15-3-3.結局知らんのか〜い!
ツアーか何かなのか、外国の団体さんが一箇所に集まっていい感じの壁になってくれたから……一旦ここで休憩だ。ナイスタイミング。
「ハァ、ハァ……足が攣りそう……」
「お疲れ」
「なんだよ、なんだよ急に……そんな逃げ出すほどの事なのか……?」
「ああいや、それとこれとは違うんだけど……今ちょっとピンチで……あっ!」
「えっ」
「ごめん、もっかい逃げるわ!」
ひ〜!気を抜いてたらめっちゃ近くにいた……!
「ハァ、ハァハァ……なんで、そんな訳分かんないことのために……こんなとこ走らなきゃいけないんだよ」
「いいからいいから!」
「だからっ!薄い本って、結局なんなんだよ……!」
「……知らねぇの、お前?」
前にいるとばかり思っていたあの声が、後ろからした。
という事は、だ。つまり……
(ガッデム……!)
もう駄目だぁ、おしまいだぁ〜。
こんなの、どっかの国の王子様も真っ青だ。
「急になんだよ」
「へぇ、知らないんだ〜?」
もう早速、会話噛み合ってないし。
「何の用だ」
「お前こそ。ピアノに饅頭でもあげるのか?」
「ウケ狙いにしては面白くないね」
「だってお前、ピアノが恋人なんだろ?」
「だから、冗談も休み休み言えって」
「ここ最近、平日も休日も暇さえありゃず〜っとピアノ漬けだったじゃないか」
秋水の顔がみるみる強張っていく。
「なっ……?!お前、それ……どこで……!」
「前は遊びに出かけたり買い物してたりしてたのに、最近はそれがめっきり減った……」
「なんでそれを……!」
圧倒的サーチ力。
ってか、ほんとに何で知ってるのそれ。
「ほんと、ピアノ馬鹿なんだなお前」
「はぁ?」
「何、文句ある?」
「別にいいだろ、何してたって」
「は?」
「は?」
お、お〜い!顔、顔……!
久々に見たわぁ、このイケメンらしからぬ顔。
恋敵とはいえどんだけ嫌いなのよ。
「は?何?」
「お前こそ何?」
「はぁ?」
「はぁ?」
ま、まずい!これ、喧嘩になるやつ……!今すぐ止めなきゃ……!
(で……でも!どうしよう……!)
ここで突然ふっと秋水と目が合った。ほんの一瞬だけ。
(あっ)
あまりに短過ぎて、それがどんな意味なのか全く読み取れなかった。
むしろ今の視線に意味があったのかも分からなかった。
(……?)
「……」
「何だよ、急に黙って」
「……そろそろレジ行くわ」
「は?」
「誰かさんと違って僕、暇じゃないんでね」
「なっ?!お前……!」
「それじゃ」
秋水はそれだけ言って、さっとどこかへ行ってしまった。
あのままヒートアップしていくかと思いきや、あっけなく鎮火。
あっけなさ過ぎて、何が起きたのか一瞬分からなかったくらい。
まぁ、そのおかげで争いは無事回避できた訳なんだけど……
(あれ……なんだ、今の?)
以前の彼なら真正面からぶつかり合ってた訳だけど、今のは違った。
まるで年下を軽くあしらうかのような、そんな感じ。
前は一緒にムキになってたのに。
なんだろう、考え過ぎかもしれないけど……あのピアノの一件があってからなんだか少し大人っぽくなったような気がする。
自分の事を見直したというか、身の振り方を考え直したというか……
見た目も口調も全然変わってないけど、その中身……精神的な面で、歩君より秋水の方が少し上になったような……私にはそう見えて。
(……)
塩対応は相変わらず、雰囲気もいつも通り、でもなんだかやっぱりどこか変わったような……
う〜ん。でもついさっきまで、前みたいに顔面崩壊させながら睨み合ってた訳だし……やっぱり気のせい?私の考え過ぎ?
