15-2-3.キャベツ畑でもコウノトリでもなくて
先生がいなくなったのを見計らって、布団から顔を出す。
「ふぅ、危なかった〜」
他のみんなも布団から顔出して、ほっとした表情。
(……ん?なんか鋭い視線が……)
久しぶりの、キーンと凍りつくような冷たい視線。
懐かしさを感じつつ振り向くと、嫌そうな顔があった。それも割とすぐ側に。
「あっ……」
「……」
「あは、あはは。ど、どうも〜……」
「どうしてここに?」
「いやぁ、どうしてだろ〜。あはは〜」
笑うしかない。
「押し入れとか言ってたじゃないか」
「え〜?そんな事言ったっけ〜?」
これじゃただの若年性痴呆症だ。
う〜ん……そのめちゃくちゃ嫌がってる顔を見る限り、唯の布団に入った方がよかったか?これ。
別にいっちーとしては私が誰の布団に入ろうと、まだ嫉妬も何もない(はず)。
唯の視線がさっきからやたら鋭いのは今一旦忘れよう。
しかしそうした場合……この彼がどう動くか、コレガワカラナイ。
ん?なんでナ◯トハルト殿下出てきた?
(う〜ん、どうだろ。選択ミスったかな……?)
「……なんでもいいけど、そろそろ出てくれないか」
「あっ、ごめんごめん」
いくらゲームのキャラで、しかも恋愛モードになってたって、今のはNGか。
いや、そりゃそうか。布団の中なんてプライベート空間だもんな。流石に嫌か、そうだよね。
私が退いた瞬間、バッと掛け布団全部を捲り上げるいっちー。
険しい顔で必死に何かを探しているようだ。
「え?市ノ川君どうし……」
「ない!ああ、良かった……!」
「『良かった』?」
めっちゃ良い声だけど……どうした。ほんとどうした。
「ふぅ、危ないところだった……」
危ないところ?
「なんでってそりゃ……その……」
「え、なになに?そんな言えない事?」
赤面し、下を向くいっちー。
え、そんなに恥ずかしい事なの……?
「お、お前女だろ……?いる前でそんな、そんな……」
ん?んんん?なになに、もしかしてえっちな話?
「私なら大丈夫!」
中身おばちゃんだから大丈夫!
薄い本やらなんやらで耐性は十分過ぎるくらいあるし、友達としょっちゅう推しのそういう話してるし!
(それもそれでどうなの)
「で、でも……」
「聞いてもどうせすぐ忘れるから、大丈夫!」
「そういうもんなのか……?」
「うん!」
ヘイヘイカモン!来いよっ!
「いや……だ、だって、その……こ、子供できたなんて言ったら、大事じゃないか……!」
「へ?」
子供?
人って本当に意味が分からない事に直面すると、口が開いたままになるんだなって。
今まさにそれ。ポカーンと開いたまま、閉まらない。
(???)
「え、え……子供?」
喋れない私の代わりにありがとう、唯。
「男と女で同じ布団だぞ!そんなの、できるに決まってるじゃないか!」
え、え〜っと?
「えっと……市ノ川、保健の授業って受けてるよな?」
常にふわふわしてるあの唯ですら、今は少し顔が強張っているようで。
「もちろん」
「なら一応は知ってるだろ、そういうの……」
「姉小路、お前は上に姉がいるんだったな?」
「……?ああ、そうだけど?」
「子供は?」
「いるよ?」
「なら、詳しいだろ?」
「え?ま、まぁ……詳しいっていうか、なんとなく見て知ってる程度だけど」
「それなら、分かるはずだ……現実、男女が同じ布団に入ってしまうことで何が起こるか……!」
「え?何も?」
うん。布団に入るだけじゃ何も起きないと思うよ、私も。
そうじゃなくて、その中で行う行為がですね……ってこの説明いる?
「なん、だと……?!」
よいしょ。やっと口が閉まった……
「う、うう、嘘だ……!そんな……!」
いっちー、それこっちのセリフ。
「兄さんから聞いたのに!教科書と違って、本当は……布団に入るだけで子供ができてしまうって!」
どんなだよ!!!
