49 森の戦士
瑠奈は啓介の両頬を手ではさんだまま、デートの時の語らいみたいに話し続けた。
「須々木原先生が言っていたの、覚えてる? 植物は、地中の菌類とつながって情報や栄養をやり取りしている——って。それはあたかもインターネットのようだって。」
あのオンライン授業のときの話だ。啓介も覚えている。
「インターネットどころか、脳のシナプスと同じように情報をやり取りして、森は思考していたんだよ。ずっとずっと昔から——。人間の脳みたいにスピードは速くないけど、ゆっくりな分、深く、深く、考えてきたんだ。」
2つ目と3つ目のツルが啓介の頭の皮膚に張り付いた。
少しだけ、瑠奈の言っていることのイメージが頭に浮かびやすくなる。
「地球上の生物のほとんどは、植物と菌類なんだ。動物なんて7%程度でしかない。植物が動物を創り出したのは、増えすぎた酸素を消費してもらうため。そして、植物にはない俊敏な動きで状況を変えてもらうため。そのためには一部が食べられることを許容したの。」
「しょ‥‥植物が‥‥生命進化をコントロールしてたのか?」
「コントロールというより、なるべくしてそうなったみたい。これは須々木原先生の見解だけど——。あ、そうそう。須々木原先生、こっちにいるよ。——ってか、先生の家の庭で茂みになってる。」
瑠奈はちょっと面白そうに笑った。
「先生の知識や思考が、このあたりのイープスネットワークにはけっこう大きな影響を与えてるよ。さすが、須々木原先生だよね。」
全てのツルが啓介の頭に張り付くと、イメージの奔流が啓介の脳になだれ込んできた。
瑠奈の気持ちや意識まで、直接に届くようだった。
瑠奈が嬉しそうに笑顔になる。
「セックスしててもこんなにつながれないよね。」
啓介も瑠奈の隠すことのない想いを直接受け取って、思わず笑みがこぼれる。
「そうだね。」
俺だって、負けないくらい愛しているさ。それも伝わってるか?
植物は、人類が地球の環境を壊し始めてから、人類の扱いを考え始めていたようだった。
初め植物は、人類の持つ驚異的な思考の速さ(植物にとってみれば)とその手先から生み出される技術に一つの期待を持ったようだった。
しかし、やがてその思考と技術は速いがゆえに暴走を始め、この地球上の微妙なバランスの上に成り立っている生態系の環境資源を食いつぶし始めてしまった。
特に、この200年くらいの間の暴走は生命にとっても危機的ですらある。
どうするべきか?
植物たちは100年ほど前から、相談と思考を繰り返した。
駆除すべきだろうか?
しかし、この脳の思考速度は消滅させてしまうには惜しい。
植物たちが出した結論は、人間の脳の持つ思考スピードを森のネットワークの中に取り込む——というものだった。
そのコネクタ因子として、1つの菌類が選ばれた。
啓介の中に流れ込んできたイメージは、とてもいっぺんに消化できるようなものではなかった。
感情はついていけず、ただ、目の前の瑠奈が愛おしいという気持ちだけが啓介の心の平衡をかろうじて保たせた。
瑠奈もそのことがわかるのだろう。
今必要な情報だけに絞り込むよう努力してくれているようだった。
メッセンジャーとは、そういうことなのかもしれない。
イープスのネットワークはNETなど問題にならない深みと幅を持ったものだった。
啓介が手に入れたのは、SASやグリーンベレーの元隊員や教官たちの持つスキルだった。
スキルと言っていい。ただの知識ではなく、経験値だからだ。
敵地の真っ只中から、たった1人で追跡部隊を撃退しながら生還する——。そんなサバイバル技術のスキルだ。
そしてもう1つ。
襲われた患者や、その周辺の患者たちから悲鳴と共に送られた情報から得られた貴重な情報——自衛隊の焼却部隊の詳細な動きに関する情報だ。
焼かれた者たちの痛みや恐怖は、自分のことのように啓介にも流れ込んできた。
「戦って。わたしは動けないから。これ以上の無意味な犠牲を増やさないで。」
そう言ったあと、瑠奈は初めて不安そうな表情を見せた。
「でも、無茶はしないでね。ちゃんと帰ってきてよ、ここに——。」
「帰ってくるさ。瑠奈がここにいるんだから。」
啓介はブナの幹に張りついたままの瑠奈の手を両手で包んだ。
瑠奈を守らなくてはいけない。瑠奈は動けないんだから——。
そのための遊走子だ。
「大丈夫。手に入れたのは最強のサバイバル技術なんだ。」




