俺の同僚の女騎士が、何かあるとすぐ「切腹」しようとするから困る
俺は王国騎士のマテウス。
今日の騎士団の任務は魔物退治。馬にまたがった数十人の騎士が、魔獣の群れを追い込んでいた。
「そりゃあ!」
俺は槍を握り締め、凶暴な黒い獣――デビルビーストに挑む。
槍を突き刺し、一体を仕留めることに成功した。
俺の近くには女騎士のライザがいた。
俺と同い年で、ポニーテールの赤髪と赤い鎧がチャームポイント。美人といえる見た目だが、容姿だけでなく実力も確かだ。
「はあっ!」
ライザも鋭い刺突で一体を仕留める。
俺が「やるな」と声をかけると、彼女も微笑む。
だが、ライザの後ろからデビルビーストが迫っていた。
「危ないっ!」
俺はとっさに彼女をかばう。奴の爪で、右肩に一撃喰らってしまった。しかし、肩当てのおかげもあって軽傷で済んだ。
「つうっ!」
「大丈夫か、マテウス!」
「ああ、さっさと仕留めるぞライザ!」
俺とライザは同時に槍での突きを放つ。
体に二つの風穴をあけられた猛獣は、なすすべもなく力尽きた。
やがて、魔物らはあらかた掃討され、俺たち騎士団の勝利が確定した。
ライザが俺に話しかけてくる。
「マテウス、さっきの傷は?」
「ん、ああ、多少痛むが、消毒もしたし治療を受ければ大丈夫さ」
こう返すと、ライザは――
「すまん、マテウス!」
「だからいいって」
「いや、背後を取られ、しかもそのせいで仲間を傷つけることになるとはまさしく騎士の恥!」
「恥だなんて大げさな……」
「このたびは切腹させてもらう!」
「へ?」
ライザは馬から下り、地面に座ると、腰のショートソードで自分の腹を切ろうとした。
「ちょ、待て待て待て!」
俺は慌てて止める。
「止めないでくれ、マテウス!」
「止めるに決まってんだろうが! かばった相手に死なれたらかばった意味がなくなるだろうが!」
俺はどうにかライザに“切腹”をやめさせた。
実はこれ、今日が初めてではない。
このところ、ライザは何かあるとすぐこの“切腹”をしたがるのだ。
もちろん、きっかけはあった。
***
一ヶ月前のことだ。
我が王国に“武士”という異国の戦士が招かれて、交流会が行われた。
武士は、チョンマゲという珍しい髪型をしており、剣の腕も立ち、俺たちの前で見せてくれた「居合い」という技術は感心さえしてしまった。
また、生き様も見事なもので、俺たちでいう「騎士道」のような『武士道』を説いてくれた。
たった数日間のことではあったが、非常に有意義な時間を過ごすことができた。
さらに、彼は常に懐に短刀を忍ばせていた。
彼が言うには、武士というのは恥を恐れ、いざという時にはすぐに腹を切る“切腹”ができるように心がけているという。
俺とて騎士としてそれなりのプライドは持っているつもりだが、さすがに腹を切るところまでやれるかというと、自信はなかった。
ここまで説明するとだいたい想像がつくだろうが、ライザはこの武士の生き様に感銘を受け、すっかりかぶれてしまったのである。
だから何かあるとすぐに――
「この上は切腹を……!」
「やめろライザ!」
こんなことになってしまったのである。
***
訓練中のことだ。
この日は乗馬の訓練が行われ、俺とライザは横に並んで馬を走らせていた。
だが、ライザは調子が悪く、バランスを崩し落馬してしまう。
「ライザ、大丈夫か!?」
「ああ、なんとか……」
咄嗟に受け身は取ったようで、怪我はしていなかった。
ところが――
「馬から落ちるなど、騎士としての恥辱……切腹を!」
ライザはショートソードを抜く。
「わーっ、やめろーっ!」
「ヒヒーンッ!」
俺は馬たちとともに、ライザの切腹をなんとか食い止めた。
***
ある日の訓練後、整列する騎士の前で団長が厳しい顔つきになる。
「お前たち!」
緊張が走る。
「今日のお前たちの訓練はたるんでいたぞ! 真剣みが足りん! 我らが民の安全を担っているということを忘れるな!」
団長による叱咤は続き、ライザが声を上げる。
