34 一つ屋根の下
「啓介くん、よかったらうちに来て一緒に暮らさないか?」
双葉家の分の食料品と須々木原先生の分をそれぞれまとめてゴーグルとマスクの確認をしている時、瑠奈のお父さんの響紀さんが言った。
「曝露の可能性のある時間をできるだけ減らした方がいいだろう。ご両親も連れてくればいい。」
それは‥‥と啓介は思う。
「父母は胞子を発散します。」
「でも周期はわかっているのだから対策はとれる。現にきみはそれで上手く凌いでいるじゃないか。大学病院を見てもわかると思うけど、できるだけまとまって助け合った方がいいと思う。」
たしかに、それは助かるけれど‥‥。しかしそこまで甘えてしまっていいものだろうか?
もっとも、今だって車で送り迎えしてもらったりと、すでに十分に甘えてはいるのだが‥‥。
「ガソリンも手に入りにくくなってきているし、そんなに広い家じゃないけどあと3〜4人は暮らせる程度の広さはあるよ。なにより‥‥」
と響紀さんはちょっとウインクするみたいに片目を細めて見せた。
「瑠奈がきみのことを心配して落ち着かないんだ。そばにいてやってくれないかな。」
この一言が、啓介を陥落させた。
啓介は父母を連れて、瑠奈の家にお世話になることになった。
響紀さんは須々木原先生にも声をかけたが、先生は自分の家から出ることを嫌がった。
食料などは響紀さんが先生の家まで届けることにした。
「すみません。わがまま言って‥‥。」
と先生は申し訳なさそうにしていたが、しかし共同生活は頑として受け入れようとしなかった。
暴露の可能性を最小限にしたいのだろう。
先生の家の玄関には、布で作った急ごしらえの「風除室」が設けられていた。
互いに重ね合わせるように天井から床まで下げた綿の布は、人が出入りする時にはシャワーで水をかけて濡らす。
濡れた布をかき分けるようにして狭い風除室の中に入り、そこに荷物を置く。
先生は部屋の方から布をかき分けて風除室に入り、濡れタオルで荷物を1つずつ拭いて部屋に持ち込む。
そんな手順だ。
この方式は病院でも採用されていて、今は瑠奈の家の勝手口もそうなっている。
外に出た人間は荷物をこの「風除室」に運び込み、入れ違いに中の人がそれを取り込む。
そのあと、外に出ていた人(たいていは響紀さんと啓介だ)は外で頭から水をかぶり、ここを通って浴室まで行って着替えるのだ。
勝手口にしたのは、そこが玄関より浴室に近いからだ。
「3人で1つの部屋じゃ狭いでしょ。啓介わたしの部屋で寝る?」
瑠奈が冗談めかしたようにして、そんなことを言う。
ご両親はそんな瑠奈をにこにこ笑って見ている。
完全にご両親公認‥‥ということか。(というより、ほぼ入婿状態?)
少し嬉しくもあり、ホッとするところでもあるんだけど——。いくらそうでも、さすがに啓介も初日からそれは遠慮した。
「親父たちの様子見てないと‥‥。慣れないところで迷惑かけるようなことしてもなんだし。」
「そっか。残念。」
なんだか久しぶりに瑠奈がはしゃいでいる。
瑠奈の両親はそれが嬉しいのかもしれない。
しかし状況は改善するどころか、さらに悪化していくようだった。
物資を配送するトラックの来る頻度が減り、調達できる食料の種類も量も、回を追うごとに減っていった。
僕たち都会人は、食料も何も生産していないんだ‥‥。
そのことを啓介は肌身で思い知った。
コメの1粒も作っていない。作り方もわからない。
1週間ほど前からはNET環境にも不具合が増え、その頃から政府や他のコミュニティとの連絡も取りづらくなった。
孤立感。
それが瑠奈の家族と一緒にいても、啓介を襲ってくる。
災害で集落が孤立した——というニュースをなんとなく聞き流していた啓介は、そういう境遇に陥った人たちの不安というものをまるで想像できていなかった。‥‥と思う。
それでもそういう集落共同体には「きっと助けが来る」という希望があっただろう。
しかし今の啓介たちの状況は、それよりも悪い。徐々に先細ってゆく——というだけのものなのだ。
「大丈夫。1人じゃないから‥‥。」
そう言って瑠奈は啓介の目を見て無理に笑って見せた。
それから、啓介の胸にことん、と頭をあずけてくる。
「啓介がいるから‥‥。」
そうだ。
と、啓介は思う。
不安がってる場合じゃない。
瑠奈を守らなくては——。
配給される食料に頼ってるだけじゃなく、自分たちでなんとかすることも考えなくては‥‥。
啓介は須々木原先生の携帯にショートメールを入れた。
『食べられる植物を教えてください』