21 そして謎
輝彦にとって、その人物との出会いはまさに暁光だった。
その人物。
須々木原享。森脇高校の生物担当教師。特に他の肩書きはない。
添付しておいたメールアドレスに返ってきた返信には、まずこう書かれていた。
『渡辺くん、峯岸くん、そして少し後に入院した宮迫さんの様子は今どんなでしょうか?』
ああ、信頼できそうな人物だ。まず生徒のことを心配している。
状況は家族の代表にメールするだけで、それもここ数日はざっくりしたものだけになっている。スタッフにそれだけの余裕がないのだ。
学校の先生にまで情報は行っていないだろう。
輝彦は病院の現在の状況を正直に書いて、イープスに対してわかっていることや取りうる対応策などの助言がほしいとお願いしてみた。
できればお会いしたい——とも。
須々木原は『自分は動くことができないので、写真を送ってもらえないか』という意味のことを返信してきた。
輝彦は治療を続けている患者の例として、須々木原が気にしていた生徒3人の現在の写真を撮って添付し、ついでに放置した場合の例として院長の写真を付けた。
『この写真はご家族にも見せていないものです。先生にだけお見せしているものですので、他の人には見せないようにしてください』
ほどなくして須々木原から返信がくる。
『院長先生は、トイレとかはどうしてるんです? 食欲は? 普通に食べていますか? うちの生徒たちよりも進行しているように見えますが』
鋭い。
写真1枚だけで、核心部分を突いた質問をしてくる。
『生徒さんたちは普通に食べていますし、トイレにも自分で行きます。院長はもうほとんど何も食べず、水ばかり飲んでいます。排泄はありません。植物との間で循環しているのではないかと推測しています』
『おそらく、そういうことでしょう。植物と人体をつなぐ役割をイープス菌糸が果たしているのなら、十分考えられる現象と言えます。その先はどうだかわかりませんが、腸や膀胱、あるいは血管にも、その機能を損傷させないままで侵入していると考えられます。』
『アフリカの映像では、ほとんど藪になっていました。あれでも患者が死んでいないということは、先生はどう考えられますか?』
『あの状態でなお、人体が無事かどうかはわかりません。ただ、目が動いていたということは、少なくとも脳はまだ活動しているということです。それよりも大きな謎は』
と須々木原は続けた。
『マウスには感染しなかったのでしょう?』
『こんな奇妙な菌類が、しかも人体のみに特化したようなものが、突然現れるのは考えられないほど確率の低いことです。
通常は最初もっと劇症を伴う病変として現れ、それから変異を重ねて親和性を増してゆくものです。他の動物にも似たような症状のものがあるのが普通です』
『そこが私も不思議なんです。そういう情報は、どこからも入ってこないのです』
『こんなこと書くと変に思われるかもしれませんが、この現れ方に何かとても恣意的なものを感じるのです。誰かが目的を持って、この菌類を創ったような』
そこまで送ってきたのち、須々木原のメッセージは沈黙した。
輝彦も内心それを疑ってはいたが、眼前の事態の対応に追われていたのと、陰謀論者などと言われるのではないか、という不安がそれを口にすることを押しとどめていた。
しかし今、この高校教師がメールに書いてきたことで、輝彦もその疑問をぶつけてみようという気になったのだ。
『先生は、これをどこかの国の生物兵器だと思われますか?』
かなり際どい質問を輝彦はしてみた。
それは、ある時からずっと輝彦の頭の隅にあった疑問だった。