キャベツ畑でもコウノトリでもなく、布団って!新しいなおい!
ふざけてるのかと思ったけど、彼の表情はいたって真面目そのもの……ガチである。
「お兄さん、何適当な事教えてんだよ!」
初めて唯が狼狽えるところを見た。ちょっと新鮮。
(まぁ、今のは誰が聞いてもこうなるだろうけど……)
「適当?違う、医療に携わる者の話だぞ!」
「なら俺らより詳しいんじゃん!尚更おかしいって!」
「ただ、まぁその……そういったものは専門外ではある」
「専門外とかそういうレベルか……?」
多分違うと思う。
「市ノ川のお兄さんって、結構年上なんだろ?なら、子供とか……」
「いない。独身だ」
そうなんだ。へ〜、意外。
いっちーの兄弟って、確かお医者さんって設定だったような。
それなら、結婚のハードルはそんなに高くないような気がする……勝手なイメージだけど。
(いや……違うか。毎日多忙でそんな暇ないか)
「そうか、そうなのか……布団に入るだけではできないものなのか……」
「あ、あ……うん……」
あんまり大真面目にそう言うもんだから、流石の唯も言葉に困ってる。
「後で兄達にも教えてやらないとだな」
「そ、そうだね……」
「え、えっと……じゃ、じゃあ、戻るね私」
さっさと戻るつもりだったけど、今のいっちーの爆弾発言で変にタイミング逃しちゃったよ。
2人の返事を待たずにそそくさと逃げるように駆け出し、あたふたと襖を閉める。
(よいしょ……)
閉まっていく隙間から唯が手を振ってくれてるのが見えて、ちょっと嬉しかったり。
(ふぅ〜……)
歩き出そうと足を踏み出すと……
「……なぁ、市ノ川」
(およ?)
耳に入ってきた囁き声に、思わず足が止まる。
「なんだ?」
「いや、さっきの話……」
べ、別に盗み聞きじゃないぞ!たまたま耳に入ってきただけだから!不可抗力だから!(堂々と盗み聞きしながら)
「ああ思ってて、でも一緒に布団に入ったんだろ?」
「ああ」
「これじゃ子供できるって思ってて……でも、そのままいたって事?」
「ああ、覚悟はしていた」
「覚悟、ねぇ……」
あれ?!随分話のレベルが高いな。
「確かに学生の身分にはあまりにも重いし、それに彼女だってもっと……」
「……」
「でも、彼女との子なら……嫌ではなかった」
「ふぅん?」
「もしその先、とんでもない苦労が続く事になっても……もしそれを彼女の分まで負えと言われても……」
「……」
「できるような気がしていた」
「いや、無理だよ」
そ、即答……
まぁお姉さんのを間近で見てるもんね、唯は。
そんなに簡単じゃないって事、実際に見て理解してるって訳で……
「そうだな、冷静に考えれば……まともな判断じゃなかったのかもしれない」
「でしょでしょ〜?」
「気づかせてくれてありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
あれ?この2人、意外と良い組み合わせかも?
「……でも珍しいね、市ノ川が判断ミスなんて」
「来てくれて、嬉しかったんだ。まさか来るとは思ってなかったから、驚きもあって……」
「え?ああ……静音ちゃんが?」
「そう」
「へ〜」
お?今の恋敵とも取れる発言、嫌がらないのね唯。
「だけど……それにしては浮かれ過ぎたみたいだ」
「もう、気をつけなよ〜?そういうの慣れてないでしょ?」
んんん?これ、いっちーも好意があるのは認めてる……のか?
「そうだな。不用意な言動で迷惑をかけてしまってはいけない……」
「うんうん」
うん?
「きちんとじっくり考えてから行動しないとだな」
「うん、何も急ぐことはないんだし……ゆっくりと、ね?」
ん?んんん?
「そう、ゆっくりと……」
その言葉が念押しに聞こえるのは、気のせいか……
(気のせいだよね、うん!気のせい気のせい……!)




