15-2-2.止めようとするとかえってデカくなる
今まで一度もうまくくしゃみを止められた試しがない……
(わ!)
次の瞬間ふっとライトが消され、また真っ暗に。
まぁそりゃそうか、見回りの先生すぐそこまで来てる訳だもんね。
障子とか襖からわずかに外の光が漏れてて、彼らはそれでトランプしてたみたいだけど……ついさっきまで明るいところにいた私は全然何も見えなくなってしまった。
「……」
視界は一気に真っ暗。
けど、唯がまだすぐ側にいてくれてるのだけは気配で分かった。
こういう時に側にいてくれることの安心感よ……
(流石唯、分かってる男……!)
視覚情報が一切無くなったところに聞こえてくる、微かな呼吸の音。
いつもなら聞き逃してるであろう小さな小さな音だけど、今ははっきり聞こえていた。
彼の髪の先がちょんちょんと私の頬に触れてきて、ちょっとくすぐったい。
相変わらずサラサラだ。
そこは流石ゲームのキャラ、バリバリじゃ夢がないもんなぁ。
(って、あれ?髪が当たるって……さっきより近くない?)
それに、気のせいか吐息も随分はっきり聞こえるような……
「へくしょん!」
「うわっ?!」
あ、ごめん。くしゃみ出たわ。
ムードぶち壊してほんとごめん。
「もう!何すんのさ!」
「ごめん、なんか急に鼻がムズムズしてさ……」
せ、生理現象だから……許してヒヤシンス……
「気をつけてよ〜、も〜」
「ごめ〜ん」
気をつけてよと言う『避けようがないほどの近さまで寄ってくる男』と、謝る『生理現象でくしゃみした女』。
あれ?これ、謝る方逆なんじゃ……
「あ……もしかして、シャンプー変えた?」
「へ?」
お風呂シーンないからマジで分かんない。何使ってるんだろねこれ。
って……自分がなんのシャンプー使ってるかすら分からない人って、どうなのよ。
変わり者なんてレベルじゃないぞこれ。
「なんか……いつもよりいい匂い」
よく分かんないけど匂い違うらしいし、とりあえず変えたことにしとこ。
「アー、カエタノバレチャッタ」
「あ、やっぱり?これ、前に俺があげたやつだよね?」
「うぇっ?!」
突然の超剛速球。
ちょっと良い感じのシーン挟んだと思いきや、これである。
(こっっっわ!)
ホラー映画よかこっちのが怖いわ!
ってか、この流れでそういうのぶっ込んでくるか普通?!
不気味通り越して気持ち悪いわっ!
これだから唯は!ま〜たそうやってマーキングする!
(外堀絶対埋めるマンめ!)
「良かった。使ってくれてんだ、嬉し〜」
眩しい笑顔が私の心の中を一掃。
不気味がる気持ちはかけらも残さず綺麗に消えて……その代わり、可愛い〜!でいっぱいにされてしまった。
そう、姉小路 唯はどんなマイナスポイントも屈託のない笑顔で全部帳消しにできる男。
顔が良いのってほんと罪ね?何でもかんでも許せ過ぎる……
しばらくそうやってじっとしてたら……
暗闇に目が慣れてきたようで、色々とさらに周りの景色が細かく見えてきた。
まず、まるで今まさにハグでもしようとしてたのかってくらいの超至近距離に立ってる唯。
「うわ近っ!」
いや近いのは知ってたけど!
(知ってたけど、思ってた以上に近いなおい!)
「ふふふ」
ふふふ、じゃないよ!何わろてんねん!
「……」「……」
……とそれを若干顔赤らめながら、固唾を飲んで見守るモブ二人。
(おいっ!君達も何一緒にドキドキしてんだ!)
床には脱ぎっぱなしの制服があちこちに散乱し、思いっきり全開のリュックが中身空っぽでへにゃへにゃになって落ちてる(置いてある?)。
(オオゥ、ワイルド……)
そして畳の上できっちりと縦に並べられたトランプ……
縦一列に7が4つ並べられていて、所々左右に6と8がさらにくっ付いている……7並べかな?
全然スカスカで、まだ始めたばっかりのようだ。
いっちーだけ布団の中……もう寝る気満々らしい。
(あ!布団って事は……眼鏡オフの顔が見れる……?!)
ワクワクしながら、グリンッと首を彼の方に向けると……
「……なんだ?」
あ、あ〜っ!もう眼鏡かけてる〜!
枕元に置かれたメガネケースが開いたままなのが、今慌ててかけました感を出していた。
(惜しい、あと数秒早ければ……ちっ!)
「お前ら!今何時だと思ってるんだ!」
(うおわっ?!)
思わず肩がビクッとなった。
でも、部屋の襖は開いていない。
(ほっ……)
どこか他の部屋で生徒を注意してるようだ。
かなり大音量だったから、てっきりこの部屋かと思ったけど違ったらしい。
(そういや、一緒に逃げた子達無事かな……)
罰云々より、どちらかというと鼓膜が心配。
「来た来た!隠れて!」
小声で唯が布団へ避難を促す。
足音がこっちに向かってきたんだとか。よく聞いてんね。
私も便乗してすかさず近くの布団にイン!
誰だか分かんないけど、お邪魔しま〜す!
