45 生きるために
「患者の殺処分?」
「政府でクーデターが起こったらしい。総理を名乗った自衛隊の陸佐が、非常事態を宣言して『ゼロイープス』という方針を指示したというんだ。百合葉さんから、患者を隠すようにメールが来た。」
長田先生は深刻な表情のまま、そう伝えた。
「隠せったって、どこへ? 何をやる気なんだ、自衛隊は?」
鈴木さんが初めて余裕を失った顔をした。
「彼らは、官邸の地下でイープス菌の塊になっていた閣僚たちを火炎放射器で焼き殺したというんだ。詳しいことはわからない。こちらからは連絡するな——ということだった。連絡先のデータは百合葉さんが隠して守っていてくれてるらしい。」
「火炎放射器だと?」
鈴木さんが目を血走らせる。
彼の奥さんは感染者としてここに入院しているのだ。
「そのためにヤツら、ガソリンを回収していきやがったのか!」
「戦ってやる! 違憲組織め!」
鈴木さんが顔を真っ赤にして怒るところを、啓介は初めて見た。
「戦うって、どうやって? 相手は武器を持った軍隊ですよ?」
長田先生がそう言ったが、鈴木さんはわなわなと手を振るわせるばかりだ。
「とにかく。患者を鍵のかかる場所に避難させましょう。その上で、私たちスタッフの姿を見せる。治療法があることがわかれば、政府も考え方を変えるかもしれない。」
「メスで切っちゃえばいい。」
長田先生の後ろからそう言ったのは飯沼結衣だ。
彼女もあの治療法で生還した1人である。
「防護服着て来るんでしょ? そのどこでもいいから切っちゃえば、そいつら自身を自分たちで焼き殺さなければならなくなるから考えるでしょ。頭があるなら‥‥。」
「ばか、結衣。そんなことしたら、考える前に撃たれるぞ。あいつらはそういう条件反射の訓練を受けてるんだから——。」
「でも、みんなが生きるためには何らかの形で戦わなきゃいけないでしょ。」
これが、良くも悪くも飯沼結衣だ——と長田輝彦は思う。
危なっかしい女だ。
「俺、一度帰ります。」
啓介は議論中の長田先生たちにそう言って、病院を出た。
車を運転しながら懸命に頭を回転させる。
瑠奈が‥‥‥
瑠奈が、焼き殺される?
冗談じゃない!
守らなければ。
瑠奈を守らなければ‥‥!
隠す?
どこへ?
ヤツらはしらみ潰しに各建物も捜索するだろう。
樹神の家で感染していないのは、俺とお母さんだけだ。
2人を隠した状態で対応できるか?
公園にいる啓介の両親は、見つかり次第焼き殺されるのだろう。
政府——というか自衛隊は、そういう考えでいるのだ。
やはり、戦うしかないのか‥‥。
でも、どうやって?
訓練された軍隊を相手に‥‥。
防護服を切る。
それは、方法としてはある。
しかし、どうやって訓練された自衛隊員相手にそれを行う?
俺は撃たれてもいい。
だが、自衛隊はそいつだけじゃない。
俺が殺されたあと、誰が瑠奈を守るんだ?
響紀さんはすでに感染者だ。俺の両親も‥‥。
啓介は瑠奈の家に戻る前に公園に寄った。両親に会うのもこれが最後になるかもしれないと思ったからだ。
そして、そこで驚愕するものを見た。
「瑠奈!」
啓介の両親が1つの茂みになっているすぐ傍で、ブナの大木の幹に瑠奈がもたれかかるようにして立っていたのだ。
顔の両側にすでに緑色の若葉が芽吹いている。
今朝取ったばかりなのに、スピードが速い。
「瑠奈! 何してるんだ?」
啓介は車から降りて瑠奈に駆け寄る。
瑠奈は啓介を見つけると、木の幹にもたれたままにこっと笑った。
「ここがいいって思ったの。」
「何を言ってるんだ?」
啓介は近寄って、さらに驚愕した。
瑠奈の肩のあたりから蔓状のものが伸びて、ブナの木の幹に絡みついているのだ。
「瑠奈! 病院へ行くぞ!」
啓介がその蔓を引きちぎろうとすると、瑠奈が素早い手の動きでそれを止めた。
「だめ! ちぎっちゃ。」
瑠奈は何を言っているんだ?
啓介は混乱した。
「瑠奈。‥‥病院へ行かなきゃ。」
「病院じゃ戦えない。自衛隊が来るんでしょ?」
「なんで‥‥それを知ってるんだ、瑠奈?」




