表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GREEN FOREST  作者: Aju
47/52

47 戦う人たち

 理科医科大の長田輝彦のところには、百合葉から矢継ぎ早に状況を知らせる連絡が入っていた。

 デジタル環境がおかしくなってきているので、同じメールが複数届いたり日時のおかしいものが届いたりで解読に苦労するが、どうやら最新のメールの内容はこういうことらしい。


 官邸から派遣された元自衛隊員の()()()()を陥落させた。

 治療法があることを示して、政府の方針を変えさせたい。

 ついては実例のデータをできる限り多く送ってほしい。


 輝彦は迷った。

 百合葉さんは当初からよくやってくれていたし、個人的には信頼もしているが‥‥。

 しかし‥‥‥

 陥落させられたのが百合葉さんの方ではない、という保証がない。


 データの大半はこの病院のスタッフのものだ。もしそれを、逆に焼却対象のデータとして利用されたら‥‥。

 輝彦はデータを送るのを躊躇した。

 いったいどうやって、親でさえ感染者は焼き殺すという決断を下した自衛隊の勢力の1人を()()()()()のか?


 メールには「須々木原先生の意見も聞きたい」とあったが、須々木原先生には数日前から全く連絡がつかなくなっている。


 そんな輝彦の前に、一度帰った双葉啓介が再び姿を現した。


「やあ、双葉くん。お父さんたちは連れてきた?」

 わざと明るい声でそう聞いてから、輝彦は啓介の雰囲気が違うことに気がついた。

 数時間前に茫然として帰っていった少年とは、まるで別人だった。


「明日には自衛隊の部隊がここに到達します。この病院の敷地内で、建物に入る前に撃退しますので手伝ってください。」


 鈴木さんが奇妙な動物でも見るような目をした。

「な‥‥何を言っているんだ、双葉くん?」


「トラップを仕掛けます。彼らの防護服を破ってしまえば、彼らはパニックに陥ります。」


「何を言ってるんだ? 相手はプロの軍隊だぞ? 素人のトラップなんかに‥‥」


 鈴木が非難するように言うのを片手で抑えて、啓介は落ち着いた声で話を続けた。

 その目が自信に満ちている。

 いったい、この短時間でこの少年に何があったのか?


「僕が仕入れてきた知識は、SASやグリーンベレーの実戦的技術です。実戦経験のない()()()()()の自衛隊の部隊なんかに対処できるようなものではありません。」



   *   *   *



 蟾蜍(ひきがえる)は百合葉を力いっぱい殴りつけた。

 それから、今自分が何をすべきかに気がつき、息を詰めてその場から走り出した。


 マスクを!

 マスクとゴーグルを着けなければ!


 入り口のテーブルに置いてあったマスクを着け、ひゅ———っと喉を鳴らして詰めていた呼吸を復活させ、ゴーグルを着けると、蟾蜍の背中から恐怖がじわりと広がってきた。


 吸い込んだか?

 いや‥‥‥。目を開けていたから、網膜から侵入されたかもしれない。

 ‥‥それ以前に、激して百合葉を殴っていた時、俺は呼吸していたんじゃないか?


 危機管理室の白い塊——お歴々の成れの果て——目だけを動かしていたあのイープス菌の塊が頭に浮かんだ。

 そしてそれを蟾蜍(ひきがえる)自ら火炎放射器で焼いたときの、その映像がフラッシュバックした。どの塊だったかわからないが、悲鳴をあげたやつがあった‥‥。


 蟾蜍は怯えた子どものような目で、百合葉の方を見た。


 百合葉は鼻血を垂らしながらも立ち上がっていて、口元に笑いを浮かべながら冷ややかな目で蟾蜍を見下ろしていた。

 そう。

 見下ろしていたのだ。目線の高さは違わないはずなのに——。

 割れた窓ガラスを背に、逆光で黒々とした百合葉の体は蟾蜍の何倍も大きく見えた。


「治療法はあるのですよ? 大臣。」


 百合葉のその言葉に、思わず希望を託してすがりたくなる自分がいる。

 蟾蜍は訓練生時代の教官の言葉を思い出していた。

『最後にモノを言うのは、体力でも筋力でもない。気迫だ。意志の力だ!』


「デ‥‥データを、そろえておけ。」

 それだけを言って、大臣の執務室に引きこもった。

 今さら閉じこもってみても、手遅れだとわかっていたが。


 その日、大臣室で眠れない夜を過ごしたあと、明け方鏡を見て首のところに緑色の何かが生えているのを見つけたとき‥‥‥。蟾蜍の心は折れた。


『お前は指揮官には向いていない。』

 教官は隊内ではうだつの上がらない男だったが、今こそ、その教官の言葉の意味を蟾蜍は実感と共に理解した。


 蟾蜍は、ふらふらと執務室を出た。

 最初に百合葉と対峙したあの事務室は封鎖され、1階上の会議室を事務スペースとしてスタッフたちは戦っていた。

 戦っている——というふうに蟾蜍には見えた。


 マスクを着けている者もいれば着けていない者もいる。

 そんなスタッフたちを百合葉がよくまとめて、きびきびと指示を出していた。

 もちろん百合葉はマスクなど着けてはいない。


 ああ‥‥。指揮官とは、こういうものなのだろう‥‥。


 着けていないスタッフたちは手遅れだと諦めているのか、それとも()()()があることを知っているから平然と仕事をしているのだろうか?


「大臣、お待ちしておりました。」

 百合葉が、昨日のことなど忘れたようなニュートラルな表情でそう言った。


「百合葉くん‥‥。わた‥‥私が何をしたらいいのか‥‥教えてくれ‥‥。」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
蟾蜍さあぁぁぁぁぁん! もうちょっとがんばってほしかったぁぁぁぁ(ひどい)! でも、得体の知れない物に対する恐怖の強さと言うのがよくわかりますね。 わからんものほどこわい。 わかってしまえばそれほど…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