「その通りです、団長!」
「うむ、ライザよ。よく分かっているな」
「であるからして、私が責任を取って、切腹を……!」
ショートソードで自分の腹を突こうとする。
「なんで!? おい、止めろ止めろ!」
俺を含めた数人の騎士で、どうにかライザを取り押さえた。
「くう、腹を切らせてくれ……!」
ショートソードを取り上げられても、ライザは最後までうめいていた。
それからもこんなことが二度、三度あり、そのたびに騎士団は大騒ぎになった。
やがて、団長が俺に言った。
「マテウス」
「なんでしょう、団長」
「ライザの切腹をやめさせてくれ。このままじゃあいつ、いつか本当に腹を切るぞ」
「そうですね……やってみます」
俺は団長の頼みを聞き入れ、ライザの元に向かった。
***
俺は人気のない場所に、ライザを呼び出した。
「なんの用だ、マテウス」
「実はさ……」
俺はありのままを伝えた。
お前の切腹癖のせいでみんなが困ってるから、どうかやめてくれと。
ライザはうつむく。
「そうか……」
「分かってくれたか」
「皆にいらぬ心労をかけてしまった。そのお詫びとして切腹を……!」
「だからそれをやめろって!」
俺は素早くショートソードを取り上げた。我ながら手慣れたものだ。
だが、ライザはまだ切腹を諦めていないようである。
「しかし、私はあの武士殿のように……」
「ライザ!!!」
俺が怒鳴りつけると、ライザの動きが止まった。
俺は続ける。
「あの武士殿も常に腹を切る覚悟でいるとは言ってたけど、それは“何かやらかしたら死のう”ってことではないと思うぞ」
「……!」
「例えば主君とか、民とか、家族とか、そういう人たちのために戦って……生きて……全てをやって、やり尽くして……それでもダメだったら、腹を切る、とかそんなことだと思う」
あの時、交流した武士とこんな話をしたわけではない。
だが、彼が「恥をかいたらすぐ腹を切ろう」「死んで済ませよう」という人物でないことぐらいは分かっていた。
たとえ切腹に値する恥をかいたとしても、彼はその恥を注ぐために懸命に努力するはず。
切腹をしなければならないその時まで、全力で武士として生きるだろう。
懐の短刀はその覚悟に対する誓い。
切腹とは死に様ではなく、生き様なのだと――
「……」
ライザが神妙な顔つきになる。
そして、俺はさらに続ける。
「それに……俺はお前に死んで欲しくないんだよ」
「!」
「騎士である以上、戦いで死ぬのは仕方ない。だとしても、俺はお前に死んで欲しくない。できれば……お前と末長く騎士としてやっていきたい。だから、死なないで欲しい。切腹なんかしないで欲しい」
やがて――
「そうだな……その通りだ」
「ライザ……」
「私はとんだ勘違いをしていた。そうだな、私は生きようと思う。もう“切腹する”だなんて言わない! 私はお前と共に騎士として生きていきたい!」
俺の説得はライザの心に響いたようだ。
俺はほっとした。
「じゃあ、飯でも食いに行こう」
「ああ!」
俺たちは町に出て、レストランに向かった。
***
行きつけのレストラン。
俺はハンバーグを注文し、ライザはというと――
「なんだか無性にお腹がすいてしまった!」
食べる食べる。
サラダにスープ、ステーキにリゾット、デザートまで……。
俺の説得を受け入れたことで心に余裕が生まれ、胃袋の働きまで活発化してしまったらしい。
「よく食うな……」
「ああ、心が軽くなったおかげで、食欲がわいてきた!」
肉の一かけら、ライスの米粒すら残さないほどの見事な食べっぷりだった。
しかし、食事を終えたライザは申し訳なさそうに言った。
「マテウス……」
「ん? なんだ?」
「その……今財布を見たら持ち合わせが全然なくって……」
上目遣いでこっちをチラチラ見るライザに、俺は微笑んだ。
「他ならぬお前のためだ。今日のところは俺が自腹を切るよ」
完
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