13-5-4.陰の世界で密かに生きる
※神様視点です。
(どんな事であれ、いじめていい理由にはならないって……食堂で先輩は僕にそう言ってくれた)
(今もはっきり覚えてる、あの時の感覚。いつもの奴らにまたしつこく絡まれて疲れ切ってた時に、優しくそう言ってくれて……あの時、どんなに嬉しかったかって……)
(そう、嬉しかったんだけど……けど……)
(でも……そうだとしても結局、僕はこうなる運命なんだ。いじめていい理由なんてなかったとしても、僕には『いじめられずにいられる理由』もないんだから)
(いつも自信なくて挙動不審、話せば声が小さくてよく聞き取れない。そんな暗くて何考えてるか分からない不気味な奴なんて……気持ち悪くないはずがない)
(そんな僕は、普通の人達にとってただただ意味不明で不快なだけ。理解できないものや自分と違うものに嫌悪感を抱き、排除したがる……それはもう人間の本能的なものでどうしようもないって、いつだったか調べたらそうあった)
(ネットの情報だし、信憑性云々は分からないけど……でも、あながち間違いじゃないはず)
(だから……どうしようもないんだ。こんな臆病な性格である以上、どうせいずれは誰かにいじめられる……諦めるしかないんだ)
まぁ確かに、君の言うとおり間違ってはいない……
しかし、だ。そうであったとしても……そこで諦めたら終わりじゃよ、何もかも。
もちろん、諦めるのも一つの手……じゃが、まだ若い君がそんな選択をしていいのか?
諦めずに抵抗した者と諦めた者、その差は歴然。
その先の未来は全く違ってしまうぞ……?
(はぁ……本当は、高校入学を機にやり直すつもりだったんだけどな)
(小学校の頃はみんな近所の子ばっかりだったし、中学校もその延長線……ずっと同じ奴に絡まれ続けて……あれはほんと、散々だった)
(でも、あんまり勉強できない奴らだったから、僕は頑張って彼らよりちょっと上のランクの高校に入った。まぁ、毎日のつらさを勉強で紛らわしていたってのもあるけど。集中してれば少しは気が紛れるし、彼らのノイズだって耳に入ってこなくなるから)
(でも、今度やっと仕切り直せると思ったら、また似たようなガラの悪い奴らに目をつけられて……今、こうしてまた同じようにいじめられてる。やり直しなんて、無かったんだ。結局どのみちこうなる運命だったんだ……)
頑張って勉強して、やっと手に入れた今までとは違う環境……しかし、現実はそううまくいかなかったようじゃな。
(『最初に、もっとはっきり嫌だって言えてれば……きっとこんな事にはならなかった』……これは、あの時先輩に言った僕の言葉)
(そう。もし最初に嫌だってはっきり言えてたら……きっと彼らにこうやって付き纏われる事はなかったはず。ちゃんとキツく言い返せてたら……クラスのみんなとも普通に仲良くなれて、今こうやって最低な人間にならずに済んだのかもしれない)
(でも……そんな事、できる?面と向かって言える?この僕が……そんな事……はっきりと言える?)
(……)
(いや、無理……どう考えてもそんなの無理だ……やっぱり、どう足掻いてもこうなる運命だった。しっかり言い返せるようなそんな強さなんて、僕にはない……どのみち無理だったんだ)
(言いたい放題ボロクソ言われて、内心はらわた煮えくり返ってても……でも、何一つ自分で言い返せない。高校生になって体は成長したけど、中身は弱い自分のまま。小学生の頃からまるで何も変わっちゃいない……)
(だから……僕はもう諦めたんだ。これからの高校生活、楽しい事たくさんあるって聞いたけど……でも僕はもう、そういうの一切諦めて過ごそうって)
(それを知ってるのか知らないのか……いや、多分あんまり考えないで言ってるんだろうけど……『逃げるのかよ?』ってたまにあいつらに聞かれて、ドキッとするんだ)
(出まかせでもあんまり何度もそう言われると、周りから見たらどうなんだろうって最近思うようになって……)
(実際、僕としては逃げてるつもりは全然なくて、ちゃんと彼らに向き合ってるはずで……でも何もできないから、結果としてただひたすら耐えてるだけになってる訳だけど……)
(だけど、それって……側から見たらもしかしたら、彼らが言うように『何もできずにただ逃げてるだけの人』なのかもしれない……なんて)
ふむ……まぁ、そうかもしれんな。
相手に言われっぱなしで、自分は黙っていた……それは側から見れば、自分の意思表示を怠っているようにも見える。
つまり、逃げてると取られても仕方ないかもしれんのぅ。
大人ならまだしも、高校生なら尚のこと。
その裏に何か理由があるかもしれないなんて、なかなかそこまで気が回らんじゃろうからな……
(……って、こんなの先輩には言えないな)
(先輩、ほんとに優しいから……こんな事言ったら絶対心配されちゃう。『向こう』じゃいいけど、現実の方は先輩がいるんだから……うっかり言っちゃわないように気をつけないと)
あの時なんだか妙に言葉足らずというか、説明不足感があったが……なるほど、そういう事か。
(僕の弱さが全ての原因だったんですなんて、本当の事言ったら……きっと、全力で否定してくるだろうな。そんな事ないよっ!って)
(それで、明るく僕を励ましてくれて……そうしてまたあの笑顔で、僕を見て……)
浮かび上がる七崎の笑顔。眩しいくらいの満面の笑み。
(……っ!)
