15-3-4.なんかめんどくさくなってきたぞ
歩君はお土産選びがめんどい、主人公は『迷い人』探しがめんどい。
そして作者の私は、そろそろタイトルを考えるのがめんどくさくなってきた(こら)
「え……薄い本が何かって?」
「うん」
「知らなくていい事だよ、そんなの」
「え〜、だって気になるじゃん」
「要は、ただの趣味の本なんだし……」
「そんなに薄いのか?何ページ?」
「色々あるけど、だいたい20ページとかそのくらいかな。なんかで200ページとか見たことあるけど」
「200て。それ厚い本じゃん」
「いやいや、厚くても薄い本は薄い本だし」
「厚くても薄い?どういうことだよそれ……」
「ね?言っても分かんないでしょ?納得した?」
「はぁ?意味分かんね〜」
そうやって、しょうもない事を喋りながら当たり前のように隣を歩く彼を見て……やっぱり思った。
(これ、やっぱり……好き……なのかも)
使命だの年齢差だので何重にもフィルターがかかった、その向こう。自分の本当の気持ち。
嫌いじゃないのは五人全員に言えるんだけど……
さらにそれ以上、どちらかというと好き寄りの気持ちを抱いているのは……今のところ、この彼だけかもしれない。
見た目はめちゃくちゃ好みだし、行動もちょっと強引だけどまた良いし。
想いがヘビー気味なのはちょっと置いとくとして。
あと、単純接触効果か。
イベントごとで記憶ぶつ切りだし、下校シーンなんて一回しか見てないけど……いつも会ってる体でいられると、なんだかもう付き合ってるような気分になってしまって。
恋というより、もっと深い部分というか……愛の部分が育ってきているのを感じていた。
これってつまりさ……本気で好きになってきてるって事だよね、きっと。
前にも同じ事考えてたけど、やっぱりそう……いや、それ以上かもしれない。
気のせいなんかじゃなくて、これは……
(そう、これは……)
「なぁ。このクッキーと饅頭、どっちがいいと思う?」
「……」
「やっぱ、ここは無難に饅頭か?」
「……」
「……聞いてる?」
ちょっと癖が強いけど……でも、大切に想ってくれてる。
だから、本当は……
「お〜い?」
「あ、ごめん」
「す〜ぐぼーっとする〜」
「ごめんて」
「で、静音はどっち派?」
きっと……本当は……
(え……ええっと……)
「えっと……ど、どうなんだろう……?」
「はぁ?」
「あっ、いや違うの!」
「なんのこっちゃ」
「あ、あの……そうじゃなくて考え事の方で……」
自分の事なのに、肝心のところが分からない。
自分が彼を好きかどうかっていう、単純で根本的なところが……なんだか靄がかかってるみたいで、はっきりしない。
結構好きよりの位置にいるんだけど、決定打に欠けると言うかなんというか……
好き!って言い切れない何かがあった。
「ま〜たそうやって!ちゃんと人の話は聞く!」
「ごめんごめん」
好きかどうかといえば。
私の気持ちもそうだけど……彼らの気持ち、彼らの好感度も……今、どうなってるんだろう?
