2-4ー2.優しい先輩の皮を被った、ただの限界オタク
そんなこんなで事態は終息し、食堂はまた元の賑やかさを取り戻していった。
(ん?あっ……そうだったそうだった)
忘れちゃいけない。隣の子の事。
むむむ……話しかけるべきか。そっとしておいてあげるべきか。
ちーちゃんって呼ばれていた、この子。
今も隣に座って無言で俯いている。
深い紫色でもっさりと重めの髪型。
頬骨のあたりまで届く特徴的な長い前髪は、まるで全てを拒絶するかのように彼の視界をほとんど覆い隠してしまっていた。
顔色もあんまり良くないし、なんとなく湿っぽい空気がもやーっと彼の周りに漂っていて。
元々暗い子なのかもしれないけど、さっき散々やられたせいでさらにどんより暗く……
(う〜ん、どうしようこれ。一応声かけとこうかな……なんてったって、さっきのがあった後だしな……)
どうかな。嫌がるかな。
「あ、あの〜……」
「……っ!」
私の声に気づくなり青年の肩が大きくビクッと飛び跳ねた。
まるで小動物のような驚きよう。
「あ、ごめん。驚いちゃった?」
「あ……あ……」
前髪の隙間から、丸い瞳がこちらを見つめている。
「ごめんごめん。今、そういう気分じゃないよね」
「あ、えっと……」
「無理に喋らなくていいよ、ただ気になって話しかけただけだから……」
「い、いえ……あの……その……」
何か喋りたそう。待ってみるか。
「あ、あの……」
「うん」
彼の言葉を気長に待つ。
私、待〜つ〜わ〜。いつまでも待〜つ〜わ〜。
お前何歳だよって突っ込んじゃいけない。
しかし……そうやって大人の余裕ぶっておきながらも、その頭の中は見事に煩悩にまみれていた……
(ほ〜ん。なるほどなるほど、こういう系もありだなぁ)
この世界に来てから今までずっと、同学年とばかり関わってきたけど……ふ〜ん、ここで年下かぁ。
あたかも偶然出会ったかのようなシチュエーションだけど……もちろん、彼も攻略対象五人のうちの一人だ。
なんてったって一度やったことあるゲームだし、そういうキャラがいるのは知ってたけど……目立つ他のキャラばかりに目がいってしまってて、全然ノーマークだった。
(ってか、ぶっちゃけいるの忘れてた……ごめん)
影が薄いからって、名前すらも忘れるっていう……ほんとごめん。
顔は童顔、背は低め。
高校一年生、まだまだ中学生の延長で……手足は細く華奢、顔つきもまだなんとなく子供っぽくて、他四人と比べて全体的に幼い雰囲気。
でも目元には泣きぼくろがあって、そこだけほんのり色っぽい。
(う〜ん、これはこれで……)
「あの……す、すいませんでした……その……先輩まで巻き込んでしまって……」
ようやく喋ったと思ったら、これ。
自分がどうこうというより、私の事を気にしているようだった。
(まじか!めっちゃええ子やん……!)
礼儀正しくて、気を使える。
さっきのあの三人と同い年なのに、まるでこうも違うなんて。私の中で彼の株がぐんぐん上がっていく。
(なにより敬語……!敬語キャラなのな……!くぅ〜っ!)
興奮する心をなんとか抑えて、あくまでここは冷静なお姉さんを装う。
「ううん。私から首を突っ込んだんだからいいの、気にしないで」
「で、でも……」
「いいのいいの、ね?」
彼はそれでも何か言いたそうにしていて、もう一度微笑んで見せる。
荒ぶる脳内とはまるで別人のような振る舞い。誰だお前とか言っちゃいけない。
「ね?」
「……っ!」
青白かった彼の肌が勢いよくピンク色に染まっていく。
(お、嬉しかったのかな?)
これなら、もうちょい喋れる……?いける?
「それにしても……ひどい奴らだったね。あいつらいつも、ああやってちょっかい出してくるの?」
無言でこくりと頷く。
その動きで前髪が大きくズレて、こちらをおずおずと観察する彼の瞳がチラリと見えた。
(ひ〜っ!可愛い……!)
陰気可愛い!
知らない人だし怖いけど、この人なら大丈夫かな?って伺ってる視線!ぐうかわ……!
(あ、バレた……?)
目が見えたからって喜んでたら……私の視線に気づいたのか、ちょいちょいと前髪を指で引っ張り元に戻してしまった。
(はぅっ!可愛……っ!)
