11 オンライン授業
「啓介まで感染したらヤだからね!」
瑠奈は怒ったような泣いたような顔をしている。
「ここは病院からはけっこう離れてるから大丈夫なんじゃないかな?」
「そんなこと言っても‥‥。マスクくらいして来てよ。」
まあ、本当にこのあたりの空気中にも胞子が漂ってるとしたら、マスクなんて気休めでしかないけどな。
——と啓介は思う。
だいたい、吸い込んだら感染するのか、皮膚に付いただけでもするのか、目に入ったらどうなるのか‥‥。今流れている情報だけでは、何もわからない。
「やあ、啓介くん。久しぶりだな。」
瑠奈のお父さんの雪洋さんが玄関まで出てきた。
「あ、お邪魔します。」
「なんなら帰りは送って行こうか? 車なら窓を開けなければいい。自転車はうちに置いておいてもいいから。」
「あ、でも‥‥。次来るとき困りますし。お世話かけちゃうから‥‥。」
「とりあえず、上がって。」
瑠奈がスリッパを上がり框に並べたので、啓介は上に上がった。
「純恋は全く出ないの?」
「うん‥‥。圏外か電源が入っていません、になる。充電できてないのかも。」
「親も?」
啓介が聞いたのは、純恋の親とも連絡がつかないのか、という意味だ。
「お母さんとは電話で話した。」
瑠奈はそう言って、ひとつため息をつく。
「主治医まで感染して、東病棟に隔離されているらしい。病院側の説明では、命に別状のある患者はいない、という話だったらしいが。」
雪洋さんが瑠奈の話を引き取って説明した。
「部屋に来てくれる? 明日のオンライン授業のことも相談したいから。」
今朝、学校から各自のスマホに連絡が来ていた。明日からオンラインで一部の授業を始めるという。数学と体育は時間割から外れていた。
「数学の釜崎先生、感染したらしいよ。」
瑠奈が、ぽつりと言った。
体育はまあわかるけど、数学はなんで外れてるんだろう? と思っていた啓介はそれで納得した。
「釜崎って、病院の近くに住んでたんだっけ?」
「うん。そうらしいよ。」
瑠奈の情報源は、女子グループのチャットだ。あくまでもウワサだけ。
病院の近くの住民にもかなりの数の感染者が出たもよう——と、ローカルニュースは伝えている。どこにどの程度胞子が飛んでいるかわからないから、取材もままならないようだった。
「明日の2時限目、生物になってるじゃない?」
瑠奈が、送られてきたオンライン時間割をスマホ画面に表示して見せた。
「普通の授業じゃなくて、イープスについて先生の意見を聞いてみたいって提案しようと思うんだけど‥‥。どう思う?」
なるほど。と啓介も思う。
須々木原先生はこの前、誰よりも早く「胞子」のことを口にした。
ある面そのおかげで、あの日啓介たちは純恋を心配して病院の方に行くという行動を抑えることもできたのだ。
ちょっと変わったところのある先生だけど、洞察力がハンパないところがあるし、時々脱線する生物の話も面白い。
「いいんじゃない。」
啓介は同意した。
たぶん瑠奈は提案にあたって援護射撃がほしいんだろう。
「提案してみようよ。何人か仲間も募る?」
「そうだね。」
と瑠奈は笑って、スマホに指をすべらせ始めた。
初め、須々木原先生は戸惑っていた。
「いや‥‥俺‥‥私だってニュースで発表されたこと以外知らないし、いい加減なことをおまえたちに言うわけにもいかないし‥‥。一応、高校の教師なんだから‥‥。文科省の指導範囲もあるし‥‥ブツブツ‥‥」
「意見でいいんです。先生の。わたしたちも言いますから。」
瑠奈がさらに押す。啓介もひと押しした。
「そうですよ。あれが胞子だって見抜いたの、先生が日本でいちばん早かったじゃないですか。」
別に日本でいちばん早かったかどうかなんてわからない。たまたまその場に啓介と瑠奈がいただけである。
須々木原先生は渋々、フリートークの授業という提案を呑んでくれた。
「先生は、なぜあの新種の菌類が人体の免疫を受けないと思いますか?」
瑠奈のその質問は、いわばイープスという病気の根幹に関わる部分だ。
須々木原先生は少しだけ考え込んでいたが、やがて「菌類とは何か」から解説を始めた。