15-3-2.たまには雰囲気を変えて
妄想は続くよどこまでも。
「なんだよ神澤?」
「何が?」
「こっちじっと見てるから」
「なっ?!み、見てないっ!」
眉間に皺を寄せ、いかにも不快そうにそっぽを向く。
「ぜ、全然見てないし!お前こそこっち見んな馬鹿!」
穴が開くほどじっくりと見つめていたのは紛れもない事実なのだが……しかし、この青年としてはどうしても認められないらしい。
「神澤……?」
「……」
「お、おい……」
「うるさいっ!」
そうは言うものの、その頬は隠しようがないほど真っ赤に染まっていた。
熱っぽく潤む瞳に赤くなっていく顔……それらが何を意味するかは、想像に難くない。
当然、そんなはっきりとした意思表示が見逃される訳がなく。
「なんだ、思い出したのか?昨日の事」
追撃をまともに喰らって、顔がより一層赤くなっていく。
悟られまいとさらに明後日の方を向くも、短髪から覗く赤い耳のおかげで全て筒抜けだ。
「ほら、もっと赤くなった。図星だろ?」
「……っ!」
その場にいられなくなり思わず駆け出そうとするも、その細い腕はすぐに絡め取られてしまった。
「おい、なんで逃げるんだよ」
普段運動していない彼の足では、走って逃げ去るなんて無謀に近かった。
「なんでもいいだろ!いいから離せ!」
逃げ出そうと腕をばたつかせるも、それ以上に強い力に引かれその場につんのめる。
「うわっ?!」
「待てって!」
「は、離せっ!こんなところでお前に構ってる暇なんて……!」
バランスを崩したその体はするすると彼の方に引き寄せられ……気づいた時にはもう遅い、彼の腕の中にガッチリと捕まってしまっていた。
「お前、何を……?!」
「はい確保」
「お、おい……!きゅ、急に……何しやがるっ!」
「お前が逃げるからだろ?」
「離せ!今すぐ!」
「落ち着けって。みんな買い物に夢中で、どうせ俺らなんて見てねぇよ」
「いいから!離せって!」
「……」
「離してっ!」
そう言って強く目の前の胸板を押すと、
「……いいのか?離して」
こちらを挑発するような強い視線と共に、甘い音色が耳に流れ込んできた。
「っ……!」
それも、吐息が掠めるような耳元に口付けでもするのかと思うくらいの近さで、だ。
身体は固定され逃れられなくなったそこに、ねっとりと想いが注がれて……まだ何もされていないというのに体がじんわりと痺れていく。
体が覚えているのだ……昨日の事を、鮮明に。
まだ記憶に新しい、覚えたてのあの感触を……
このままでは呑まれてしまう……そう思ったらしい彼は、必死の形相で目の前の胸板を押し出して突き放そうとするも……あまりの熱量に蕩け切った身体は、甘く痺れるばかりでまるで力が入らない。
「離してほしい……?」
「……だ、黙れ!」
涙ぐんだまま声の主をキッと睨みつける。
それが、相手にとっては逆効果になっているとも知らずに。
「じゃあ、どうして欲しい?」
こちらに委ねるようなその言い方。
それは昨日のそれそのままで……まるでスイッチが入ったかのように、彼の脳内に昨日の光景がフラッシュバックしていく。
今みたいな意地悪そうな顔に、そのほどよく鍛えられた身体、そして……昨日、自身の身体の隅から隅まで愛し尽くしたその指……
「や、やっぱり……このまま、いて……」
さっきまでとは打って変わって、か細く弱々しいその声。
その扇情的な光景に赤い瞳の奥がさらに燃え上がっていく。
「このまま、しばらく……」
そう言って彼は……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……さん?」
(そう言って彼は……その手を……)
「……き、さん?」
(むふふ、むふふふ……)
「……な、七崎さん?」
「ほへぁっ?!」
妄想タイム強制終了。
おしい、あともう少しで始まるところだったのに。何とは言わないけど。
「び、びっくりした〜!」
「それはこっちのセリフだ!いきなり譫言みたいに変な事言い出して……!」
えっ?!声に出ちゃってた感じ?!
「う、うそっ!ど、どど、どの辺から?!」
「どの辺って……あの薄い本は真実だった!しか聞いてないけど?なに、続きとかあるの?」
ホッ。
「いや、ないよ?」
危うく私の妄想ワールドが外に漏れるところだった。いやぁ、危ない危ない。
「ふ〜ん……で、結局なんな訳?」
「何が?」
「薄い本って何?」
「ぅえっ???!!!」
それ聞くぅ?!
「いや、いやいやいや!ししし、知らない方がっ、いいと思うよォ〜?!」
最後めっちゃ声ひっくり返った。
歌舞伎かよ。いよォ〜……ポン!かよ。
「知らない方がいいってなんだよそれ」
「いや、ほんとに!」
「余計に気になるじゃん」
「気にしないで!気にしちゃ駄目なやつだから!」
「でも、」
「あ!」
ハッ!脳内センサーが反応している……!
ブーッブーッ!エマージェンシー!
ターゲット接近中!直ちに回避せよ!
(え、どこに……)
あっ、いたわ。普通に。
風水キーホルダーとかが売られてる、あの背の高い回転式スタンドの向こう。
私のところからちょうどスタンドを挟んで向こう側……そんな近くに彼はいた。
近いけど、ショーケースに手を伸ばして何かを吟味するのに夢中で、まだギリギリ気づいてないみたいだけど。
(オオゥ、なかなかのピンチ……!)
「ちょ、ごめん!こっち来て!大至急!」
慌てて駆け出し、彼を手招きする。
ピンチとはいえお店の中だし、本気走りという訳にはいかなかったけど、ちょっと小走りに。
「え?!な……なんだよ急に!」
ほんとはその腕をガシッと掴んで引っ張っていきたいくらいだったけど、まだそんな関係でもないし断念。
「ほら早く!」
「待って!」
「急いで!」
「急いでる!」
ハァハァハァ、と秋水の息が上がっていく。
そういや走るの苦手だったっけ……忘れてたわ、ごめん。
「早く早く!」
「ま、待てって……ば……!」
また走ってる……走らせるの好きだなこの人(他人事)。