もはやそれすら分からなくなってきていた。
どうなってるんだろう?なんて、平気で言っちゃうくらいに。
(う〜ん……)
最初の頃は、『好感度上がり過ぎちゃう!』とか『修羅場が始まっちゃう!』とか色々気にしてビクビクしてたのに……今じゃ慣れ過ぎて全然考えてなくて。
見えてないってだけで、今危ない状況のは知ってる。
歩君は元からだけど、それに加えて秋水とか唯もカンスト間際まで来てるのも知ってる。いつ告白されてもおかしくない状態なのも分かってる。
いつ彼らがお互いの気持ちに気づき、ギクシャクした雰囲気になってもおかしくないっていうのも。
(胃に穴が空いちゃう!なんて怯えてたっけ)
感覚がないだけでもうだいぶストレスは限界なのかもしれない。もうとっくに穴なんて空いてるのかもしれない。
やがて来る……いや、今現在進行形かもしれない痛みを誤魔化すため、こうして防衛本能として無意識のうちに気を逸らそうとしているのかもしれない。
あれほど騒いでた好感度だって、今じゃもうほぼ放置状態。
いや、ほんとは時々気にして調整しなきゃ危ないんだろうけど……これまで何事もなくいけてるから感覚が麻痺してきてて。
自分が好きかどうかも相手の好感度も、考えるのをすっかりサボってる。
今現在進行形で、実は結構ピンチなはずなのに……ゲーム画面と違って目に見えないからって、完全に油断しきっている。
(……)
この異世界での生活にもすっかり慣れて、毎日をこうやって流されるように過ごすようになって……
最初の頃みたく本気で好きになったらどうしようだとか、そういった事をあまり考えなくなってきてしまった。
惰性で、やってくるイベントをただこなしているだけ。
当たり前のように五人から好かれて、当たり前のように毎日が過ぎていく……それになんの疑問も持たなくなってきていた。
現実世界よりだいぶ極端で刺激的な生活なはずなのに、それすら慣れてきている。
むしろ今のこの状態から元の世界に戻ったら、かえって物足りなく感じるかもしれないってくらい。
慣れない環境に来て、とても緊張して……不安でいっぱいになって。
でも、人間はやがて慣れる。その後、いつかは必ずやってくるのだ……穏やかな時間が。
例えるなら、試験とか何かの発表とかすごく緊張するような出来事が終わった後の、あのふわふわ気分。
硬く縮み上がった体がふっとほぐれていくような……
そんな、今の環境がすごく心地よくて……正直、変えたくない気持ちが強い。
好感度もギリギリのところでうまく止まっているのか、まだなんとか修羅場見ずに済んでるし。
できればこのまま、この穏やかな時間がずっと……
「え〜、マジどうしよ〜。考えんのめんどくさくなってきたんだけど俺」
(考えるのがめんどくさい、か……)
それもあるかもしれない。心地よさの他に。
神様に使命を告げられた時、驚きの方が強くてそういうことが全然考えられてなかった。
キャラ達の事として考えると、あの時言ったようにそれぞれの好感度管理が大変。
……なんだけど、それ以前に私もまた感情を持った人間な訳で。
当事者としての視点がすっぽり抜けていたのだった。
(……)
今のこの『迷い人探し』みたいに……好きじゃなくても付き合うなんて、した事がない。
『気づいたら好きになってた』はあっても、この人って目標決めて付き合うなんて、一度もなかったから。
(まぁ、普通みんなそうだろうけど)
それに、もしうっかり本気で好きになってしまったとしても目標の人じゃないなら結ばれないって訳で。
歳の差云々とかももちろんあるけど、この事もまた無意識のうちに私の心に強力なブレーキをかけていた。
(結局結ばれなかった、なんてなっちゃったら……ね?)
だからか……私の心の奥深くに『早く使命を果たして元の世界に帰りたい』って思う気持ちと、『そんなの本当にできるのか、するのか』って不安がる気持ちがいつもあって。
それに加えて、今のこの環境の楽しさ。
慣れてきて安心して過ごせるようになった、この気楽さ。
(この状況、ある意味唯とそっくりだ……)
彼の場合は家業の話だから、またちょっと種類は違うけど……悩みの種類としてはかなり近いかもしれない。
まるで他人事のように『大変そうだなぁ』なんてボーっと見てたけど、他人事じゃなくなってきた。
そう。私もいつかは……本気で決めなきゃいけないんだ。
(帰りたい気持ちは、あれから変わってないし)
だけど……色んな感情がそこに複雑に絡み合ってるせいで、判断を避けようとしている自分がいる。
結局誰を『迷い人』として選ぶのかという判断も、そして自分の気持ちは今どうなのかという判断も……
できるなら全て曖昧なまま放っておきたい。ずっと。
で……それを一言、乱暴な言い方で表現すると『めんどくさい』。
(……)
「渡すのどうせ家族だしな……もう適当にクッキーでいっか」
身も蓋もない話をすると……目の前のこの彼の顔はドチャクソ好みだし、健康的な肌色でかつ筋っぽくてゴツいその体も好み。
高めだけどちゃんと男っぽい不思議なその声もめっちゃ好きだし、若干気持ち悪いけど超一途なその性格も好き。
他のキャラ達だってそりゃ、それぞれ魅力があってみんな割と好きというか……
それぞれ別のゲームで単品で出てきたなら、きっと夢中になってたってレベルなんだけど……
やっぱり何度考えても、一番一緒にいて楽しいのはこの彼なんだよなぁ。
ここでの生活始めたての頃にも、確かそんな事言ってたような気がする。今もそこは変わらない。
もしもの話、なんの縛りもなく普通にこの世界で生きていたなら。きっと私は……
(こんな難しく考えずに、このまま自然と歩君と付き合ってた……のかもしれない)
「う〜ん、だけどなぁ……」
「……」
「流石にこれじゃ手抜きって言われるか?」
だけど、そうは言ったって私には使命がある訳で。
ちゃんと理性で選択しないといけない訳で。
「お。このチョコのやつ、親父がめちゃくちゃ好きそう……」
「……」
「そうだな、たまには買ってやるか……?」
(つら……)
ポロリ、と少しだけ涙が出た。ほんのちょっとだけど。
(……!)