(おお、あったかい……)
布団の中は人肌で温められてホカホカだった。
他人の布団だけど、なんだか心地よくて眠気が……
(って、あれ?待てよ?)
温められて?
って事は……つまり……
「……」
「……」
見えてないけど、背中を向け合ってるらしいのはなんとなく察した。
「……」
「あ……ど、ど〜も。七崎です……」
お邪魔する訳だし、なんか一言言っておこうと思ったのはいいけど……これである。
コミュ障過ぎて忍者になっとる。
ドーモ、いっちー=サン。七崎デス……
「……」
「……」
アイサツ、大事。返事はなくとも。
一瞬でサーッと静かになった部屋に、ドタドタと足音が右から左へと移動していく。
(お、この部屋を越えて反対隣に……?)
ドタドタ、ドタドタドタ……
部屋の全員で息を潜めて、行き過ぎるのを待つ。
「へ、」
(あっ、まずい!)
なんとも間が悪い、こういう時に限って。
(でも、このタイミングは危険……!止まってくれ〜!)
鼻に目一杯力を込める。
とても人前じゃ見せられないような顔してるけど、布団の中だしオッケー⭐︎
えっ女子力?なにそれ?
「へっ、」
いかん、この感じ……!
来る、超でかいのが……!ビッグウェーブが……!
だが待て!待て待て待て!今はその時じゃな……
「へえぇっくしょい!」
出ちゃった⭐︎(๑˃̵ᴗ˂̵)てへ
室内がみるみる緊迫した空気になっていく。
「静音ちゃん……」「お、おい七崎……」
二人とも、その口調こそ優しいけど……
語尾の『……』は無言ではなくて、『せっかく隠れたのに何してくれてんだよお前』の意味である。
(全くもってその通り!ごめんなさぁぁい!)
「なんだ今の物音は!おい、誰か起きてるのか!」
声と共にドンドンドンドン!と激しめの足音がこちらに近づいてくる。
(げっ!バレた!)
バレてからの展開は、もう素晴らしく早かった。
「……ここかっ?!」
ものの数秒でこれ。
部屋の襖がスパーン!と開けられ、勢いよくジャージ姿が飛び出してきて……
「起きてるんだろ!おいっ!」
(うおっ、眩し!)
廊下の明かりが入ってきて眩しさに思わず目を瞑り、そして再び目を開けると……目の前には足があった。
絶体絶命。超ピンチ。
「寝てるフリか?!今更誤魔化そうったって無駄だぞ!」
布団に潜っている私のはるか上の方から聞こえてくる大声。
高さの分離れているおかげで鼓膜はまだ無事だ……もう十分うるさいけど。
「おい!」
シーン……
「聞いてるのか!」
シーン……
「ふざけてると片っ端から布団捲るぞ!」
「……先生」
怒り心頭の先生に、誰かが声をかけた。
この低くて淡々とした声……
(えっ?!い、いっちー?!)
な、なんと……!
怒ってるところに話しかけるなんて、そんな自殺行為を……!
「お前か。やっぱり起きてたんだな」
「いえ」
「ん?だって今起きてるじゃないか」
「すみません、寝てたんですが自分のくしゃみで今さっき起きてしまって」
(いっちー……!私を庇って……!)
「くしゃみ?」
「はい」
「ええ〜……ほんとかよ、俺には話し声に聞こえたぞ?」
「いや、くしゃみです」
ほんとにくしゃみです。そこはほんと。
くっそうるさかったけど、ガチくしゃみよ?
「それもあんな甲高い声で?」
「ええ。いつもと違う声が出て自分でもびっくりしてしまって……すっかり目が覚めてしまいました」
ここでふと一瞬会話が止まった。
「そうか……」
「紛らわしい事をしてしまって、本当にすみません」
「ああ、いや……市ノ川は謝らなくていい」
「……」
「こちらこそすまん。女子の笑い声と勘違いしてな……てっきり、誰か他の部屋の女子が忍び込んだのかと思ってしまって……」
(ぎくっ!)
今の状況をずばり言い当てられて、なんだか背中に変な汗が……
「そもそも、お前のいる班が悪ふざけなんてするはずがないしな」
言葉に強い信頼が滲んでいる。
まぁ、常日頃から優等生だもんね彼。
「そうか、それなら仕方な……む?」
(分かったなら早く立ち去ってくれないかな……)
「あれ?なんか布団が変に盛り上がってるな?」
(あっ)
「そうですか?」
「なんだかまるでもう1人いるみたいな……」
あっ、バレ……
「あ……こ、これは……その……」
流石のいっちーも、これには口ごもる。
「……」
「……」
いっちー、ピンチ!と思いきや……
「いや……これはあれか、暑かっただけか」
なんか勝手に納得してくれた。優等生効果すごい。
「うん、これは布団を蹴ってズレただけだな。気にするような事じゃなかった」
なんか色々突っ込みどころがあるような気がしたけど、あまりにそれっぽく言うもんだから分からなくなってしまった。
「……」
「む。もうこんな時間か……」
この位置からじゃ時計は見えないけど、多分今12時近い。
その証拠として、もうだいぶ私の頭がぼんやりしてきていた。超眠い……
「結局何もなかったな、よしよし。いきなり邪魔して悪かった……ゆっくり休むんだぞ」
言いたいだけ一方的に言って、先生はそそくさと部屋を出ていった。
(い、行った……!これが優等生効果……!)