(あ、ピアノどうなった?って聞きそびれちゃった……)
む、待てよ。という事は……だ。
「邪魔者が去った……これでやっと2人きりだな」
すぐ目の前に、満面の勝利の笑みがあった。
いや、嬉しいけど……普通に嬉しいんだけど、場所なぁ。
「あ、うん……」
「じゃ、行くか」
拒否権なんて無い。いつもの事ながら。
でもルンルン気分で隣を歩く彼を見て、悪くないななんて思ってる自分もいる。
「あ!静音、あれ良くない?」
「え?どこど、」
そう言って無邪気にどこか指差す彼の体越しに、レジで支払いをしている秋水の姿が見えた。
案の定、やっぱり。
「こ……」
と言ってもそこそこ離れてるから、その表情とかまでは分かんないけど……でもいるって事ははっきり分かる。
(わ〜お……)
こっちから見えるってことはつまり、向こうも同じな訳で。
(うわぁ……うわぁ……)
そう、去って行ったからといってまだまだ気は抜けない……
「あれって……あのお守りキーホルダー?」
「そう、それそれ。一緒のやつ鞄につけようぜ?」
「え」
(おおっとぉ……?!)
まさか君もマーキングする気かい?唯みたいに……
「なんだよ?駄目なのか?」
「だ、駄目じゃないけど……せっかく来たんだし他も見たいな〜なんて」
「……そっか。それもそうだな」
セーフ……!
あやうく新たな火種が生まれるところだった……危なかった……!
「じゃ、今度あっち見ようぜ」
「いいよ〜」
視界の端で、秋水が他の建物に移動していくのが見えた。
(ホッ)
両方の意味でホッ。
安心した瞬間、危機感のドキドキが段々とときめきに変わっていく。
(うん。黙ってりゃ普通にイケメンなんだよな……)
そう、黙ってれば。滅多にないけど。
忘れそうになってた……というかほぼ忘れてたけど……一応、この彼は攻略対象な訳で。
すっと通った鼻筋、真っ直ぐ切れ上がった目元、キリッとした眉毛に、そしてシャープな顎のライン。
いかにも男といった感じの直線のオンパレード。
まぁよく見かけるような、ありきたりでなんの捻りもない、ごく普通のキュン要素なんだけど……
こうやってじっくり見てると……
(うわ、わわわ、わ……!)
はい、七崎さんチョロ〜い!
こうやってす〜ぐ、少女漫画の主人公みたいになる〜!
唯の方はもう慣れてきてたけど、この彼は不意打ちだった。
久々だからって、心臓が見事におバグり召されております。
BPM高めの激しいビートを奏でております。
(やり過ぎず、かといって控えめ過ぎず。その程よい雄み加減よ……くうぅっ!)
「……なんだよ?」
「へ?何が?」
「え、何がって……こっちずっと見てたじゃん」
「え?そう?」
「もしや、見惚れてた?」
「それはない」
ほんとはその通りなんだけど、つい口が勝手に軽口を叩く。
「即答かよ。傷つくわぁ……」
「笑ってるやん」
めっちゃ笑ってるやん。
セリフは悲しそうだけど、顔めっちゃ笑ってるやん君。
ニッコニコやん。
「きwずwつwくwわぁ〜w」
「なんでそっち全振りしちゃった?」
顔面しわっしわにしてウザイ笑顔で煽ってくるけど、それでも顔のバランス良いのが分かるから余計になんか腹立つ。
イケメンに難点なんてないと思ってたけど、これは珍しくデメリット。
「……ところでさ」
「うぇっ???!!!」
急に真面目な顔するもんだから、びくぅっ!と飛び上がってしまった。
気分はまるできゅうりを見た猫。
あ、ほら……前回の抜き打ちチェックがあったからさ……
他のキャラとどうなんだ?ってアレ。
「えっ、ななな、なんっ、な、なんっ何……?」
実際そんなに進展ないし、何も変わっちゃいない。
だから、何一つやましいことはないはずなのに、もう早速どもりまくっている……
「いや、あのさ……」
「う、うん……」
ドキドキ。ドキドキ。
「……」
「……」
ドキドキドキドキ。
(言うなら、早く言って〜!)
「……」
「……」
ドキドキドキドキドキドキ。
(ひ、ひと思いに殺せ〜っ!)
ドキドキドキドキ。バクバクバクバク。
「あのさ、『薄い本』って……何?」
知らんかったんか〜い!




