出する新月まであと2日。それまでにできる限り多くの「藪」を駆除しなければならないのだ。


 そんな吾朗たちを「藪」の中の目が追うように動いて視線を送ってくる。

 嫌な感触だ。


 病院にはまだ人の形をした感染者(イープス)がいるのだろうか?

 それを‥‥‥


 吾朗はなるべく考えないようにして、ひたすら歩くことに専念した。

 ガソリンは貴重品だ。20人ほどの部隊の移動に使うわけにはいかないのだ。30㎞程度は歩いての行軍になる。

 敵が動くなら機動力も必要だが、敵は動かないのだ。



 目的の病院に着いたのは、午前9時頃だった。

 周囲に「藪」が多い。

 病院の駐車場も「藪」だらけだった。

 診療を求めて集まった()()だろうか。


「この中に医者もいるのかな? それこそ藪医者だな。」

 誰かが冗談を言ったが、うすら寒い笑いが少し起きただけだった。


「よし。まず駐車場をきれいにするぞ。」

 隊長が言って、吾朗は手近な「薮」に向けて火炎放射器を構えた。

 「藪」の目が吾朗を見てくる。

 この瞬間が、嫌だ。

 作業は慣れたが、これだけはどうしても慣れることができなかった。


 吾朗はその目から視線を外して、いつもどおり引き金を引いた。

 火炎が放出を始めたその直後。


 バン!


 と「藪」との間に板のようなものが立ち上がって、火炎のゆく手をふさいだ。

 同時に‥‥‥

 

 バン! バババ、バン! バン!


 あたり中から発砲音のような爆発音のようなものが聞こえ、吾朗は全身に痛みを感じた。

「痛っ!」


「敵襲!」

 隊長が叫ぶ声が聞こえ、吾朗は反射的に身を低くした。

 訓練どおり、身を低くしたまま物陰へと身を移動する。

 何かを踏んだ。


 バン!


 背中に激痛を感じた。


 バン! バン! バン! バン!


 あちこちで破裂音が聞こえ、隊員たちの悲鳴が聞こえた。


 敵はどこだ?


 吾朗は見回すが、どこにも敵の姿など見えない。銃を発砲する閃光すら‥‥。


 パパパパ!


 誰かが後方で発砲する音が聞こえた。

「やめろ! やみくもに発砲するな! 味方に当たる!」

 隊長が叫んでいる。


 銃で撃たれた瞬間は痛みを感じない——と聞いていたが、全身が痛い。

 皮膚が‥‥、子どもの頃の擦り傷みたいに‥‥?

 これは銃による攻撃ではないのか——?


 吾朗は自分の手足を見た。

 防護服がボロボロに破れ、皮膚が見えた。血だらけになっている。


 ふいに病院の方から拡声器の割れた声が響いた。

「防護服を破った。おまえたちは感染した。」


「ひいぃ‥‥」と情けない声が吾朗の喉から漏れた。

 空気中には無数の胞子が漂っている‥‥はずだ‥‥。


 吾朗はあたりを見回した。

 「藪」の目が、こちらを見ている。


 あれになってしまうのか? 俺も‥‥‥


「いやだあああっ!」

 誰かが叫ぶ声が聞こえた。

「黙れ! 見苦しい!」

 怒鳴った隊長の声も、うわずっていた。


 バン!


 また前方で音がして、吾朗は身をすくめた。

 ‥‥が、それは爆発ではなく、何かの板が立ち上がった音だった。

 そこに大きな文字が書かれていた。


『当病院には治療法があります

 あなたたちの選択肢は2つ

 そのまま藪になるか

 武器を捨てて降伏し、治療を受けるか』


 吾朗は隊長の方をふり返る。

 隊長も、その看板の方に呆然とした様子で顔を向けていた。


 吾朗はもう一度、その文字を見る。


『当病院には治療法があります』



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― 新着の感想 ―
反撃成功! イエイ! ……まだまだ油断は禁物ですが。
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