37 食糧
須々木原先生からはすぐ返事がきた。
NET空間では検索はかなり怪しくなってきたが、個人間の通信はまだ大丈夫のようだった。
町中であっても、そこらへんに生える草のかなりのものは食べられるのだということがわかった。
配給が滞っても、なんとなればその知識を持っていれば飢えなくてすむかもしれない。
しかし同時に、問題もはっきりした。
主食になる炭水化物がないのだ。
米や小麦は、今のところ配給に頼るしかない。
政府が配給の手配をしてくれている食料や日用品は、トラックが来る間隔がどんどん長くなってきていた。
「そもそも、モノが手に入らないらしいんだ。」
理科医大病院にきたトラック運転手は、そんなふうに言っていた。
「生産現場の供給力は著しく落ちてるって。」
米に関しては今のところ政府の備蓄米でなんとかなっているけれども、それが尽きるのも時間の問題であるらしい。
須々木原先生は、ジャガイモとサツマイモの栽培法を説明画を付けて樹神家のパソコンに送ってくれた。
「稲は来年まで待たないと作付けできませんから。」
種籾はどこにあるんだろう?
と啓介は思ったが、瑠奈のお父さんが「郊外の田んぼからいただけばいい」と言った。
「10月末まで待って刈り取られていない田んぼは、おそらく持ち主が感染してしまったものだと思うから。その田んぼもそのまま使わせてもらえばいいだろう。」
しかし、その米が手に入るのは上手くいっても来年になる。
その前に政府の備蓄米は尽きるかもしれないし、そもそも持ち主でない誰かがさっさと持っていってしまうかもしれない。
社会の秩序が壊れ始めた今は、この先、弱肉強食の野生の世界になるかもしれないのだ。
少なくとも生産手段を持たない都会人にとっては、奪う以外の手段を思いつけない可能性が高い。
やがて懸念は現実になった。
トラック便が滞るようになると、徐々に空腹感が啓介たちを悩ませるようになった。
樹神家の人たちは何も言わないけれど、食卓に並ぶ食事の量が減ってきた。
6人分には足りないのだ。
「瑠奈。これ食べて。」
啓介は1皿を瑠奈の方に押しやる。
「もう食べないのか? 啓介くん。君らは育ち盛りなんだから、遠慮しなくていいぞ。」
お父さんの響紀さんが啓介に言う。
「はい、大丈夫です。」
言った途端におなかが、ぐうぅ、と鳴って啓介は赤面した。
「食べてよ、啓介。」
瑠奈が皿を押し戻す。
「いや、大丈夫だ。親父たちはもうあんまり食べないから、余った分を後で食べるから。」
嘘である。
啓介の両親は、何の遠慮もなく部屋に啓介が持ち帰った食べ物をむしゃむしゃと食べてしまうのだ。
彼らはまるで、子どものように素直で、子どものように無遠慮だった。
その姿を見ながら啓介は今、非常の決断を下そうとしている。
「親父、おふくろ。外へ出ようか。」
啓介はマスクとゴーグルを着けて2人の手を引いた。
瑠奈の家の近くの公園まで、両親の手を引いて歩く。
公園のベンチに2人を並んで座らせた。
「親父。おふくろを頼むよ。」
父親はぼんやりした顔で啓介を見上げ、「うん」と子どもみたいな返事をした。
「啓介!」
マスクとゴーグルを着けた瑠奈が走ってきた。
「何やってんの!?」
啓介はふりかえる。
瑠奈の泣きそうな目がゴーグルの中に見えた。
「これが一番いいんだ。ここにいれば、2人とも食べなくても大丈夫だから。」
瑠奈は反論しようとするが、言葉が見つからない。
実際、食糧は足りないのだ。
啓介の背中に瑠奈がしがみついた。
小刻みに震えているのは、泣いているのだろう。
そんな若い2人にお構いなく、啓介の両親はのんびりした表情でベンチに並んで座っている。
日差しは穏やかだ。
「こうしてると、親父とおふくろデートしてるみたいだな。」
そう言った途端、啓介の目からも涙があふれ出た。