46 一兵卒
俺は地獄に落ちるだろう。
古渡吾朗は初日の任務を終えたあと、宿舎の中でそう思った。
もちろん、口には出さない。
ただじっと黙って毛布にくるまっている。
多くの隊員が吾朗のように無口だったが、一部の者たちはカラオケで騒いでいた。
夜の非番の者に限り酒も許されたが、翌日の任務に差し障りが出るほど飲んだら「懲罰の対象にする」ということだった。
目が‥‥‥。
薮の中の目が、恐怖をたたえてこちらを見る目が‥‥瞼に焼きついて離れない。
すでに人の形をしていないし、悲鳴をあげるわけでもない。
ただ藪を焼き払っているだけなのだが‥‥。その藪の中に目があって、火炎放射器を構える吾朗の方を見てくる。
悲鳴をあげた藪もあったと聞く。
幸い、吾朗はそういうのには遭遇しなかったけれども‥‥。
「もう嫌だ!」
そう叫んで懲罰房に連れていかれたやつがいたとも聞いた。
戦わねばならないのは、わかる。
自衛隊員として、この国を守る義務がある。
この国は今、イープスの侵略を受けているのだ。
一見無抵抗に見えるが、敵は砲弾やミサイルではなく人体の内部に侵攻してくるのだ。胞子という形で——。
駆除する以外に戦う方法がない。
それはブリーフィングを受けて十分にわかっている。頭では‥‥。
それでももし、駆除する薮の中に知っている顔を見つけたら‥‥‥
俺はどうするだろう? その時‥‥。
命令は「焼け」であることは間違いない。
引き金を引けるだろうか?
吾朗はそれ以上考えまいとして、頭から毛布をかぶった。
眠れない。
目が浮かんでくる。
吾朗は起き上がって、食堂へ酒をもらいに行った。
翌日もその翌日も、駆除という静かな戦闘は続いた。
3日目にもなると、吾郎の心のどこかが麻痺してきたようだった。
藪を焼く——という行為はただの作業となってゆき、きれいに焼却できたかどうかが唯一の関心ごとになっていった。
あれは人間じゃないんだ。
イープスの藪のあるところもだいたい察しがつくようになってきた。
それは森や林の中ではなく、人家や企業の建物の近くに不自然に点在している。
おそらくは感染した者が日光や水を求めて彷徨い出てきた所で根を張ったということだろう。
ロイコなんとかという寄生虫が、カタツムリを操って鳥の餌にしてしまうように——。
吾朗は別段生物に詳しいわけではないが、昔、何かのマンガでそんな話を読んだことがあった。
「ぐうぅ‥‥お‥‥‥」
4日目には、そんなふうに悲鳴をあげる藪にも遭遇した。
吾朗は眉間に皺をよせてそれを焼き払った。何度も引き金を引いて完全に灰になるまで焼いた。
「あんまり燃料を使いすぎるな。」
隊長にそう注意された。
部隊はそんなふうにしてイープスの藪を焼き払いながら、人家の中に人が残っていないか確認してゆく。
残っている人がいれば、強制的に保護する。
拒絶は許さない。
もし家族に感染者がいれば、それも保護する。
「特別病棟で治療するため」と隊長は説明して、非感染者の家族とは分けて連れてゆくが‥‥。基地内のその病棟から出てきた者は1人もいないことを、吾朗は知っている。
吾朗は直接見たわけではないが、その古いコンクリートの建物に収容された患者は、そこで麻酔を打たれ、意識がなくなった状態で焼却処分されている——という話だった。
イープスの侵略を受けた人間は、どのみちもう助からないのだ。
そちらの部署に配属されなくてよかった‥‥。
5日目くらいになると、吾朗はただそう思うだけになっていた。
俺は地獄に落ちるだろう‥‥。




