33 クーデター
「スプリンクラーがあるのだろう?」
佐藤が揚羽に詰問した。
「あ‥‥ありますが‥‥?」
「作動させろ。」
何を言っているのだ、この人は?
「封鎖されたセンターの中のスプリンクラーを作動させろと言っておる。」
佐藤はマスクの向こうで、頭の悪いやつだと言わんばかりの目を揚羽に向けた。
「胞子を水で抑え込む。中が見たい。」
「そん‥‥そんなことは、外部からはできません。中で起きた火災に反応するだけですから。」
「ならば、火災を起こすまでだ。自衛隊のマスクを貸してやる。鍵を持ってついてこい。」
エレベーターで地下へ下り、危機管理センターの扉の前まで来ると佐藤は天井を見上げた。
いつもならいるのであろう警備員は1人もおらず、地下は無人だった。
佐藤は部下に対してあごをしゃくる。
部下の1人がうなずき、何か筒のようなものを取り出すと、それにライターで火をつけた。
炎が吹き出したそれを、天井のスプリンクラーに向ける。
ぱん!
とスプリンクラーが弾けて、勢いよく散水し始め、廊下に警報が鳴り響いた。
再び佐藤があごをしゃくると、1人の部下が扉の取っ手を持ち身構える。
もう1人が先ほどと同じ筒に火をつけると、タイミングを見計らって取っ手を持っていた部下が扉をわずかに開けた。
その中へ火を噴く筒を持った部下がそれを投げ入れ、取っ手を持つ部下はすぐに扉を閉める。
なれた手際に、揚羽は唖然とした。
こいつらは‥‥。状況をおおよそわかった上で、あらかじめ手順を決めてここへ来たのか?
それは‥‥
確信的なクーデターではないか——。
しかし、銃を持った自衛隊員を前に揚羽にはそれを口に出す勇気は持てなかった。
ここまでハラを決めてきた軍人に対して、ひとつ対応を誤れば‥‥。
「開けろ。」
しばらくして、佐藤が低い声で命じた。
入り口の扉が大きく開け放たれる。
スプリンクラーの水圧は弱まっていたが、まだ水を噴き出してはいた。
そして。
4人は声もなく佇むことになった。
そこは、白いジャングルだった。
光が足りなかったのだろう。
もやしのようにヒョロヒョロと伸びた植物は緑が薄く、支える力が弱いのか絡まり合ってうなだれるように萎れかけていた。
円卓や床や壁に盛り上がるようにへばりついた白い何かは、おそらくイープスの菌糸の塊‥‥。
それらをつなぐように絡まり合って、壁や床に這い回る白い糸状のものは菌糸だろう。
水を求めて這い回ったに違いない。
ペットボトルは全てカラだった。
光合成が不足して栄養を十分に作り出すことができなかった植物はもやしのようになり、菌糸だけが植物と人体の栄養を吸い取って‥‥。
円卓を囲むようにして山のようにいくつも盛り上がった白い塊は、かろうじて人の形を残しているだけだ。
その顔らしき部分に目の残っている「山」があり、その目がゆっくりとではあったが、ぎょろり、と入り口の方を見た。
揚羽はマスクの中で吐きそうになり、思わず顔を背けてうずくまった。
「もういい。閉めろ。」
佐藤が冷ややかに命じる。
部下たちはそれに従った。
こいつらは‥‥、あれを見ても生理的な反応すらしないのか?
スプリンクラーの水は弱まっているが、まだ滴り落ちている。
「おい、おまえ。警備室へ行って、警報と水を止めてこい。」
揚羽は一刻も早くその場を離れたくて、よろけながら警備室へと向かった。
途中、せり上がってきたものを我慢できず、マスクの中に吐いてしまった。
酸っぱい。
臭い。
しかし‥‥、この地下通路でマスクを取ってしまったら‥‥。
もしかして飛散を防げなかった胞子を吸ってしまったら‥‥。
あの白い塊が再び脳裏に浮かんだ。
いやだ!
あんなふうには、なりたくない!