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GREEN FOREST  作者: Aju
39/52

39 人道

「ゼロイープスとは?」


 ついに百合葉は言葉を発した。

 もはや我が身の安全だけを考えて黙っている場合ではなさそうだ。


「文字通り。イープス菌の全てを駆除したエリアだ。まずは首都圏と自衛隊基地周辺を駆除し、無事な()()を避難させたのちエリアを広げてゆく。最終的には日本全土をゼロエリアとする。」


 なるほど。

 揚羽の言っていたとおり、感染者は()()ではないのか‥‥。


「患者の人権はどうなるのです? 治療法がないからといって、殺すというのはあまりにも人道を逸脱している。第一、法からも逸脱しています。いくら総理であっても、その権限はないはずでしょう?」


 百合葉は意を決した。

 これは止めなければならない。


「立法機関が機能しているのかね? 司法機関が機能しているのかね?」

 佐藤は冷ややかな目をして顎を上げた。

「だからこそ、行政として適切な処置が行えるよう閣議決定をするのだ。このままでは国が滅ぶ。」


「国家とは何です? 国民あっての国家ではありませんか。」


「青臭い観念論を言うな、百合葉くん! 現実を見ろ。患者はただ、生きたまま植物に体も脳も乗っ取られていくだけではないか。感染していない国民を守るのが、国家としての責務だ。」

 佐藤は少し表情を和らげた。

「何も意識のあるまま焼き殺そうというんじゃない。麻酔剤を投与し、しかるのちにイープス菌を焼却処分する。治療できない以上、安楽死させてやるのも患者に対する慈悲というものではないかね?」


「治療法はあります!」と言いそうになって、百合葉はかろうじてその言葉を喉で止めた。

 迂闊(うかつ)なことを言えば、この男はあの理科医大病院に対してだって何をやるかわかったものではない。

 両手を後ろで広げて、スタッフたちの迂闊な発言も止めた。

 マイクがそれを拾わないとも限らないからだ。


「閣議決定には全閣僚の賛成が必要だ。人道には最大限配慮する。賛同してくれるな、百合葉くん?」


 しかし‥‥‥

 厚労省として、患者の殺処分など認められるわけがないではないか。


 そう思った瞬間、鳥インフルの殺処分風景が百合葉の頭に浮かんだ。

 百合葉はそれを()()で否定する。

 人間とニワトリは違う。


 だが、そんな百合葉の背後から、誰かのささやき声が聞こえたような気がした。



 イープスは、人体と植物の境界を曖昧にした。

 まして、動物同士の(とり)と人間の命の間にどういう差があるというのだ?



「賛成はできません。治療法を探すべきです。」


 百合葉の答えを聞いて、佐藤の表情が固くなった。


「百合葉くん。君を厚労大臣から解任する。当面私が兼任するが、すぐにしかるべき人物を任命してそちらに赴かせる。閣議から外れてくれたまえ。」

 オンラインの接続が切れた。


「患者を‥‥焼き殺す‥‥?」

 誰かがつぶやいた。


「すぐに厚労大臣と名乗って自衛隊の誰かが来るぞ。」

 百合葉は念の為、オンライン閣議に使っていたパソコンの電源を落としてからスタッフたちをふり返って言った。


菅野(すげの)! 今、ここにある食料の半分を持って8階の資料室に立てこもれ。鍵をかけて何があっても出てくるな。パスワードはおまえの頭の中にだけある。」

 葵が驚いた顔で百合葉を見る。

「資料室のパソコンに私が事態の説明をするメールの文案を送るから、それをリスト先に一斉配信しろ。協力してくれていた病院やコミュニティを奴らの暴力から守らねばならん。行け!」


 葵が駆け出したのを見届けてから、百合葉は別の若いスタッフの名を呼んだ。

小山内(おさない)! 残りの食料を持って地下の機械室に立てこもれ。空調を我々が支配する。」

 小山内も駆け出していった。


「残りの人で帰りたい人は、今のうちに帰ってください。」

 この先、望まぬ仕事をさせられることになるだろう。


「何の! 暴力しか頭にないバカとは戦ってやりますよ。」

「そうだ。我々の方が人数は多いんだ。銃など隙を見て奪ってしまえばいい。」


「威勢のいいことを言うな。訓練を受けた兵士を舐めるんじゃない。」

 百合葉は怒りに任せたスタッフの言葉を抑える。

「本当に、帰りたい人は遠慮せず帰ってください。残る人は、私に全てを任せてもらえますか?」


 2人が小さく頭を下げて出ていった。


「感染した家族が‥‥いるもので‥‥」

 そう言って3人目が出ていった。

 残りはむしろ、静かに怒りをたたえた目をしている。



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