16-1-2.ディープな愛は一家相伝
「だ〜か〜らぁ、それが重いっつってんの」
ヒュンヒュンと音を立てて彼の方に勢いよく刺さる、巨大なブーメラン。
しかし、本人は全く気づいていない。
「好きでこうなってるんじゃない!」
「……」
「重くなりたい訳じゃない!ただ大好きになってほしいだけ……!」
返事は特になく、決まりが悪そうにボリボリと頭を掻くだけ。
「大好き過ぎて気持ちが止められないだけ……それだけ……!それだけなのに……!」
「……」
「それに……お兄ちゃんだって!」
「え、俺?」
「だって、そうでしょ?」
「え?」
「好きな子の一番になりたいでしょ?」
まるで時間が止まってしまったかのように、会話がぴたっと止まった。
「でしょ?」
「……まぁ、な」
そう言うなり兄は突然その辺に鞄を投げ捨て、ドカッと勉強机の椅子に座った。
わざとか偶然か、千紗に背中を向ける形になり……表情はこちらから完全に見えなくなってしまった。
動揺を誤魔化そうとしているのか、それとも……
「お兄ちゃんもそうだし、お父さんだってそう、みんなそう……これもう、どうしようもなくない?」
「え、親父?なんの話?」
椅子ごとくるりと回って振り返る兄。
「だってお母さん言ってたもん、お父さんがお母さんの事好き過ぎて……通勤の時、必ず後ろからついて来てたって」
「えっ」
「それに……電話も朝晩欠かさずかけてたし、お母さんの家の周りも毎日見回りしてたって」
蛙の子は蛙。血は争えないようだ。
「へ〜、そうなんだ。俺それ、初めて聞いたわ」
「え、ほんと?まぁそうだよね……お兄ちゃん、ほとんどお母さんと喋んないもんね」
親とは必要最低限の話しかしなくなる、年頃男子の親子会話あるある。
逆に友達のようにおしゃべりが耐えないパターンもあるが……彼はあくまで前者のようだ。
「まぁ、うん……でも、そんなんでよく結婚まで行けたな」
「あのね、それね前に聞いたの」
「プロポーズの話?」
「うん。当時は……お母さんの事狙ってる人、お父さん以外にも何人かいたんだって」
「そんなモテてたんだあの人……意外……」
「今はすっかり落ち着いちゃってるけど、昔は恋多き乙女だったらしいよ」
「……ライバル、か」
意味ありげな言葉を漏らすも、千紗は話すのに夢中。
「あんまりパッとしないけど、一部になんか人気みたいな?そんな感じ」
「一部に人気……」
誰の突っ込みもなく、彼の独り言はふわりふわりと空中へ霧散して行った。
「んで、そのライバル達を片っ端から蹴散らしていって……」
「は?蹴散らすってなんだよ?漫画じゃあるまいし」
「ん〜、詳しくは分かんない。でもあんまりしつこい人は病院送りされちゃったって」
「え……病院って。おいおい、何したんだよあの人……」
「さぁ……?お父さん、お母さんの事になるとすぐカッとなるから……」
「いや、だからって……」
「私もちょっと分かる気がする。大事な人取られそうになったら多分、私もそうするもん」
「そうか?」
「うん。私だったらすぐ◯しちゃうと思う」
付き合っていた男に振られたというだけの話のはずなのに、まさか伏せ字が出るなんて……誰が予測できただろうか。
「あるいは……その人の(ピー)を(ピー)したり、(ピーピー)したりして……死にたくなるまで追い詰めちゃうと思う」
う〜ん、バイオレンス。
「……」
「……」
ここで不意に黙り込んだ兄。
彼だけは、その父親譲りの狂愛とは無縁だと信じたいが……
「……」
「……」
しばらく無言で自問自答し……そして、なにやら納得したような顔になった。
彼もまた、『そちら側』の人間のようだ……残念ながら。
「……まぁ、確かにな」
「でしょ〜?」
「俺も……そういう場面に出くわしたら、分かんねぇもん」
『分からない』では駄目だし、それに本来そこは共感するところではない。
「で?続きは?」
「そうそう、それでね。ライバルいなくなったところで……『結婚してくれなきゃ死ぬ!』って言ってプロポーズしたんだって」
「そうなのか〜」
おそらくこれを読んだ誰もが思ったであろう、『いやそれ、プロポーズなの?』なんてリアクションをこの兄妹に求めてはいけない。
暴力、そして脅し。
なんだかとてつもなく物騒な話のようだが……
その後その女性と結婚し、今は子供もいて家族4人で穏やかに過ごしているというのだから……なんとも不思議なものである。
不思議の一言で片付けていいものか微妙だが。
「だから……これもう、どうしようもないよね」
「何が?」
「お母さんみたいにさ、これを受け入れてくれるような人見つけるしかないじゃん」
「……」
「普通の人じゃ重いとか言って、逃げちゃうんだもん」
「……そう、だな」
彼の中で何か確信が生まれた。
あの彼女じゃなきゃ駄目なんだ、と。
自分の重い愛を受け止められるのは、あの人くらい。
あの人がいなくなったら……もう……
「……お兄ちゃん?」
「なんだよ?」
「なんか悲しそうな顔してたから」
その言葉を聞くなりハッとした顔になる兄。おそらく無意識だったのだろう。
すぐに表情は戻っていった。
「そりゃ悲しいよ……帰ってきたら、自分の部屋占領されてるんだぜ?」
「え〜、だってぇ」
「自分の家なのに居場所ないとか、かわいそ〜俺」
「いいじゃん別に」
「よくねぇよ、さっさと戻れって」
「え〜、しょ〜がないじゃ〜ん。これで私の部屋戻ったら、色々思い出しちゃうもん絶対」
「……」
「戻って一人になったら……多分、私……」
私……の後に何か続きそうな雰囲気だったが、この彼には言わずとも伝わったようだ。
「……だからって、まだ居座るつもり?」
「落ち着くまではいいでしょ〜?」
「帰れ」
「え〜」
「そして還れ、土に」
「ひっど〜い!」
「いいから、帰れって」
「はぁ〜い、分かりました〜。帰りますよ〜だ」
そう言いつつも、帰る気配はない。
兄も兄で、何やらスマホを弄りだし……本当に戻って欲しいという訳ではないらしい。
「……」
「……」
そうして、部屋は静かになった。




