20 出会い
2度目のイープス菌糸駆除の高熱から解放された時、輝彦は新しい情報に接することになった。
輝彦にその情報をもたらしたのは、自身が感染したと知った時は最初泣いていた若い看護師の美都島優だった。
しかしその後はすぐに立ち直り、今は輝彦にとっても心強い戦士の1人になっている。
彼女もまた顔中に絆創膏を貼っていたが、それでも最低限のメイクはしているようだった。そうすることで「今日も戦える」という気がするのだという。
「非番の時間にNETの情報を探してみてたんですが‥‥」
そう言って自分のスマホでブクマしたサイトを開いて輝彦に見せた。
見せられたサイトのブログ記事を読んでみると、イープスについてかなり踏み込んで正確なことが書いてある。
「どこかの医者か研究者かな?」
ハンドルネームなので素性はわからない。
「長田先生、投稿の日時を見てください。」
優の指さす投稿日時を見て、輝彦は目を疑った。
ここで最初の胞子噴出が起こってからわずか3日後じゃないか!
まだ世間にはこれといった情報が出ていない時のはずだ。
そんな時期に、ここまで正確にイープスの性質や感染方法などを書いているこの人物は‥‥。
「何者だ?」
なぜこんなことを、この時点で知っているのだ?
「話を聞いてみたいが‥‥。」
今の状況の中では、少しでも情報が欲しい。‥‥が、どこの誰ともわからないのでは‥‥。
「それが‥‥この近くに住んでいるみたいなんです。」
優は少し遠慮がちにそう言う。
「なんだって?」
「このブログ、イープスの記事を書く前はただの趣味ブログみたいなんです。」
優はページを遡って輝彦に見せる。
「旅行先の風景の写真や植物の写真を載せて、同定して簡単な解説みたいなことを書いてるだけです。植物や昆虫なんかには詳しい人みたいですね。」
たしかに、なんということもない写真ばかりの趣味のブログだ。
政治の話題も時事の話題も載せていない。
『学校』という言葉が出てきたので、教育関係の仕事をしている人かもしれないが‥‥。
しかしこの大学ではない。理科医大の関係者なら、病院がこの事態に陥っているときにこれほどの知見を呑気にブログに書いているだけのはずがない。
何者だろう?
「それで、これなんですけど。」
優はさらにページを繰って、一枚の写真を表示してみせた。
その写真を見ただけで、輝彦は優の言っていることがわかった。
『家から見た夕焼け』と題されたその写真には、見覚えのあるものが写っていたのだ。
この市の市民なら誰でも知っているであろう、ランドマークとなる高層建築。その位置と大きさ。そして投稿された日付と合わせて見るならば‥‥。
この人物の「家」は、理科医大病院の東方、5〜10キロ圏内にある!
しかし、プロファイリングはそこまでだった。
デジタルスキルが一般人と何も変わらない輝彦や優にとって、それ以上この人物について特定する手段は持っていない。
しかし、幸いにも‥‥。
「コメントができる。」
ログインすれば、コメントができる機能があった。
輝彦はこのブログサイトのアカウントを作り、ログインしてメッセージを送ってみることにした。
幸い、ブログサイトはまだ正常に機能していた。
コメントは相手の承認後に表示される設定のようだったが、とりあえず送ることはできる。
どんなことでもいい。
この人物の見解が聞いてみたい。
あの時点であれだけの知見を持っていたのだとすれば、この人物はこの件に関するなんらかの専門家であるに違いない。
頼む。反応してくれ。
輝彦は祈るような気持ちで自分の名前と病院の名前を明かし、簡潔に今の状況を書いて「ご意見が伺いたい」旨のコメントを、この誰ともわからない人物=ハンドルネーム「カレススキ」さんに送った。
プライベートのメールアドレスも付けておいた。
その返事は、驚いたことにその日の夕方には輝彦のスマホのメールに返ってきた。
『うちの生徒がイープスに感染してまして、そちらにお世話になっております』