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GREEN FOREST  作者: Aju
35/52

35 官邸へ

 官邸の対応が明らかにおかしくなってきた。

 百合葉が電話をしても、どこか歯切れが悪くなってきているのだ。


 別に百合葉の仕事に支障が出ているわけではない。

 厚労省としての仕事そのものは、細々(ほそぼそ)ながら動いている。

 そうはいっても、社会全体のシステムが先細っているので、問題は山積だったが。


 百合葉が嫌な感じを受けているのはそこではない。

 食料調達を主な仕事にしている農水省。物流を支えている国交相と経産省。それらと医療を支える厚労省が密に連絡を取り合うハブになっていたのが官邸なのだが、その官邸の動きが最近少しおかしいのだ。


「何かあったんですか?」

 百合葉がそう聞いても、官邸事務方の揚羽(あげは)の反応は鈍い。


「どうも嫌な感じがする。官邸まで行ってくる。もし何かあったらここを頼む。」

 百合葉は(あおい)にそう言ってマスクを付けた。

 葵がすごく不安そうな顔をする。

「何かあったら——というだけだ。すぐ戻ってくる。この目で確かめたいことがあるんだ。」


 各地の病院や研究機関からこの数週間に寄せられた情報で、イープス菌の感染メカニズムが少しずつわかってきた。

 胞子は皮膚に付いたくらいでは感染しないらしい。

 空気中に漂う胞子を吸い込んだことで、鼻腔や気道の粘膜から侵入するようなのだ。

 最初の頃、手足に植物が生えていた患者はどうも庭仕事などをしているときに小さな擦過傷ができ、そこから胞子に侵入されたのだと推測されるということだった。

 イープスの病名が知れ渡ってからは、あまり症例がないという。


 そう考えれば、イープス患者の大半が上半身を菌糸に侵されている理由も説明がつく。


 植物はイープス菌と結びつくことで人体との親和性を獲得し、また、理想的な成長環境を得て驚異的なスピードで成長するらしい。

 最初に顔に植物が生え始めるのも、食事の際に食べた生野菜の破片などがイープス菌の中で再生し、光を求めて外へ出てくる——ということらしかった。

 シャーレの中で植物片から成体が再生するのと同じだ。——と須々木原氏は言っていた。


 須々木原氏の考案した簡易シェルターや、こうした最新の知見を利用して、最近は百合葉たちも庁舎内やホテル内ではマスクや防護服を脱ぐことが可能になっていた。


 まだ完全な防疫方法も安全な治療法も見つけられてはいないが、それを見つけられれば徐々に社会を再構築することも可能だろう。


 それなのに、なぜ今、動きが鈍る?

 官邸は、揚羽は何を考えているのだ?


 百合葉が気になったのは、オンラインで会話しているときに揚羽の背後にちらりと映った軍服だった。

 あれは確かに軍服だった。


 クーデター?


 国防省はこの状況下でたしかに非協力的だったが‥‥。

 しかし、こんな状況でクーデターを起こして、彼らはいったい何をやる気なのだ?


 百合葉が葵に「あとを頼む」と言い残してきたのは、最悪の事態を想定したからだった。



 貴重なガソリンを使って、公用車で官邸に乗りつける。

 外に警備はいなかった。


 警備員は玄関の中にいた。

 ただし、普段の警備員ではない。

 軍服を着た自衛隊員で、小銃を持っている。


 官邸の玄関は、急ごしらえのシャワー設備と濡れた布を何重にも垂らした臨時防疫設備が作られていた。

 防護服をびしょ濡れにしてそれを通り抜けたあと、百合葉は銃で行く手をさえぎられた。


「厚労省の百合葉だ。」

 百合葉は首から下げたIDカードを見せる。

 物々しい防毒マスクを着けた隊員がフェイスマスク越しに百合葉の顔を覗き込み、IDカードの顔写真と何度も見比べた。

「不審なら揚羽さんに照会しろ。」

 百合葉もあえて威丈高に出る。


 隊員が誰かと連絡を取っているようだった。

 百合葉はマスクを脱いで、監視カメラの方に顔を向ける。

 この中にイープスの胞子はないだろう。

 胞子が入り込んでるなら、揚羽はとっくの昔に感染しているはずだ。


 自衛隊員が銃を振って、行け、という合図をした。

「OKだ。総理がお待ちだ。」


 総理‥‥?

 


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