7-4
「ところで窮奇。窮奇って二人兄弟なの?」
『違う。三人兄弟』
「え? じゃあ、この本にお兄ちゃんがいるとして、あと君だろ? 残りはどこにいるの?」
『教えない!』
ガチャガチャと部屋の扉を開けようとする音が聞こえたからか、窮奇は暗闇に姿を消してしまった。
ライトで探してみるも見当たらない。光も届かない場所に隠れてしまったようだ。
「ポチ―終わったかー?」
「あ、先生」
先生が部屋に入って電気をつけた。
急に眩しくなった視界に、目を細める。
「そろそろいいかなーって思ったんだが……見せて見ろ」
「はい」
捕獲機のトラップが作動しているのを確認した先生は、僕が持っていた本を見せるように言う。
僕もそれに従って、窮奇が記されたページを開いて金網越しに先生に見せた。そうしたら先生は、頭に手を当てて深くため息をつく。
「先生?」
「あー……悪い。まさか窮奇がバラバラに動いたとは思わなかった」
「先生、まさか知ってたんですか? 複数いるって……」
言い方に引っかかった。まさかと思って聞いてみれば、先生は何食わぬ顔で「まあな」と言う。
「何で言ってくれなかったんですか! さっき窮奇に聞いたから僕はまだ、この中にいますけど! あと一匹見つからないんですけど!」
「おま……また妖怪と話したのか?」
「あ……まあ、そうですね。窮奇の兄は回収したんですけど、その弟がこの部屋のどこかに。もう一人はまだ見かけていません」
僕の話が終わる前に、先生は部屋の扉を勢いよく閉めた。
その意味がわからないまま、僕は先生の行動を見るしかない。
「ポチ。窮奇が何をする妖怪なのか、俺が話したことを覚えているだろ?」
「はい。鎌で傷をつけて、それをすぐに治すって……」
「ああそうだ。それと同時に、あいつは強い風を起こす」
それは聞いていない。
傷を作ってくっつけるっていうのが窮奇の仕業っていう話しか聞いていない。
「もとは強い風が吹いて、それで葉が揺れる。その葉によって浅い切り傷ができるっていうのを妖怪の仕業にしたんだよ」
「へえ……それが今、どうかかわっているのですか?」
「風を起こす、切る、くっつける。その三段階を踏んでいるというのであれば、窮奇三兄弟、それぞれが一つの仕事を担っているってことだ」
「うん?」
先生の言うことがわかりそうでわからない。
窮奇は三兄弟だってさっき聞いた。そして、残りの二匹がまだ回収されていない。
一匹はさっきの泣き叫んでいた窮奇。それともう一匹がどこかにいる。それはさすがに僕でもわかる。でも、そこまで先生が気を張り詰めるような感じになるだろうか。
「馬鹿か。その絵を見ろ。お前が回収したのが、切る窮奇だ。残った奴らは殺傷性がないにしても、暴れられたらめんどくせぇやつが残ってんだろ」
「……あ、風を起こすほうか!」
「そうだよ!」
なるほど。風を起こされたら、ただでさえ物に溢れかえったこの部屋がさらに荒らされて――
「あ、窮奇見っけ」
「キィィィ!」
「ポチ! 回収しろ、回収!」
先生の足元に鼬のように細長い体で床を這う窮奇を指させば、先生は慌ててその尾を強く踏んだことで、窮奇は叫び声をあげる。
でも僕の頭には、そこ鳴き声が変換されているんだ。
『いてぇな! 離せよっ!』
この窮奇はさっき僕と話した窮奇と違う窮奇だ。見た目は同じなのに、なんで違うって言えるかと言えば、言葉遣いが荒いから。そうとしか言えない。
「おい、ポチ!」
「あ、はい」
離せともがく窮奇には悪いけど、元いた場所へ帰ってもらわねばならない。
痛いけど僕は血が渇いてきていた指から、また血をちょこっと出した。
「戻れ、きゅ――」
窮奇の名を呼ぼうとしたとき、僕の頭の中に窮奇の言葉が響いた。
『人に化けた木魅のくせに、踏みつけるんじゃねぇ!』
「……え?」
木魅が踏みつけ?
どういう意味かと先生の顔を見れば、早くしろと僕をにらんでくる。
「ギャウ!」
「くそっ!」
足元の窮奇が今までにない声を上げた。すると同時に、どこからともなく竜巻のように渦をまいた風が起こる。
それによって先生はとっさに足をどけてしまった。
強い風が部屋に置かれていた段ボールを浮き上がらせ、あっちこっちに飛ばす。
「先生っ!」
僕は捕獲機の中で姿勢を低くしているから、飛んできたものにぶつかることも、体が浮き上がることもない。
だけど先生は違う。
立って窮奇を踏んでいたから、窮奇が起こした風にあおられて体勢を崩した。
「いっ……!」
先生の頭に積まれていた段ボールがヒットした。
流石にその衝撃に耐えることはできず、先生はそのまま床に倒れこむ。
舞い上がる埃で咳が出そうだ。
目も長く開けていられない。
目を細めて先生を見ると、やっと身動きがとれるようになった窮奇が、風の中に姿を消すところだった。
「ちょ……窮奇! 風! 止めて! ねぇ!」
部屋のどこにいるのかわからない窮奇に言って、やめてくれるかはわからない。
でも、止めさせなきゃ。じゃないと、先生がもっと怪我してしまう。
ただでさえ、先生は筋肉も体力もないんだから。これ以上の怪我は危険だ。
「窮奇っ! おい窮奇! 聞いてんだろっ!」
ゴウゴウと起きている風。窓ガラスがガタガタとなっている。
その中で僕の声が窮奇に聞こえているとは思えない。
でも。
「やめろって言ってるだろっ!」