5 パラサイト
翌日の4時限目が終わって昼休みに入ってすぐ、瑠奈のスマホが震えた。
純恋からの着信だった。
『ビデオ通話で話したいけど みんながいない所がいい』
女子仲間数人と教室で弁当を広げようとしていた瑠奈は、またそれを包み直した。
「ごめん。ちょっと用事できた。」
怪訝な顔をした仲間をあとに、瑠奈は教室を出る。
そのままスマホを片手で持って屋上へ続く階段室に行く。
『啓介は呼んでもいい? 昨日一緒にお見舞いに行こうとして受付で門前払いされたから』
歩きながら純恋にメッセージを送った。
屋上には生徒の寛ぎと交流の場としてビオトープ広場が設けてあったが、生物の授業で使う以外ほぼ誰も来ない。
特に5月も終わりの今は、もう暑いからだ。
本来なら5月って「いい季節」のはずだが、気候が極端になってしまった今、いい季節なんてなくなってしまったようだ。
瑠奈も外へは出ず、階段室のいちばん上で止まった。
純恋から『オーケー』のスタンプが返ってきた。
瑠奈は大急ぎで啓介にメッセージを送る。
『純恋から連絡あった これからビデオ通話 来る? 屋上に出る3号階段のいちばん上』
ビデオ通話がつながった。
瑠奈は息を呑む。
純恋の顔中に小さな緑色の草の芽のようなものが生えていた。
「昨日はバタバタしててー。連絡できなくてごめんねー。お見舞い、来てくれてたのにー。」
「いや、ちゃんと確認しないで行ったわたしたちがいけないんだけど‥‥」
「双葉くんはー?」
「呼んだから、もうすぐ来ると思う。」
「昨日は2箇所だけだったのに、今朝はこんなんなっちゃったー。さすがにこの顔は、みんなには見せられないよー。」
そう言って、純恋がへらっと笑う。
なんだか諦めているような表情だ。
「どういう病気なの? 痛みとかないの?」
「うん。痛くはなーい。ちょっと痒いときはあるー。先生もわかんないみたーい。これでも朝、いっかい全部ちぎったんだよー。根が取れないからぁ、すぐ伸びてくるんだー。」
それにしても、3〜4時間でこんなに伸びるものだろうか?
「お医者さんはなんて?」
「とりあえず抗生物質のお薬飲みなさいってー。」
そこに啓介がやってきた。
瑠奈のスマホに映し出されている純恋の顔を見てギョッとする。
「あ、双葉くん。やっほー。あはは、びっくりしてるー。」
啓介はどう反応していいかわからない。
「このままいったらモリゾーみたいになっちゃうかもねー。あ、自分で言って怖くなったー。」
純恋はまた、へらっと笑った。
瑠奈は笑顔を見せたが、啓介は戸惑っている。
このポジティブ感はなんだ? 不安から目を逸らそうとしているんだろうか?
「あは。スベったー。」
純恋の言葉に合わせて瑠奈が「はは‥‥」と笑った。
ああ、たぶん純恋は本当はものすごく不安なんだ。
啓介も少し遅れて笑顔になる。
「草生えてるの、この辺だけだけどー。根っこは首まであるんだってー。」
そんな感じで緊張感のないのんびりした会話がしばらく続いた後、純恋はつと横を見た。
「あ、看護師さんが来た。お昼も草取りするんだー。それでその葉っぱ検査に回すんだってー。切るねー。」
通話が終了してから、瑠奈は深刻な表情になった。
啓介も同じだ。
「なんなんだろ? あの宮迫さんのポジティブ感。あんな子だったっけ?」
どちらかというと辛辣なタイプで、不平不満もオブラートに包まずに言っちゃうような、良く言えば正直な子だったはずだ。
瑠奈はしばらく唇をかみしめていたが、やがて独り言みたいぽつりと言った。
「おかしいよ、あの子。」
それから泣きそうな顔で啓介を見上げた。
「脳にまで根が入っちゃったんだろうか?」
瑠奈は立ち上がった。
「会いたい! 純恋に会いたい! わたしのことがわかんなくなっちゃう前に!」
「落ち着けよ。」
啓介が瑠奈の肩に手を置く。
「今日の夕方、もう一回宮迫さんの家に行ってみよう。おばさんたちは医者から何か説明受けてるだろ。家族じゃない僕らは入れてもらえないから‥‥。」




