12-1.焼き鳥と言ったらアレだろJK
JK……女子高生じゃないよ。常識的に〜の方。
またまた時間は飛んで、文化祭。
うちのクラスはなぜか焼き鳥屋に。
クラスの誰か、親戚に居酒屋を営んでいる人がいるらしく……安く仕入れられるとかで決まった。
売れ行きは上々。
みんなまだ高校生だし、たまに肉が黒焦げだったりタレの量がバラバラだったりするけど……それでもなんだかんだ好評のようだった。
まぁタレが市販の美味しいやつだから、ある程度は無理矢理誤魔化せてるってのもあるんだろう。エ◯ラ最強。
タレの甘い香りとお肉が焦げる香ばしい匂いに、なんだかビールが欲しくなってくるけど……
(今の私は未成年、我慢我慢……ゴクリ)
「……なぁ、静音。暇だしどっか行こ〜ぜ?」
見ずとも声の主は分かる。分かり過ぎる。
この場合、どっか行こ〜ぜ?はどっか行くぜの意味だ。
実際もうすでに彼は店のカウンターを飛び出し、エプロンを適当にその辺に脱ぎ捨てて歩き出そうとしていた。
「待って!駄目だよ、私達今店番なんだから」
「客ほとんど来ねぇし、いいじゃん。最悪他の誰かがなんとかしてくれるっしょ」
「駄目だってば。それじゃ、当番制にした意味なくなっちゃうじゃん。当番終わるまではちゃんとここにいないと」
「え〜、マジ暇〜」
「でも駄目〜」
「じゃあさ、じゃあ……ちょっとトイレ行こうぜ。他の奴に代わってもらってさ……」
連れション……な訳がない。あからさまに。
そこまでしてサボりたいのかい、君……
「もう、歩君!ちゃんとやっ、」
「……僕が代わろうか?」
(?!)
声はいつもの秋水だったけど……でもその格好に思わずふふっと笑いそうになってしまった。
普段通りのキツい顔しながら……可愛らしい文字で『ちきちき⭐︎ぼーん』と店名の書かれた段ボールの看板を、首からぶら下げてるんだもん。
これまた可愛い鶏の手描きイラスト付きで。
(って、これ……!やばい組み合わせじゃん……!)
可愛いとか言ってる場合じゃなかった……ここで、君か……!君が来ちゃうか……!
他のキャラならまだしも……!
なんだかいや〜な予感がひしひしと……
「は?神澤お前、売り子だろ?仕事しろよ」
「は?何その言い方」
や、やっぱり〜!
うわ〜ん!なんで毎回こうなっちゃうのさ君達〜!
辺りはものの数秒で険悪ムード一色になっていった。
店の奥にいる調理部隊は一斉に『見てませんよ』風を装い出し、店の前を歩いていた生徒達はそれとなく迂回していく。
(完全にヤバい人達だと思われてるよこれ……)
「こんなとこにいないで、もっと歩き回って宣伝しろよ?」
「え?今、校内一周して戻ってきたばっかりなんだけど?」
「もう一周行けよ、じゃあ」
「残念ながらそれは無理だね。一緒に回ってた人の紐が切れちゃって、今直してるところなんだ……ほら」
そう言って指差した先には、男子生徒が三人。
床に座り、大破した段ボールの看板を囲んで何やら楽しそうにお喋りしている。
おおぅ……見事にやる気がログアウトしてらっしゃる……
「なら、お前一人で行けばい〜じゃん。看板だって無事だろ?」
そう言って、歩君は彼の胸の段ボール看板をコツンと小突くと……秋水の目がみるみる険しくなっていく。
どうやら今の歩君の挑発で、戦いの火蓋が切られたようだ。
「はぁ?やだよ」
「え?それじゃただのサボりじゃん、お前」
『サボり』という単語にカチンと来たのか、ますます顔面が崩壊していく秋水。
凄みのある顔というか……イケメンキャラとしてあるまじき表情。
久々にその顔見たぞ、私。
「は?お前こそ店番サボる気満々だったじゃん?」
歩君まで何かが感染ったかのように、凶悪な顔になっていく。
「は?」
「は?」
あの、君達……だからさ、顔!顔!
背中に登り龍います、みたいな顔しないの!
「……」
「……」
こら!ガン飛ばし合いしない!
中身が云々ってよく言うけど、君達あくまでゲームのキャラだから!
なんだかんだ言ったって、一番大事なのは顔だから!
「ふん!」
「ふん!」
しばらくの無言の後、目の前の二人は鼻息荒くそっぽを向いた。
(む、むむむ……雲行きがまた怪しい感じに……)
今度は秋水怪我してないからパワー全開だし、しかも文化祭だから特に何も時間の制限はないし……やばいな?
今回は自分で動かなくても何かがうまいこと彼らを止めてくれる、なんて期待はできない訳で。どうしよう。
冷静に考えて、優先度的にまずは……途中から話に突っ込んできた、秋水にお引き取り願いたいところだけど……
(とはいえ、どう話そう……)
「ええと……か、神澤君……あのさ。ちょ、」
「そうだな。お前に付き合ってやってもいいぞ」
私の発言にかぶってくる、斜め上の言葉。
しかもなんだか、まるで私が誘ったみたいな……
違う、そうじゃない。そもそもまだ私何も言ってないし。
「は?お前まさか、静音までサボらせるつもり?」
(あああっ!それをここで言う……!)
