表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GREEN FOREST  作者: Aju
23/37

23 政府

 この状況をどう捉えていいのか。


 百合葉は激務の中で、かすかに頭の隅で思った。

 職場は完全にブラックになっているが、今はもうそれを気にしている状況ではない。


 1週間前2度目の感染爆発が起こったことで、文明社会はほぼその機能を失ってしまったようだった。

 政府内でも、今は総理をはじめ大臣クラスのほとんどが感染してしまっている。


 政治家は引きこもっていることはできない。人と頻繁に会わねば仕事にならない稼業だ。必然的に感染リスクは高くなるのだが‥‥、それにしても‥‥。

 これほどの数の閣僚級が感染してしまうとは‥‥。


 日本の政治は官僚が動かしている——と、かつて誰かが言っていたが、今はまさに名実ともにその状況になってしまった。

 イープスに侵されて()()になってしまった彼らは、文字通りの意味で官僚の言いなりになってしまったのだ。

 政策立案も決断も、百合葉たち官僚が行うことになった。そうせざるを得なくなった。


「有権者向けのパフォーマンスばかりやっているヤツらの重荷がとれて、実質的な権力が手に入ったということだ。」

 そう言ってほくそ笑んでいた次官も、翌日には感染症状が出た。

 国家を動かす責任と重圧が、残った百合葉たちの肩にのしかかってきた。


 入ってくる情報も極端に減った。

 外務省の百合葉よりも若い担当職員は、他国も似たような状況らしい、と言ってきた。連絡が取れなくなった大使館もあるという。

「戦争やってたところも、それどころじゃなくなったらしいですよ。皮肉なもんですね。」

 そいつはそう言って、ビデオ通話の画面の向こうで乾いた笑いを一つ漏らした。


 ここにきてようやく省庁間の枠が取り払われ、横の連携ができるようになった。

 いや、そうせざるを得なくなった。


 皮肉なもんですね——。

 百合葉も腹の中でその言葉を繰り返し、片方の口の端だけを上げる。


 何から手をつけて何をすればいいのか?

 その手掛かりとなる基本情報さえ入ってこなくなった今、施策の立案ですら()()に頼るしかなくなっている。


 実情を知るべく地方の現場などに視察に向かった同僚は、帰ってきてから3日も経つと()()になってしまった。

 報告は役に立ったが、()()を彼らに頼るわけにはいかない。


 そうした激務の傍ら、大臣たちの顔に生えてくる植物の芽を毎日摘み取る必要もあった。

 政府広報として流す動画に写ってもらうためだ。

 こちらが作った原稿をそのまま読み上げてもらうだけのことだが、それでも顔に緑色の植物が生えていては国民の不安を煽ってしまうだろう。

 もっとも、それを見ている「国民」がどれくらいいるのだろうか?


 ただ、この摘み取り作業については単純作業なので、百合葉はふと思いついて次官に指示してやらせてみた。

 かつての厄介な上司だった次官は、百合葉の()()に素直に従って黙々と大臣たちの顔の緑を摘み取り続けている。


「あはは‥‥あはははははは‥‥!」


 大臣も上司も、皆そろって従順になってしまった今、まさに百合葉たち若い官僚が国家を思い通りに動かせるようになったわけだ。


 権力。

 たしかに、ある意味、百合葉たち若手官僚は上が感染してしまったことで、彼らの権力の代行者としてその力を手にしたとも言える。

 命ずれば、昨日までの上司でさえ諾々と単純作業に従事する。

 誰も逆らわない。


 しかし、彼らにできるのはルーティンワークや単純作業だけだった。

 積極的に何かをすることもなく、複雑な思考も判断もしなくなっている。少なくとも、表面上はそう見える。


 権力は、図らずも自分の手に落ちてきた。

 しかし‥‥、何をどう動かせばいいのかの判断材料となる情報が入ってこない。

 情報を集め、分析し、要旨をまとめた上で上げてくる人材が圧倒的に足りなくなってしまったのだ。


 情報は現場にある。

 しかし、現場は最も感染リスクが高い。

 百合葉のところにも、すでに医療機関の情報などはほとんど入ってこなくなっていた。

 医療が崩壊しているのは、ほぼ間違いないだろう。


 インフラはなぜか今のところ、まだ機能していた。

 電気も水道も通信も、そして細々だが物流も——。食料もかろうじてだが、手に入る。

 ‥‥‥今は。


 おそらく、水道や電気、通信などは自動化されたシステムも多く、感染者が増えてもルーティンワークなら回っていくのだろう。

 だが、食料はどうだ?


 物流の現場は、どうしたって胞子に触れるリスクは高い。

 実際、事故ったトラックで高速道路が不通になっているといった情報も、未確認ながら入ってきている。


 国交省の若手官僚は通話口で「何をどうしていいかわからない」と半泣きの声で百合葉に訴えてきた。

 そう言われたところで、百合葉にもどうしてやることもできない。


 権力というものが、これほど孤独で苦しいものだとは‥‥。


 全てを投げ捨てて逃げ出したくなる。

 どこへ‥‥?

 安全な場所がどこにあるというのだ?


 ほとんど絶望に心臓を握りつぶされそうになった頃、百合葉はふとあれを思い出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 ディストピア状態キタァァァァ!  でも実際物流がどうなってるのか気になりますね。兵站の話ですが、1000人の部隊には1日で1t近くの食料が必要になります。  一千万人以上が住んでいて食料自給能力の低…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