13-5-2.やりたい事があるんだ
※神様視点です。
「……」
「……」
「……その……ぼ、僕……やりたい事があるんだ……」
「やりたい事?」
「目標っていうか……それができるようになるまではやめられないっていうか……」
「なにそれ」
「ええと……その……」
さっきと同じく、彼の動機は人には言えないようなものらしい。
一体なんじゃろうな……ワシも実はさっきからずっと考えてはいるんじゃが……う〜む、見当つかん。
「目標って……あんたそれ本気で言ってるの?」
「うん」
「嘘でしょ?いつものあんたなら、目標だなんて絶対嫌がるじゃない。頑張るのがしんどいって、いつも楽な方ばっかり選んで……」
「そ、そうだけど……!」
「でしょ?」
「でも、今のは本気だよ」
「ほんと?」
「うん」
「……」
ここで急に彼の視線が下がったかと思ったら、お母さんの手元にピントが合った。
なんじゃ?これは?
ツルツルとした質感の紙に、写真がいくつかとその周りに文字がびっしり書かれていて……何かのチラシのようじゃな。
紙のど真ん中には、何やら白い服を着て腰に黒い帯を巻いた角刈りの男の写真がでかでかと。
なになに、なんて書いてあるんじゃ……平日コース?土日コース?
何か習い事のチラシのようじゃが……字が小さくてこれ以上は読めんな……
「だから、駄目……かな?」
「ええ、やめといた方がいいわ。普段運動してないのに、そんないきなりキビキビ動けるようになれる訳ないじゃない」
「でも……どうか、お願い……」
「だから、向き不向きってものが……」
「でも、やりたいんだ……いや、やらないと駄目……」
彼の動機はかなり切羽詰まったものらしい。
ふ〜む、やっぱり分からん……謎は深まるばかりじゃ。
「せめてもっと、運動習慣つけてから始めたら?筋肉痛で次の日起きれなくて、遅刻しても知らないわよ?」
「駄目、今じゃないと……!」
「別にいいじゃない、来年からでも」
「今から始めないと、きっと間に合わない……!」
「……?なんだかよく分からないけど……どのみちあまり薦められないわ」
「……!で、でも!そこをどうか……!お、お願い……します……!」
ここまで本気でお願いされると……側で聞いてる身としては許してやりたくなってしまうのぅ。
お金はかかるし、他にも色々家の事情とかあるとは思うが……習い事の一つくらいなら、のぅ?
お母さん、ここはどうか認めてやってはくれんかね……?
ワシからもお願い……
「……分かった」
「えっ?」
「そこまであんたが言うなら……最初かなりしんどいだろうけど、頑張ってね」
「……!」
ぱあっと明るい空気がこの場に充満していく。
何も言葉を発していないはずなのに、彼が今どんな表情をしているか丸分かりだった。
「ふふっ。さっき家に帰ってきたら、いきなりテーブルにこんなチラシ置いてあるんだもん。ほんと私、びっくりしちゃったわ」
「……」
「ごめんね。あんまりにも珍しい事言うもんだから、何か裏があるんじゃないかって疑っちゃって」
「ううん、いいよ」
「でも、もう一度聞くけど……やっぱり、本気なのね……?」
「うん」
確かに、普段運動してないなら……初めてでいきなり何か武道を習うのは、なかなかハードかもしれんな。
それに、もし骨折でもしてデートイベントが起きないなんて事になったら厄介じゃ……仕方ない、そこはワシの方で少し調整してやろうか。
大きな怪我はしないようにってだけ、微調整しておこう。
「……そう、そっか。あんたがそこまで言うならいいわ。それで、コースは?いつから行くの?」
「え、ええと、この平日放課後コースで……明日から行こうかなって……」
「分かったわ。じゃあ、私明日も朝早いから……必要なお金は封筒に入れてテーブルに置いとくわ。朝忘れずに持っていきなさいね。あと、月謝の振り込み用紙とかそういった大事な書類もらったらすぐに出すこと、いいわね?」
「う、うん!」
「お父さんには後で私から話しておくわ。相当驚くだろうけど、でも反対はしないでしょきっと」
「ありがとう……!」
普段の篭ったような暗い声とは別人のような、喜びが弾けるような明るい声。
ふふふ、良いのぅ良いのぅ。なんだかワシまで嬉しくなってきたぞ。
「ふふ。あんたのこんな嬉しそうな顔……久しぶりに見たわ」
登場人物全員にっこり。
いや〜、いいもの見せてもらった。
ただの家族の会話と言ってしまえばそうじゃが……たまにはこういうほのぼのした雰囲気も良いのぅ。
「……え?今、なんて……?」
「ううん、なんでもない。それじゃ明日に備えて早く寝なさいね、おやすみ」
「うん、おやすみ……」