ここで下の名前呼びはあかんて。
火に油注ぐような……いや、この場合もっとかもしれない。
「ちょ、ちょっ、待っ……!」
慌てて彼の口を押さえようとしたけど、時すでに遅し。
今のほんの数秒の発言を秋水が聞き逃す訳がなかった。
「へぇ〜、下の名前で呼ぶんだ〜?」
(う〜ん、体の奥底に響くナイスねっとり……)
モゾモゾと体の奥の方を這い回られるような、むず痒い感覚。
ねっとりといたぶるような、普段より低い声。
こんなセリフ、ゲーム内には無かったから……こんな声を聞けたのはおそらく私だけ、私が初めて。
(んんん〜ナイスゥ……!)
そんな彼のねっとりボイスが聞けて、個人的に大満足……
……なんだけど、そんな私とは反対に歩君はなんだかソワソワし始めていた。
全身から滲み出るイライラ感。
彼の怒りのボルテージが相当上がってきているようだ。
「あぁ?んだよ神澤、文句あんのかよ?」
「じゃあさ……逆にお前、呼ばれた事あんの?名前で」
「っ、それは……」
(あ〜……無いねぇ……)
痛恨の一撃。手痛いカウンターだ。
下の名前呼びでマウント取るつもりだったんだろうけど……これは痛い。
これ、実は……好感度セーブするために全員苗字呼びで最後まで行くつもりなんだけど……
でもかといって、それを彼らの前で言う訳にはいかないので……ここはお口ミッフィーで。
「はぁ……可哀想に。こんな馴れ馴れしい奴、よく我慢できるね」
憐れみたっぷりの声で、また私に話しかけてきた秋水。
「は?なんだよそれ」
「お前には聞いてないから」
「はぁ?」
「態度でかいし、自分勝手で……付き合わされててほんと可哀想」
「あ、え〜っと……」
いやそれ、君も割とその節あるぞ?
君も割と俺様気質あるぞ?知ってる?
「おい、変な事言ってあんまり困らせるんじゃねぇよ」
返事に困っている私を庇おうとしてるのか、徐々に身を乗り出してくる歩君。
(いやいや……そう言う君も大概よ?)
「何いきなり?話に割り込まないでくれる?」
「は?注意しただけだし」
「それを割り込みって言うんだよ」
「それを言うなら、お前こそ最初割り込んできたじゃねぇか」
二人共、口がよく回る回る……
見事な揚げ足の取り合い合戦、そのコントのような掛け合いのテンポの良さにある意味感心。
(二人共、実はめっちゃ仲良しなんじゃ……?)
そういえば……この二人、よく薄い本でくっつけられてたっけ。ケンカップルとして。
ただ、どっちを受けにするかでカップリング論争が起きていたような……
あ、ちなみに私は赤×緑派。異論は……認める。
お互い大嫌いのはずが、満更でも無くなっていく過程が尊いのよ……
あっ『お互い大嫌い』以外は全部非公式、ただの一部オタクの妄想だけどね⭐︎
お互い大嫌いでいかに相手を貶すかばかり考えていたはずなのに、いざ相手が学校を休むとなんだか妙に落ち着かない……
そんな違和感は、やがてゆっくりと恋に発展し……三年生に上がる頃には頻繁にお互いの家に泊まるほどの仲になっていった。
そして、卒業を目前にしたある日……そんな二人の関係性は突然急接近……!
高校生活最後のお泊まり、その夜……部屋の電気を暗くして二人はベッドの上……紅潮する頬、落ち着かない互いの視線、けたたましい鼓動、静かな部屋に響く荒い呼吸、汗ばむ手……!
そして……ついに歩君は秋水のシャツのボタンを一つずつ丁寧に外、
「……あっ!」
突然の秋水の大きな声に、現実に引き戻されてしまった。
(ああ……今いい所だったんだけどなぁ……)
え?なんの導入かって?それは……その……
……アレだよアレ(小声)
「あ〜あ〜。あのお客さん、来てくれそうだったのに……Uターンしちゃったよ今」
あらま。お店休憩中に見えたかな?
「はぁ……どっかの誰かさんの声がうるさいからなぁ」
そう言って彼は、今ありげな視線を歩君の方に送った。
どうやらまだ戦いは続いていたらしい。
顔はいつも通りに戻ったけど……今度はその整った顔でしれっと毒を吐くもんだから、これまたなかなかの火力で。
歩君の頭を沸騰させるには十分だった。
「なっ……!ってか、お前いい加減仕事戻れよ!」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」
「……ちっ!おい静音!」
そんな、昭和のお父さんが奥さん呼ぶみたいな声出さんでも。
「さっきから黙ってるけど、別に遠慮しなくていいんだぞ?」
「え?私?」
二人の戦いだと思ってたら、なんか巻き込まれてる……?
「はっきり言ってやりな、神澤に……うるせぇお前って」
あっこれ、間接攻撃的なやつだな?
他人の言葉を武器にして戦うっていう、地味に陰湿な攻撃……
「え、ええっと……」
え〜。これ、歩君と秋水のどっち側についてもつらいパターンじゃん……