フッと視界がほんの少しだけ明るくなった。
と言っても、かろうじて明暗の見分けがつくってくらいで、ほぼ真っ暗じゃが。
目が開いたらしい事は分かったが、今どんな状態になっているのかは何一つ見えない。
じゃが、見えなくとも彼の頬が真っ赤っかであろう事は容易に想像できた。
想像というか、多分そうじゃろこの感じは。
(わ……わわわ……!)
なるほどなるほど、これがアオハルって言ってたやつか。ふふふ。
いつもの生気のない青白い頬が今は赤く染まってると思うと、その顔が見えないのがちょっと悔やまれるのぅ。
(待っ、待って……!ちょ、ちょっと!ストップストップ!)
(お、落ち着け落ち着け……まずは深呼吸深呼吸……)
「すぅ〜……はぁ〜……」
(……)
(……ふぅ、やっとおさまってきた……ちょっと思い出すだけでこれだもんな。先輩、ずるいよ)
……ずるい?
(ずるい、ずる過ぎるよ。いつものLIMEでもそうだし、たまに会った時もそう……僕がこういう気持ちになってるの薄々気づいてるはずなのに、どうしてあんな優しくするの?むしろキモい!とか言って突き放してほしいくらいなのに……)
(だから、こんな風に変に期待しちゃうんだよ……駄目だって分かってるのに)
(そんな風に僕を良い風に見てくれていたとしても、それは幻想……本当は碌でもない人間なんだから。先輩だって今は優しいけど、いつかは本当の事に気づいて……きっと……)
(きっと……僕の事……)
(……)
(やっぱり……遠くから見てるだけで十分なんだよ、僕なんか。こんな奴、釣り合わないよ)
(僕はもう、駄目だから。小学校、中学校、そして高校と嫌われ続けて……現実はもう駄目だ、終わってる。仕切り直しを期待したけど、結局まともな人間になれなかった)
(諦めてばかりで逃げる事が得意になった、そんな僕が……今から変わろうったって、きっと……無理だ)
(友達も恋愛もこの先きっと無縁のまま……きっとそうだ。先輩だって、僕にとっては高嶺の花。近いようで遠い存在……)
(でも、それならそれでいいや……)
そ、そんな……!馬鹿な、あれほど必死に説得したと言うのに、やめるのか?また、諦めるというのか?
それもまぁ君の意思じゃ……ワシがどうこうするつもりはない、尊重はする。しかし……
せっかく七崎という太陽を見つけたんじゃろ?その笑顔が君の冷え切った頬……いや、心に……温かい火を灯してくれるんじゃろ?
だのに、それすら諦めて……また自ら暗い世界に戻っていくのか……?
(僕は僕のレベルに合った世界で生きていけばいいだけ。現実に仲間がいなくても、話し相手ならネット上にいくらでもいる。僕と同じような性根腐った奴らがうじゃうじゃいる……)
(社会の掃き溜めみたいで汚くて暗くて、僕みたいな奴にとってはすごく居心地いいような……そんな世界が液晶の向こうにあるんだ)
(僕の言う『話』が世間で言うところの『会話』とは違うのは知っている。けど、そのおかげで僕は一人じゃない。毎晩誰かしらと一緒に『お喋り』してるから、そんなに寂しくはない)
(友達なんて一人もいないし、当然彼女もいない。僕の仲間なんてこの世にいない。世間を恨み憎み嫉み……同じような奴と傷を舐め合いながら、生きていく……)
(ああ、そうだ。やっぱりそれが僕の生き方だ……それがちょうどいいんだ)
(先輩と付き合えたらいいのにとか、でも僕なんかじゃ釣り合わないんじゃないかとか、最近そんな変な事ばっかり考えてるけど……そもそもそんなの考える意味なかったんだ。住んでる世界が違い過ぎるんだった)
(先輩みたいなできた人間の陰でこっそりと……先輩が一生知る事もないような裏側の世界で密かに生きる……やっぱり、そんな毎日が僕には相応しいんだ)
(……どうしようかな。さっき、空手教室始めるってお母さんに言っちゃったけど。そんな事したって、どうせきっと変われない……今みたいなキモい奴のままだ……)
(ここはやっぱり、諦めて……)
恨みや嫉み、そういった負の感情を発散するのは……もちろん、良い事じゃ。
あまり連発するのは問題じゃが、胸の内を吐き出す事は大切……
じゃがそれは、一瞬にして自らの不満や鬱憤をうやむやにしてくれる、即効性のある劇薬でもある。
誰にだってつらい事はある。耐えきれない絶望だってある。
その一時凌ぎのためなら仕方ない事もあるじゃろう。強力な薬を塗って、傷ついた心を癒す……それもありじゃろう。
じゃが、そうは言うものの……そんなまやかしの栄養ばかりではいずれ枯れてしまう。
心が完全に枯れてしまって、本来の暖かい栄養を受け入れられなくなってしまったら……もう元に戻れなくなるぞ……
ここの世界は今より一昔前という時代設定なので、今と違ってSNSよりも掲示板とかが流行ってた頃。
この彼は、パソコンが恋人のまさにそういう系のつもりです。
ねらー……懐かしい響き……




