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GREEN FOREST  作者: Aju
40/52

40 人道

 反撃に出てくるかもしれない。

 想定済みだ。被害はさほど大きくはないだろう。

 駆除するかどうかについては慎重に検討したのだ。


   =   =   =   =   =



 百合葉が予想したとおり、その日の午後には新しい()()()()が庁舎にやってきた。


「厚労大臣に任命されました蟾蜍(ひきがえる)貞道(さだみち)と申します。」


 名前とは裏腹に秀麗な顔つきをしている。

 しゅっとした瓜実の小顔に長いまつ毛の細い目を持ち、鼻筋は高く、掛け値なしのイケメンと言っていい。

 ただ、その薄い唇と目の中の光だけが酷薄な印象を与える。

 肩幅は広く筋肉質の体つきで、いかにも自衛隊で鍛えられたという感じだ。

 それだけである種の威圧感があり、男性にとっては劣等感を抱かせ、女性にとってはある種のアピールがあるように思えた。


「これまで厳しい中での公務、ご苦労様です。この先も非常事態は続きますが、皆さんと共に国家のために乗り切っていく所存ですので、よろしくお願いします。」


 挨拶としては一応、型どおりだ。

 威丈高には出てきていない。

 が、スタッフたちの視線は冷たい。‥‥というより、敵意をはらんでいる。


「百合葉くんもこれまでご苦労様でした。以後は、私付きということでいろいろサポートをお願いしたい。」

 それはつまり、自分の管理下に置いて一切の権限を持たせない——という意味だ。


「さて、ここまでの報告と引き継ぎを受けましょう。」

 そう言って蟾蜍(ひきがえる)は窓側の椅子を無造作に引いて座り、足を組んだ。筋肉質の体が逆光になって、黒々と威圧感を増す。

 対面する椅子を手で示して、百合葉に座るよう促した。


 百合葉は椅子の背もたれに手をかけたが、座らない。

 新しい()()に遠慮しているようにも見える。


「感染拡大の防止に関しては、一定の効果のある方法が確立しつつあります。」


「ああ、入り口にあったあのちゃちな布のことかね?」


「ちゃちに見えるかもしれませんが、あれが胞子を屋内に持ち込ませない最も効果的な方法です。それで庁舎内ではマスクが必要ないのです。」


「ふむ。確かにその効果はありそうだ。しかしあれは、屋内に胞子を持ち込まない単なる防御策だ。()()()()()()の方策はどうなっているのかね?」


「民間では治療法の研究も進んでいます。」


「ほう。どのような?」


「まだ厚労省として推奨できるような段階ではありませんが。安全性に問題があって‥‥死亡するケースもありますので。」


 蟾蜍(ひきがえる)はじろりと百合葉を睨んだ。

「総理にはそれを報告したのかね?」


「聞かれませんでしたので。総理は患者を焼き殺すことに執着しておられましたので。」

 百合葉の目に初めて怒りの炎が見えた。

「患者は、人間ですよ?」


「しかし胞子を放出する。」


「それの拡散を防ぐ方法もあります。」


 蟾蜍は哀れなものを見るような目つきをした。

「管理できればな。患者は自分で管理することができない。管理できる健常者はどのくらい残っている? 管理しなければならない()()数は? 数字を把握しているのかね?」


 百合葉は言い淀んだ。

 数字など、把握できる状況ではない。


「君が言っているのは観念的な理想論だ。青臭い。現実を見たまえ。健常者の数が一定規模を下回ってしまえば、国家機能は維持できなくなる。我々はイープスの侵略に屈することになるのだ。」


「あなたの親兄弟が感染していても同じことが言えるのですか?」

 後ろで職員の1人が声を上げた。


 蟾蜍は、その声の主をハエでも見るような目つきで見る。

「政府の方針は感染拡大の防止だ。厚労省は感染していない健常者を守るためにデータをそろえることを第一業務とする。リソースは限られているのだ。

従えないなら、どうぞここから出ていってください。仕事をする気のない人間は必要ない。ただし、解雇する人間に政府の備品である防護服とマスクは渡せない。そのまま出ていっていただく。」


 誰も動けない。

 佐藤を中心とする防衛族一派は、あくまでも『国民』は非感染者のみ——と決めてかかっている。

 感染者は駆除する。という方針に(のっと)ってのみデータをそろえよというのだ。

 もし感染すれば、それは『国民』ではなくなることを意味する。


「あなた方には()()という概念がないのか? 患者も同じ人間として救おうという考えは全くないのか?」

 百合葉が低く静かに言った。敬語を全く使っていない。


 蟾蜍の顔から薄ら笑いが消えた。

「青臭いな。青臭いが、君は解雇しない。ここにいてもらう。」


 百合葉を野に放ってしまえば人を束ねて動かしてしまいかねない、と危惧しているのであろう。

 逆にいえば、敬語を使わなかった百合葉の意思と覚悟をその程度——と見くびったのだろう。蟾蜍は百合葉の次の行動を全く予想できていなかった。


 百合葉は言葉では応じなかった。

 手元の椅子を持って振り上げたのだ。


 蟾蜍はとっさに腕を上げて防御の姿勢をとった。

 このあたりは、さすがに自衛隊で訓練された男である。

 が、百合葉が椅子を振り下ろしたのは蟾蜍に対してではなく、すぐ脇の窓ガラスに対してだった。


 ガシャン!


 とガラスが割れ、外の風がびゅうと吹き込んできた。


「なにを‥‥?」


「これで‥‥」

 百合葉が狂気を孕んだ目で蟾蜍を見る。

「誰もが感染するリスクを負った。」


 蟾蜍の秀麗な顔がひきつった。

 この男は‥‥、百合葉が椅子に手をかけて立ったままでいたのは、最初からこれをやる気だったのか?

 正気じゃない!


「さあ()()、あなたも焼き殺されますか?」



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― 新着の感想 ―
正義を貫くためのイカれた行為にシビれます……(´;ω;`) こういう人間、好きです!
無茶苦茶しよる! ここに無茶無茶する奴が居ます! うわぁぁぁぁぁ! これはアツイ展開。ひどく続きを楽しみにします!
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