2-3ー2.まるで気分は野生動物の保護
友達がトイレへ行ったので、すかさずここで秋水の席へ。
「神澤君、神澤君」
「……何?」
眉間に皺を寄せて、いかにも嫌そうにこちらを向く秋水。
素晴らしいくらいの塩対応。愛想なんて一ミリもない。
「はい、絆創膏」
「はぁ?」
何言ってんだコイツ、って言わんばかりの怪訝そうな顔。
周りに対してどこか上から目線なところがあって。
悪気はないようだけど、人を選ぶタイプ。目つきのキツさもそれに拍車をかけている。
クラスのみんなの反応も極端で……すごい嫌われてるか(主に同性から)、逆にすごいキャーキャー言われてるか(主に女子から)。
まぁ現実の世界じゃ、逆にそのツンツン具合に多くの人が魅了され……むしろ、このゲームが流行ってた当時は彼がぶっちぎりで一番人気キャラだった。
(向こうじゃ、女の子みたいに可愛く描かれた彼が他のキャラと組んず解れつする薄い本がたくさん……いや、その話はやめとこう)
「あなた、指怪我してるでしょ?さっきチラッと見えたのよ」
いかんいかん、喋り方がおばちゃんになってきてる。
めっちゃ素が出てる、いかんぞ。
今の私はあくまで女子高生、おばちゃん喋りはNG。
私は女子高生、ワタシハジョシコーセー、ワタシハジョシコーセー……よし、自己暗示完了。
「は?何が?」
「いや、だから指先怪我してるでしょって……」
「僕は別に怪我なんてしてな……あっ」
今気づいたんかい。
「そう、そこ。結構ざっくり切れてるでしょ?絆創膏貼っときなよ、ほら」
見た目大きいけどそこまで深くはなさそうだから、絆創膏貼っときゃすぐ治る。
もし取れたら予備あるから私のところにおいで?ね?
……なんて続けて言いたかったけど、なんかまたお節介おばちゃんみたくなっちゃいそうだから、ストップ。
ここは高校生らしくしとかないと。怪しまれちゃう。
「……」
私の言葉を受けて、渋々と言った感じで受け取る秋水。
絆創膏の裏紙をつまむところまで見届けたところで、自分の席に戻るべく彼に背中を向け歩き出した。
(ふぅ。やれやれ……無事渡せてよかった)
すると、すぐにシールが張り付いたり剥がれたりしてるようなベチャベチャ音が聞こえてきて。
(えっ、まさか……)
振り向くと……内側がくっつきあってくしゃくしゃに丸まった絆創膏を相手に、なにやら必死に格闘している彼がいた。
指に貼る以前の問題だった。
まさかのまさかで、いきなり絆創膏の裏紙全部剥がしてしまったらしい。
そしてあっという間にくっついて丸くなってしまった、と。
(もしかして……彼、めっちゃ不器用?)
こうして見ている間にも、絆創膏はベチャベチャと捏ねくりまわされている……
(あ〜。これは……駄目そう……)
「神澤君、神澤君」
バッと勢いよく顔を上げた彼。
その顔面には、うげ!見られた!って書いてある。
お高く止まってて、なんだか気難しそうな印象があったけど……意外と単純というか、分かりやすい子なのかもしれない。
「な、なな、何だよ……?」
おお、焦ってる焦ってる。
「いや、手伝ってあげようかと思って」
そう言って彼の方に手を伸ばす。
「いい、自分でやる」
「でも……」
「いいって言ってんだけど!」
口調を荒げてプイッとそっぽを向く、秋水。
(ありゃ、ちょっとムキにさせちゃった?)
会話のチョイスミスったなこりゃ。
まぁ、いいや。
ちょっと強く言われて、同世代だったらここで引いて終わり……なんだろうけど。
うら若き乙女と違って、おばちゃんは長く生きてる分、面の皮が厚いからな!
そんなちょっとの抵抗など効かんのだ!
(ふははは!残念だったな!この程度、効かぬ!効かぬわ〜っ!)
なんか悪者キャラみたいなセリフ。
まさか使い道があるとは思わなかったよ。ここで使う事になるとは。
「ほら。もう一枚絆創膏持って来たからさ、それ捨ててこっち貼ろう?」
無理矢理押し付けるように彼に新しい一枚を手渡す。
勢いに押されて受け取る秋水。
そして彼が絆創膏の外包みを引っ剥がすところまでじーっと見守り、また話しかける。
「神澤君。指、貸して」
「は?なんで?」
「いいから」
「やだよ」
「いいから、貸して」
「なんだよ!」
高校生らしく反抗心バリバリで突っかかってくる。
なんせ私女子だしな。中身はあれでも、外見は一応な。
照れというか、恥ずかしい気持ちは分かる。
(けど!そんなの問答無用……!)
持っていた絆創膏をひったくり、彼の指をワシっと掴んでぐいぐいと自分の手元に寄せる。
「なっ……何すんだよ!やめ……!」
抵抗がすごい。
まるで気分は怪我した野生動物の保護。
「おい!や、やめろって!馬鹿……!」
野生動物ほど暴れはしないけど、まぁ吠えること吠えること。
(どうどう、どうどう……取って食いやしませんよ〜)
「ちょっ、やめろ!おい……!」
片側ずつ裏紙剥がして……そっと優しく傷口にペタリ。
彼の指を自分の指で挟み、絆創膏がしっかり着くようにするすると撫でて……はい終了。
「……これでよし、っと」
あれほど嫌がっていた彼はピタッと大人しくなった。
下を向いて、無言でじっと固まっている。
(あれ?耳がほんのり赤い……もしかして怒ってる……?)
これは……おこ?おこなの?
どうしたもんかと思いながら、ふと時計を見ると……一限開始まであと二、三分。
(やば!ゆっくりしてたら、もういい時間……!)
まだ固まったままの彼そっちのけで、急いで席に戻った。