咄嗟に欠伸のフリをして、指で拭って誤魔化す。
「ふぁ〜あ……」
彼はというと、ちょうど手に取ったお菓子を見ていて気づいていなかったみたいだけど。
「……ん?どした?」
「何が?」
「だって今こっち見たじゃん」
「なんでもないよ」
「なんだよ……ってあれ、泣いてる?」
「だって、早乙女君がいじめるから……」
「え……」
目元に手を当てて泣き真似をしつつ、指の隙間からチラッチラッ。
「うう、しくしく……」
チラッチラッチラッ。
「むしろ聞くけど、こんなのに騙される奴いると思う?」
「思う」
「都合良い頭しやがって……で、本当は?」
「大欠伸しただけ」
「今の時間返して」
(……)
今初めて聞いた、自分自身の心の声。
いや、自分では無視したつもりは全くないんだけど……ここまで一切考えずに突っ走ってきてしまった。
だけど……
だからといって 忘れちゃいけない……元の世界に帰るっていう大きな目標を。
そもそも、住んでる世界も年齢も全然違う者同士。
いつかは終わる、今だけの期間限定な関係なんだから。
「……って、静音?」
自分の気持ちはどうでもあっても、二の次三の次。それより『迷い人』。
目標達成のためにはもう少し、ビジネスライクに行かないと……
「お〜い、静音さ〜ん?」
「……」
「もしも〜し?」
「ん〜?」
「聞いてる〜?」
「聞いてるよ?」
「なんか……考え事多いぞ、今日」
「違うってば。私もどれにしようか今悩んでるんだって」
「ほんとかよ〜?」
「ほんとほんと。ちゃんと話は聞いてるって」
「え〜?めっちゃ顔ぼーっとしてんじゃん、顔とセリフが一致してねぇよ」
「ちゃんと聞いてるってば」
「ほんとか〜?」
イベントを一つまた一つとこなしていくたびに……心と頭が離れていくような、私が二つに分かれていくような不思議な感じがする。
攻略キャラ達と過ごして、『迷い人』と恋に落ちる……それが私の使命。
でも……
真面目に約束を果たそうとする使命感の他に、自然と彼らに惹かれていく気持ちと、さらにそれを押さえ込もうとする気持ち……それに、いつか終わりが来るという恐怖感のようなものがあって……
(なんかもう、頭の中めちゃくちゃだな……)
「くっそ!駄目だ、堂々巡りして決まんねぇ……あ〜、どうしよ……」
なんだろう、不安とはまた違う変な感じ。
自分なのに自分じゃないような、不思議な感覚……
でも、それでも結局……
「いやでも、こっちも……あ〜もう!全然決まんねぇ!」
結局はやっぱり……最後に一人、選ばないといけない事に変わりはない。
(でも、そうは言ったって……)
「そんなの、選べないよ……」
「だよな。やっぱ全種類入ってるの買ってくか〜」
この後もしばらくなんか話しかけられていたけど、覚えていない。
彼の言葉はただひたすら頭の上を流れていく……
(……)
なんだかモヤモヤした気持ちのまま、私の意識は静かにフェードアウトしていった。