41 感染
世界がどうなっているのかがわからない。
スマホでの通信にエラーが増え、食料の配布回数も量も減ってきている。
須々木原先生との連絡もとりづらくなった。
今のところ電気と水道はまだ来ている。ガスは止まった。
いったい誰が、どの程度の人数でこのインフラを支えてくれているのだろう?
スマホで検索できて当然、誰かとSNSで会話ができて当然だった世界の中で、自分がどれほど見えない人たちの支えで生きていたかを啓介は痛感した。
啓介は時おり、窓から公園の方を見る。
管理できなくなった患者が増えたせいで、外は胞子が舞っているのが通常になってしまった。
食料を得るため、情報を得るため外に出るということは感染の危険を伴う。
だからといって家の中にだけ閉じこもっていれば、たちまち食料が尽きて飢えてしまう。
病院から食料が届いたとの連絡を受ければ、受け取りに出かけるのは響紀さんと啓介の仕事だった。
「啓介にばっかり負担をかけて‥‥。」
瑠奈が泣きそうな目でそう言うが、啓介は瑠奈だけは守りたい。
「いいんだ。出たついでに親父たちの様子も見てこれるしな。」
その啓介の両親のことにも瑠奈は負い目を感じているようだったが、啓介は気にしなくていいことを何度も瑠奈に伝えた。
「けっこう2人とも幸せそうだったよ?」
啓介の両親は公園のベンチで1つの茂みになっていたが、その表情は穏やかだった。
変な言い方だが、血色も良く元気そうだ。
「けーすけー‥‥。あんたー、どこいってたのー?」
あれから2週間近く経つが、母親はまだそんなふうに啓介に話しかけたりした。
やがては、あのアフリカの映像みたいに目だけが動いている薮になってしまうのだろうか?
その時、人は自分が自分だという意識があるのだろうか?
須々木原先生に教えてもらった食べられる草だけでは、到底腹は満たせなかった。
主食がないのだ。
米は当面、政府から届く備蓄米の配給で凌げてはいる。が、その配給の頻度も落ちてきていた。
須々木原先生に教えてもらったサツマイモやジャガイモの栽培方法も、種芋が手に入らないので実行に移すことができない。
田舎に住んでいれば、そんなものはいつでもどこででも手に入ったのかもしれないが‥‥‥。
啓介は、自分たち都会人の虚弱さを思い知らされた。
そんな中で、啓介のメンタルにさらに追い打ちをかける出来事が起こった。
瑠奈と響紀さんが感染したのだ。
2人の頬に、緑色の小さな芽が見つかったのだ。
「どこで持ち込んだ? 細心の注意を払っていたはずなのに‥‥。瑠奈‥‥!」
響紀さんが瑠奈の頬の緑色を引きちぎり、壁に自分の頭を打ちつけながら叫んだ。
俺かもしれない‥‥。
啓介は足元の床がなくなるような感覚の中でそう思った。
どこかで、油断して‥‥。
どこで‥‥?
「なんで? なんで、俺じゃないんだ?」
どこかで拾ったにせよ、なぜ啓介にではなく瑠奈に胞子は取り憑いた?
同じベッドで寝ていたから?
俺が‥‥感染させた‥‥?
「なんで? 俺じゃないんだ!」
啓介は叫びながら瑠奈を抱きしめた。
そのまま唇を重ねてキスをする。
瑠奈が啓介を押し戻した。
「だめ! 啓介に感染っちゃう!」
「感染れ!」
啓介はそう言ってまた瑠奈にキスを続けた。
親父とおふくろのように‥‥1つの茂みになるんだ!
瑠奈が感染した以上、もう俺にとっての世界は———!
瑠奈の腕から力が抜ける。
泣いている。