唯の時みたく……いや、唯と彼とはまた別の可愛さなんだけど……また心臓押さえてぶっ倒れそうな勢いだ。
いやもう、もはや心臓押さえるだけじゃ済まされないかもしれない。
例の担架と救急車の画像とフルセットでお願いします(?)。
そんなカオスな脳内はさておき。
「そっか……でもそれ、なんとか避けられないかな?」
「同じクラスだから……多分、無理……」
うわぁ……一年生でこれでしょ?
最悪な高校デビューだな。聞けば聞くほど本当にかわいそう。
(この様子だと、昔からいじめられっ子だったのかな……そんな気がする)
「でも……いいんです」
「へ?」
「僕が悪いんです」
えっ?
「最初に、もっとはっきり嫌だって言えてれば……きっとこんな事にはならなかった」
「……」
「だからこれは自分のせい……自業自得、僕が悪いんです」
「そ、そんな事……」
「僕が悪いんです……全部……」
苦しそうに言葉を絞り出しては、『僕が悪い』を繰り返す。
自己暗示のように必死に唱え続けるその姿は、なんだか痛々しい。
でも、その苦悶の表情からして演技とかじゃなく、本当に心からそう信じ込んでいるようで……
(……)
友達二人はまだ戻ってこない。
厨房では業務用食洗機の音がけたたましく響いていた。
ほぼ満席だった周りのテーブルも、ポツポツと空いてきていて……そろそろみんな食べ終わったらしい。
あの男子達にいじめられるまでの今までの過程を知らないから……彼も彼で悪いところがあったのかもしれない。そこは分からない。
でも、だとしても……理由があれば人をいじめていいのか。
「……それは違うよ」
「えっ?」
突然吹いてきた風で、前髪がまた大きく揺れて。
隙間から大きく見開かれた紫の瞳が見えた。
「悪いのは、いじめてくる奴だよ」
「え……」
「いじめられる側が悪いって言う人いるけど、私はいじめる側の方が悪いと思ってる」
「……」
「どんなに嫌いになろうと自由だけど、それは心の内に留めておくのがマナー。人をいじめて良い理由にはならない……」
あくまで私の持論だし、もっと他にうまい言い方とかすんなり納得がいく理論とかあるのかもしれないけど……私の言葉で言おうとすると、これが限界。
「だから、君は悪くないよ」
そう言って、にっこりと笑ってみせた。
「……」
「……」
私の言葉に対し、返事はなく。
また前髪下がっちゃったから、どんな表情してるのかも今は分からない。
でもなんとなく、彼の纏う固く緊張したオーラがゆっくり解けていくような感じがした。
(ああ、よかった。言いたいことちゃんと伝わったかな?)
そう。いくら周りが何か言おうと、無意味に自分を責めちゃいけない。
そんな人生……つらすぎるよ。
自分の最大の味方は自分自身って言うし、ね。
せめて自分くらいは自分自身に優しくしてあげないと。
彼は困ってるような驚いてるような何とも言えない表情で、しばらくの間視線を泳がせていた。
「……」
「……」
でも、突然ポッと顔が真っ赤になったかと思えば……
「あ、あの……!そ、そそ、それじゃあ……っ!」
それだけ言って、逃げ出すようにどこかへ走っていった。
「え、えっ?」
え?どういう風の吹き回し?ってか何事?
「え、あっ、ちょ……ちょっと!君、お昼ご飯は?!……って、行っちゃった……」
(いきなりなんだろ、何かそんなに慌てて逃げるほどの事でも……?)
……
…………
……あ!
もしかして、今の……今になって女子(一応)と二人っきりって事に気づいて、恥ずかしくなったってやつ?
うん、多分そう。あの半端ない慌てっぷりからして、おそらくそう。
秋水の時もそういう感じあったにはあったけど、それ以上に……なんだろ、シャイ?照れ屋なのかな?
(うお〜!甘酸っぺぇ!)
なにそれ、アオハルじゃん!
おばちゃんもう綺麗さっぱり忘れてたよ、その感覚!
(こ、これが……青春……!)
しばらく一人で興奮してたけど、友達が帰ってきて強制終了になった。
本当はこのまま勢いで熱く語りたかったけど、残念ながら彼女らは現役女子高生……
元の世界、というかオタク友達の存在がちょっと恋しくなった瞬間だった。
ちなみに……あの後、食堂で食べるつもりだった彼が無事お昼にありつけたのかは、分からずじまい。
流石にお腹空いてるだろうし、何かしら食べてるとは思いたいけど……ちょっとだけ心配。