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GREEN FOREST  作者: Aju
46/52

46 一兵卒

 俺は地獄に落ちるだろう。


 古渡(ふるわたり)吾朗(ごろう)は初日の任務を終えたあと、宿舎の中でそう思った。

 もちろん、口には出さない。

 ただじっと黙って毛布にくるまっている。


 多くの隊員が吾朗のように無口だったが、一部の者たちはカラオケで騒いでいた。

 夜の非番の者に限り酒も許されたが、翌日の任務に差し障りが出るほど飲んだら「懲罰の対象にする」ということだった。


 目が‥‥‥。

 薮の中の目が、恐怖をたたえてこちらを見る目が‥‥(まぶた)に焼きついて離れない。


 すでに人の形をしていないし、悲鳴をあげるわけでもない。

 ただ藪を焼き払っているだけなのだが‥‥。その藪の中に目があって、火炎放射器を構える吾朗の方を見てくる。


 悲鳴をあげた藪もあったと聞く。

 幸い、吾朗はそういうのには遭遇しなかったけれども‥‥。


「もう嫌だ!」

 そう叫んで懲罰房に連れていかれたやつがいたとも聞いた。


 戦わねばならないのは、わかる。

 自衛隊員として、この国を守る義務がある。

 この国は今、イープスの侵略を受けているのだ。


 一見無抵抗に見えるが、敵は砲弾やミサイルではなく人体の内部に侵攻してくるのだ。胞子という形で——。

 駆除する以外に戦う方法がない。

 それはブリーフィングを受けて十分にわかっている。頭では‥‥。


 それでももし、駆除する薮の中に知っている顔を見つけたら‥‥‥

 俺はどうするだろう? その時‥‥。

 命令は「焼け」であることは間違いない。

 引き金を引けるだろうか?


 吾朗はそれ以上考えまいとして、頭から毛布をかぶった。

 眠れない。

 目が浮かんでくる。


 吾朗は起き上がって、食堂へ酒をもらいに行った。




 翌日もその翌日も、駆除という静かな戦闘は続いた。

 3日目にもなると、吾郎の心のどこかが麻痺してきたようだった。


 藪を焼く——という行為はただの作業となってゆき、きれいに焼却できたかどうかが唯一の関心ごとになっていった。

 あれは人間じゃないんだ。


 イープスの藪のあるところもだいたい察しがつくようになってきた。

 それは森や林の中ではなく、人家や企業の建物の近くに不自然に点在している。

 おそらくは感染した者が日光や水を求めて彷徨(さまよ)い出てきた所で根を張ったということだろう。

 ロイコなんとかという寄生虫が、カタツムリを操って鳥の餌にしてしまうように——。

 吾朗は別段生物に詳しいわけではないが、昔、何かのマンガでそんな話を読んだことがあった。


「ぐうぅ‥‥お‥‥‥」

 4日目には、そんなふうに()()をあげる藪にも遭遇した。

 吾朗は眉間に(しわ)をよせてそれを焼き払った。何度も引き金を引いて完全に灰になるまで焼いた。

「あんまり燃料を使いすぎるな。」

 隊長にそう注意された。


 部隊はそんなふうにしてイープスの藪を焼き払いながら、人家の中に人が残っていないか確認してゆく。


 残っている人がいれば、強制的に()()する。

 拒絶は許さない。


 もし家族に感染者がいれば、それも保護する。

「特別病棟で治療するため」と隊長は説明して、非感染者の家族とは分けて連れてゆくが‥‥。基地内のその()()から出てきた者は1人もいないことを、吾朗は知っている。


 吾朗は直接見たわけではないが、その古いコンクリートの建物に収容された()()は、そこで麻酔を打たれ、意識がなくなった状態で焼却処分されている——という話だった。

 イープスの侵略を受けた人間は、どのみちもう助からないのだ。


 そちらの部署に配属されなくてよかった‥‥。

 5日目くらいになると、吾朗はただそう思うだけになっていた。



 俺は地獄に落ちるだろう‥‥。



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