12 オンライン授業
「菌類は広い意味では細菌なども含みますが、一般的に『菌類』というときには真核生物である真菌類のことを言います。真核生物はわかるね?」
授業を始めると、なんだかんだ言いながらも須々木原先生は教師の顔になった。
「イープスの病原体とされる菌類は——菌類としか発表されていませんが——菌糸や子実体を作るところから見て、真核生物で間違いないと思います。問題は、なぜ人体の免疫から免れているのか——ということですが‥‥」
そこまで言って、須々木原先生は困ったような顔で沈黙した。
「これに関しては、菌糸の実物を見たわけでもないし、検査結果のデータもないので何も確実なことは言えません。」
「先生の想像だけでもいいです。」
瑠奈が発言する。
「そう言われてもねえ‥‥。一応、教師だし、授業だから‥‥。君たちが、私のただの想像を事実だと勘違いしても‥‥」
「想像で結構です。生物学の可能性だけでも。」
啓介も発言した。
瑠奈の思いを後押ししたい。
生徒よりは生物学について知見のある須々木原の感想や想像だけでも、今は情報が欲しい。
「可能性だけでもわかれば、僕たちはこの事態に対処する方法を見つけやすくなります。」
啓介の言葉が背中を押したのか、須々木原先生は一度口を真一文字に引き締めてから再び話し始めた。
「菌類の中には植物の根の中に侵入しながら菌根という形で共生するものがあります。菌類は植物から有機物の栄養を受け取り、代わりに植物は地中に大きく伸びた菌糸のネットワークから養分となる無機物や水分を受け取るのです。
動けない植物は、それらの菌糸ネットワークにつながることによって、自分の根の届く範囲よりも遠くの水や養分を受け取ることができ、成長することができるのです。」
須々木原先生は話しながら手元で何か描いていたが、それを立てて画面に映して見せた。
それは下手くそな木の絵の根っこの先に、網の目のような細い菌糸(ふにゃふにゃの線だけで描かれている)が繋がっている絵だった。
「実は、地球上でいちばん大きな生き物は菌類なんです。菌類の中にはその菌糸ネットワークが2キロ平方メートル以上にもわたって延びているものもあります。全体の重さは数千トンとも言われています。」
啓介たち生徒は、一様に目を丸くする。
最大の生物は、シロナガスクジラとかじゃないんだ——。
「森の木々もこうして菌糸ネットワークにつながることで、条件の悪い場所でも成長し、生きてゆけるのです。」
須々木原先生はまた手元で何かを描いていたが、それを立てて画面に映し出して見せた。
さっきの絵に、さらに何本か木が書き加えられている。
それにしても、下手くそな絵だな‥‥。
「さらに驚くことに、1つの菌糸ネットワークにつながっているのは1種類の木だけじゃないんです。異種の木々が、同じ菌糸ネットワークを共有して生きているんです。」
ああ、それで‥‥。と啓介は思った。
下手くそな木の絵の形が1本ずつ違うのか‥‥。絵だけ見てたらわからないな。(笑)
「そして、これらの木々は、ただ同じ菌糸ネットワークにつながってるだけじゃなく、お互いに栄養を送り合ったり、『虫に喰われた』みたいな危険情報もやりとりしているということが最近の研究でわかってきました。種の違う植物が——です。菌糸ネットワークによって。
まるで森のインターネットです。菌類は、森のインフラですね。」
それって‥‥。すごい話じゃないか——。
植物って、ものも言わず、動くこともできず、ただそこに生えてるだけの生き物だと思っていた。
啓介は、自分の内側で何かが踊るような感覚を持った。
瑠奈も目をまん丸にして、食い入るように先生の下手くそな絵を見つめている。
この先生の話はこういうところが面白いんだ。
高校の教科書には載っていない、脱線した最先端の話が。
「ここから先は‥‥。私のただの想像ですから、そのつもりで聞いてください。」
須々木原先生はそう言って、一つ大きく息を吸い込んだ。
「もし‥‥、植物だけでなく、人体にも親和性を持った菌類が、突然変異で現れたとしたら‥‥。
この菌糸が他の植物と人体をつないでいるのだとしたら‥‥、イープスの症状は一応説明がつきます。」
その仮定のあまりの突飛さに、啓介は軽い目眩を覚えた。
「今は飛行機で、人やモノが短時間で世界中を動きます。その胞子が風だけでなく、服やモノに付いて世界中に運ばれたのだとすれば‥‥世界中で同時多発的に起きたのも、説明がつきます。」