4 奇病
長田輝彦はパソコンの前で頭を抱えていた。
こんなことって、あり得るのか?
輝彦は30代半ば。理科医大病院に勤務する皮膚科の医師である。
この1週間の間に患者は4人。
皮膚に草や苔が生えたといって受診してきた患者だ。
皮膚に生えたからということで患者は皮膚科に来たが、正直言ってこんなの皮膚科の仕事じゃない。
というより、こんな症例見たことも聞いたこともないし、輝彦の知識範囲でできることなど何もない。が、しかし‥‥。
医師である以上、診ないというわけにもいかない。
「ちぎってもちぎっても、生えてくるんです。」
最初に来院した50代の主婦は、そう訴えた。
その主婦は手の甲に何かの草の芽が出ていた。
MRI を撮ってみると、表面に出ている部分は小さかったが、その根は真皮の中だけでなく筋肉組織にまで網の目のように張り巡らされていた。
根は手の甲だけでなく、腕を覆って肘にまで達している。
「なんだ、これは?」
痛みはないという。
「少し手が動かしにくいですが‥‥。わたし、どうなるんでしょう?」
輝彦はどう答えていいかわからない。
「内科の方でも診てもらってください。」
輝彦はMRI の画像を内科の方に送って、患者を内科に行かせた。
程なくして、内科の今日の担当医師、日比野東志から内線電話がかかってきた。
輝彦は「ちっ」という表情で電話に出る。
「こんなの内科に送ってもらったって困るよ。外科の仕事じゃないのか?」
互いに押し付け合うようなやり取りの後、とりあえず入院してもらうことにした。
その後、木見田院長の鶴の一声で、患者に対する顔として「主治医」は皮膚科の輝彦が務めるという形を押し付けられた。
内科も外科も含めた全院体制で臨むということで、輝彦は説得されたのだ。
主治医と言われても‥‥‥。
見たことも聞いたこともない症例なのだ。治療方針すら立たない。
「血液検査の結果では、患者の免疫機能に異常は見られないということだ」
内科の日比野が夕方の連絡会議で、データを見ながら言った。
「なぜ、この根には患者の免疫が効かないんだろう?」
「これだけ組織に浸潤してしまった根を手術で取り去るのは難しいです。腕の筋肉もほとんどがダメになりそうですから、外科的に処置するとしたら肘から先の切断しかないですね。」
「痛みもないのに、患者としては承諾しにくいでしょうね。」
「これ以上根が拡がらないようにすることはできないもんですかね? あるいは根を枯らす方法とか。」
「庭師もメンバーに加えますか?」
はは‥‥と小さな笑いが起こってから、皆また深刻な顔になった。
まさか除草剤を処方するわけにもいくまい。
結局、手術は少し待って、抗生物質を試してみることになった。
これが意外に上手くいった。
植物は枯れはしなかったが、根の成長は止まったようだった。
そんなことをしているうちに、この症例の患者が増えた。
高校生3人だ。
しかも同じ高校の1年生で、男子生徒が2人、女子生徒が1人。
男子生徒の1人は腕に何か草の芽と苔を生やしており、もう1人は苔ばかりが腕から手のひらにかけて生えていた。
女子生徒は頬に草の芽が生えていた。
男子2人は根が肩まで伸びていて、切断するとすれば肩から先全部になる。
女子生徒の場合はさらに深刻だった。顔から頭、首の付け根のあたりまで、根は蔓延ってしまっているのだ。
幸い、頭蓋骨の中にまでは侵入していないようだが、手術もできないこの少女は、このままではどうなってしまうのか?
いや、それ以上に‥‥
感染するのか? と、輝彦は身構えた。
感染するとしたら、病院の体制を変えなければならない。
白井許東病院のあの先生なら、根だけを摘出する手術も短時間でできるかもしれませんが‥‥(^^;)