48 メッセンジャー
「彼らは攻撃してくる敵がいるとは思っていません。ただ藪になったイープス患者を焼き払うだけだ、という感覚で作戦を遂行しています。そこが僕らのつけ入る隙です。」
啓介はまるで軍事専門家のようなことを言う。
「手の空いている方は手伝ってください。爆弾を作ります。」
「爆弾だって?」
鈴木さんが目を向いた。
「そんなもの作る設備はここには‥‥」
「ホームセンターで肥料と小釘と、その他必要なものを調達してきました。浣腸液があればニトログリセリンも作れます。僕の言うとおりやってくだされば、威力は強くなくても防護服を破ってその下の皮膚を傷つけるくらいのものは素人でもできます。肝心なのは爆弾の威力ではなく、トラップの仕掛け方なんです。
水を潜らせてはせっかくの火薬が湿気ってしまいますので、皆さんマスクをつけて防除室の外で作業してもらっていいですか?」
双葉啓介は車から荷物を下ろすべく、濡れた布の防除室を通って外へ出ていこうとする。
「双葉くん! マスク‥‥!」
鈴木が注意したが、啓介は落ち着いた顔でふり返った。
「僕は感染しないんです。」
* * *
場面の時間は少し戻る。
双葉啓介は、ブナの大木とつながった樹神瑠奈と対面していた。
「なんで‥‥それを、知っているんだ‥‥? 瑠奈‥‥」
瑠奈がいつものような笑顔を見せた。
不安も恐怖もない、かつてのような笑顔だ。
「啓介。わたし‥‥こうなって初めて、自分が何なのかがわかった。」
啓介には瑠奈が何を言っているかわからない。
ただ、瑠奈の目はイープス患者の退行した精神のそれではなく、狂気でもなく、理性の光を帯びた正気の目だった。
「わたしはメッセンジャーなの。森の——。」
「森の‥‥‥?」
「森は思考していたんだよ。人間なんか生まれるはるか前から——。啓介。恐れないで。わたしたち人間もまた、森の中から生まれたんだから。」
瑠奈は両手で啓介の頬をはさむように触れた。
「こんなマスク、外しちゃって。あなたは感染しない。そういう遺伝子を持ってるの。」
「お‥‥俺の親は‥‥両方とも‥‥」
「それがかけ合わさることで、あなたの状態が生まれた。わたしも両親の遺伝子がかけ合わさることでこの状態になった。」
瑠奈の額の両脇、こめかみのあたりから何か白っぽいものが生え始め、それがゆっくりと何かを探るように先端を回しながら伸びてくる。
植物の成長運動というやつだが、啓介自身はその言葉を知らない。
「怖がらないで。これはコネクタの端子。啓介の頭にくっつくけど、侵入するわけじゃない。言葉で話すのは大変だから、啓介の頭に直接イメージを送るためのもの。——てか、わたしがまだ完全に言葉にできるほど理解してないんだ。」
そう言って瑠奈は、テストで失敗したときみたいな顔で、ちろっと舌を出して見せた。
そのしぐさは、いつもどおりの瑠奈だ。
「メッセンジャー‥‥って‥‥‥」
「わたしたちは選ばれたの。わたしはメッセンジャーに。啓介は遊走子に——。」
「遊走子?」
「その言葉が適切かどうかわかんないんだけど‥‥。ただ、植物は動きが遅い。このイープスのコネクタもだけど‥‥。くっつくまでに時間かかるから、焦らないで待っててね。
えーと、なんだっけ? ああ、そう。植物は動きが遅いから、状況にスピーディに対応するためにも動物として動けるパートナーが必要なの。わたしは啓介のような遊走子に森の思考を伝えるメッセンジャー。世界中にわたしたちのような人間がいるよ。こういう遺伝子を持った人間が——。」
瑠奈がコネクタと呼んだイープスのツルが、何かを探すように先端を回しながら啓介の頭を探り当てた。
「わたしたちのような存在を生み出すことは、何十年も‥‥いえ、何世代も前から慎重に計画され、準備されてきたんだよ。植物たちが蒸散する環境ホルモンを駆使して——。」
それは‥‥。人間の恋心をコントロールしてたってことか? 植物が‥‥。
ツルの先端が丸く開いて、吸盤のように啓介の皮膚に吸い付く。
少し冷たかったが、痛くはない。
「全部くっつくまで、もう少し待ってね。それまでの間に、わたしが言葉にできることは言葉にして伝えるから——。」




