13 種の壁
輝彦は泣いている結衣の肩を、がしっとつかんだ。
「諦めるな。俺たちでやるんだ! 見つけ出すぞ。この病気の治療法を! このいやらしい菌糸を殺す方法を。」
結衣が涙目のままで輝彦を見上げる。
「結衣。おまえならやれる。」
俺だけでは、この病気の治療法を見つけるのは難しいかもしれない。
だが、常に予想外の発想を見せる結衣と一緒なら‥‥。何か新しい方法が見つけられるかもしれない。
実験台には、俺がなればいい。
医療倫理だの人権だの、知ったことか!
輝彦は結衣を救いたかった。
だがそんな輝彦を、ある誘惑が襲ってくる。
このまま‥‥。
いっそのこと‥‥。
このまま結衣と抱き合って‥‥、1つの藪になってしまうのも‥‥いいかもしれない。
‥‥‥‥‥‥
木見田は院長室で頭を抱え込んでいた。
この件のリーダーを務めていた長田が、感染者として東棟に閉じ込められてしまった。
それどころか、胞子が患者から吹き出した当時は東棟にいなかった医師やスタッフにまで、続々と感染者が発見され増え続けている。
胞子が東棟の外にまで漏れ出てしまったのに違いない。
そもそも、この病院の建物はBSL-4とかで出来てるわけじゃない。20年前に建ったただの病院だ。
長田によれば、感染初期には自覚症状がないというから、今のところMRI による造影検査をしなければ感染は発見できない。
全職員の検査を義務付けるべきか?
いや、それは人権の問題もあって強制はできないのでは‥‥?
それ以上に、木見田自身が感染しているかもしれないと思うと、検査を受けるのが怖かった。
もし‥‥。
もし、この病院もスタッフのほとんどが感染していたら‥‥。どうすればいいんだ?
病院自体を閉鎖するのか?
患者はどこが受け入れるんだ?
どんな治療を施せばいいんだ?
「厚労省は何をやってるんだ。」
木見田は顔を歪めてつぶやく。
「国が指針を出してくれなきゃ、民間ではどうにもならんだろう?」
だいたいなぜ、この菌類には人間の免疫が働かないのだ‥‥?
生体というものは、人間同士でさえ、臓器移植などをすれば拒否反応が起こる。
それは個体の中に別の個体の要素が入り込まないよう、自己保存のために備わった生命としての基本的システムじゃないか。
それが全く効かない生物(菌類)だと?
うちの検査部のあの変人女は、それを自分の血液で試した結果、この新種の菌類が人間の免疫反応を逃れていると言っていた。
その新種の菌類が取り憑くことで、人間の体が生きたままあらゆる植物の苗床になるだと?
植物と動物を融合させてしまうだと——?
そんなもの、あっていいはずがない。
それでは生物は「種」を維持できないではないか!
いや、それ以前に、個体としての自己の境界さえ維持できなくなるだろう。
人体と菌類と多種多様な植物が渾然一体となった生物‥‥‥?
それが‥‥
つまり‥‥
あのアフリカの村の、藪なのか‥‥?
その時、‥‥もとの人間はどうなっているんだ?
自分が自分であるという意識はあるのか‥‥?
木見田の頭では、すでについていけなくなりそうな現実だった。
「厚労省は‥‥何をやってるんだ‥‥」